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9月12日(水) 石山寺縁起絵巻を読む(「台所」の風景) [お仕事(石山寺縁起絵巻)]

9月12日(水)  晴れのち曇り  東京 32.9度  湿度44%(15時)

7時半、起床。

朝食は、アプリコットデニッシュとコーヒー。
シャワーを浴びて髪と身体を洗う。
髪はよくブローして、あんこを入れて頭頂部で結んでシュシュを巻く。
化粧と身支度。
青・水色・グレー・白の斜め変形縞のチュニック(2分袖)、黒のレギンス(3分)、黒のサンダル、黒のトートバッグ。

9時40分、家を出る。
今日も暑い。
いったいいつまで夏が続くのだろう。
駅前のコンビニで講義資料のコピー、宅急便を出す、請求書を郵送など雑用。

10時半、自由が丘の産経学園で講義。

『石山寺縁起絵巻』(近江・石山寺の由来と歴史を描いた鎌倉時代末期の絵巻物)の解読。
引き続いて巻5第1段の絵解き。
夢中に示現した石山寺の観世音菩薩から「利生宝珠」を授かり、その功徳ですっかり富み栄える式部少輔藤原国親(北家真夏流)の邸宅を描いた場面。

設定の時代は大治5年(1130年 崇徳天皇代、鳥羽院政期)頃か。
描かれたのは鎌倉時代末期(1324~1326年)。
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主人夫妻の居間の西北の部屋で3人の女房が食事の準備をしている。

「台所」に相当する部屋だろうか?
「台所」は、宮中(清涼殿)の「台盤所」に由来する言葉。
「台盤所」は食物を盛った「盤」を載せる脚付の台である「台盤」が置かれている所。
ただし、必ずしもそこで煮炊をしたわけではなく、別の場所で調理された食物を、そこで「台盤」にセッティングして天皇の御膳を整えた所と考えるべきだと思う。
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この部屋には中央に大きな四角い火櫃があり、土鍋が据えられ、煮炊が行われている。
鍋の中の凹凸は何かが煮られているようにも見えるが、よく見ると凹凸が連続しているので、湯がたぎっている表現と見るべきか。
煙のことを考えると、火は薪ではなく炭火だろう。
団扇でなく扇で仰いでいる。
中央の女房は、様々な食物を盛った高杯を手にしている。
主人夫婦の食膳だろう。
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女房たちの右側には棚があり、いろいろな食材が乗っている。
上段の箱のような容器に入っているものは正体がわからない。
左から2つ目は色と形からして梨のようにも見えるが・・・。
中段左の魚は鯉だと思う。
琵琶湖あたりで獲れたものか、保存の問題があるので生ではなく、丸干しにしたものか。
中断右の浅鉢に入っているものもわからない。芋のようなものか?
下段には藍色の染付の大きな酒壺がある。
左手には小さめの高杯に食物が入った皿が乗っている。

煮炊が行われ、食材のストックがされていることから、やはり「台所」の機能をもった部屋と考えてよいと思う。

実は、この場面、「台所」での煮炊の様子を描いた絵としては、かなり古い。
平安時代末期の『信貴山縁起絵巻」に山崎の長者の家の「台所」と思われるスペースが覗いていたり、『粉河寺縁起絵巻』に大伴孔子古が肉を切りながら食事をしている場面があるが、「台所」での調理場面としては不十分だ。

『石山寺縁起絵巻』より少し先行する成立(延慶2=1309年)でおそらく同じ絵師(高階隆兼)の『春日権現験記絵』巻13に勧修寺の晴雅律師の生家の「台所」が描かれている。
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こちらは、庭に面した開放的な部屋だからか、囲炉裏で薪を用いて煮炊して、加持僧に出す食膳を準備している。
食材のストックは見えないが、食膳の支度をする機能を持った部屋と思われ、「台所」(厨房)と考えていいだろう。
となると、これがいちばん古い「台所」での調理の場面を描いた絵ということになる。
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囲炉裏のちょうど真上に当たる屋根の上には煙出と思われるものが見える。
屋内で火を使う場合、やはり排煙には気を遣っていたのだろう。

屋内で囲炉裏を使って調理する場面としては『慕帰絵詞』にいくつか場面がある。
『慕帰絵詞』は浄土真宗本願寺三世覚如(親鸞の娘の孫)の伝記絵巻で、南北朝時代の観応2年(1351)の成立。
『石山寺縁起絵巻』の成立より25年ほど時代が下る。
(引用は宮本常一『日本常民生活絵引』から)
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ある僧の住房。下働きの僧が囲炉裏で煮炊きをしている。
この囲炉裏には自在鉤があり、そこに茶釜が掛けられている。
火力は薪である。
囲炉裏の上には排煙のためと思われる囲いがあり、おそらく屋根の上の煙出しにつながり、煙突的機能を果たしていたのだろう。
囲炉裏の脇の簀子状の場所は薪を置く場所。
手前には柄杓が入った大きな水桶、低い棚には伏せた高杯、6個セットの皿など。

左手の土間には、竈(かまど、くど)がある。
一段高く基礎を築き、焚口は1つ、釜口は2つで、鍋がかかっている。
ちなみに土間と縁との境の板壁に懸っている小さなものは鍋掴み(藁製)と推定されている。
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右手には、高い棚があり、いろいろな食器や食材が乗っている。
上段左はお酒を注ぐ柄付きの銚子。

この部屋、煮炊をする「台所」であることは間違いないが、同時に食事の場所でもあった。
今風に言えばダイニングキッチン。
男がいる囲炉裏の向かい側(ここから母屋)には、脇息が置かれていて主人の僧侶の座であることがわかる。
日常的には、主人の僧はここに座って、食事をしたと思われる。
ちなみに、主人の座の右側は大きめの円座が置かれているので客座だろう。

こうした僧侶の住房で、日常、調理をする場と食事をする場が同じ空間であったことは、『慕帰絵詞』の次の場面からもうかがえる。
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左側に囲炉裏があり、その右には四角い火櫃があって鍋が掛けられている。
火力は薪だろう。
若い僧が蓋を開けて杓子で様子を見ている。
火櫃の右側には水桶、その前にすり鉢とすりこ木、籠などがある。

その右手では3人の僧が食事中。
いちばん身分が有りそうな僧の前に大盛りにされた飯があり、その脇に深鉢に盛られたおかず(和え物?)。
火櫃にかかっている鍋の中身と合わせて一汁一菜の食事である。
背中を向けている僧の脇にあるのは酒瓶だろう。
背後の棚には、儀式的な食事の時に用いる盤がある。

ちなみに火櫃だが、調理用だけでなく、暖房用にも用いられた。
やはり『慕帰絵詞』から身分がある僧侶の居間。
火櫃の左には炭入れ。
009.JPG

こちらは東国の僧の住房。
丸い火櫃で暖を撮っている。
寒いらしく火箸で炭を掻き起こし火力を強めている。
こうなると、形態的にも使用法も、後の火鉢とほとんど変わらない。
010.JPG
12時、終了。

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