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7月25日(木)「共生のための障害の哲学」 第11回研究会・シンポジウム「『性同一性障害』の行方」 [現代の性(性別越境・性別移行)]

7月25日(木)  曇り  東京  28.7度  湿度72%(15時)
9時半、起床。
朝食は、ダークチェリーパイとコーヒー。
シャワーを浴びて、髪と体をを洗う。
よくブローして、あんこを入れて頭頂部でまとめてシュシュを巻く。
化粧と身支度。
黒地に白と茶の草花文のワンピース(3分袖)、黒のサンダル、大きな籠バッグ。
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11時半、家を出る。
東急東横線で渋谷に出る。
駅構内の「しぶそば」で昼食。
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さよりとモロッコいんげんの天麩羅乗せ冷やし蕎麦(480円)。
なぜ、さよりとモロッコいんげんの組み合わせなのか不明?
京王井の頭線のホームで、精神科医の針間克己先生に声をかけられたので「同伴出勤」。
12時半すぎ、東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム1に到着。
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今日は、ここで「共生のための障害の哲学」 第11回研究会・シンポジウム「『性同一性障害』の行方」が開かれる。
主催は、東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属「共生のための国際哲学研究センター」(UTCP)上廣共生哲学寄附研究部門 L2「共生のための障害の哲学」プロジェクト。
主旨は「アメリカ精神医学会の新診断基準DSM-5において、従来の「性同一性障害」 (Gender Identity Disorder)はGender Dysphoria(性別違和)に変更された。
この変更の背景にはどのような思想があり、今後どのような影響を与えていくのだろうか。
本シンポジウムでは、「性同一性障害」をめぐるこれまでの歴史を整理しながら、Gender Identity Disorder/ Dyshporiaに関する問題を考えていくことにしたい」とのこと。
簡単に言えば、「性同一性障害」という病名が消えることになった経緯の話。
群馬大学医学部(医療倫理)での講義で話しているテーマであることに加えて、3人の講師が錚々たると言うか、この問題を考えるに際しての日本でのベストメンバーなので、得難い勉強の機会と思い聴講させていただく。

13時開会。
司会は、石原孝二東京大学大学院准教授(哲学)と岩川ありささん(東京大学大学院/日本学術振興会特別研究員:日本文学・クィア批評)。

(1)阿部輝夫(あべメンタルクリニック院長・精神科医)
「DSM-Ⅰ からのSexual Disorder の歴史」
DSMとは、アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)の「精神疾患の分類と診断の手引き」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)。
簡単に言えば、アメリカにおける精神疾患のリスト。
DSM1(1952年)からDSM5(2013年)まで、平均して10年に1度くらいのペースで改訂される。
阿部先生のお話はDSMにおける性に関わる精神疾患の変遷を丁寧に解説してくださり、とても勉強になった。
疾病概念、何が病気であるかということは、とくに精神医学の場合、かなり流動的な部分があり、その時々でかなり変化するということ。
たとえば、DSM1(1952年)では人格障害、DSM2(1968年)では性的逸脱として紛れもなく精神疾患であった同性愛が、DSM3(1980年)では「自我不親和性同性愛」という病名で、自分が同性愛であることを受け入れられず悩んでいる場合のみ病気とされ(同性愛者であることを自己肯定できている場合は病気ではない)、DSM3R(1987年)で「性障害」から除外され、ついにDSM4(1994年)で精神疾患リストから完全に消えるように。
この点、「性同一性障害」という疾患が永久不動のもののように思い込んでいる、日本の一部の性同一性障害者は、考えを改めた方がよい。
なにが病気かということは、時代思想や医学界の「ご都合」でけっこう変わるものなのだ。
阿部先生は、遅かれ早かれ「いずれ性別違和も、同性愛と同様の経過をたどり、疾患リストから消えるだろう」とはっきりおっしゃったのが印象的だった。
あと、DSMがそもそも第二次世界大戦における徴兵検査のマニュアルに基礎があるということ、うかつにも知らなかった。
アメリカ軍において最近まで同性愛者が徹底的に排除されてきたことの根源がわかった。

(2)針間克己(はりまメンタルクリニック院長・精神科医)
「DSM5とICD11にみる性同一性障害の将来」
今年の5月に改訂・施行されたばかりのDSM‐5(アメリカ精神医学会「精神疾患の分類と診断の手引き」第5版)と、現在改定作業中のICD‐11案(世界保健機関(「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」第11版)の「性別移行」関係上条項の逐条的なな紹介と分析、比較対照。
DSM-5では「Gender Identity Disorder(性同一性障害)」の病名が消え、代わって「Gender Dysphoria(性別違和)」が登場。
ICD-11案でも「Gender Identity Disorder」がリストから消えるのはほぼ確実で、「Gender Incongruence(性別不一致)」という病名に置き換えられる可能性が高い。
ICD-11案で重要な点は、疾病分類の中での位置づけを変えることが提起されていること。
具体的に言えば、今まで「Gender Identity Disorder」は精神疾患だったが、「Gender Incongruence」は精神疾患でも身体疾患でもない「第三の疾患」に(原案通りなら)分類されることになり、欧米の、そして日本のトランスジェンダーが強く希望している性別移行の「脱精神疾患化」が達成されることになる。
14日のgid.jp創立10周年記念・性同一性障害特例法成立10周年記念フォーラム「性同一性障害のこれまでとこれから」の講演と同じ内容だったが、診断マニュアルの一語一語の置き換えの意図を汲み取る読み込みの深さはさすがで、いろいろ教えられることが多かった。

(3) 東優子(大阪府立大学大学院人間社会学研究科・教授)
「脱・精神病理化をめぐる国際的議論の動向」
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性別移行の「脱・精神病理化」のこれまでの歴史を主にWPATH(World Professional Association for Transgender Health=世界トランスジェンダー健康専門協会。旧:ハリーベンジャミン国際性別違和協会)での国際的議論をたどりながら解説。
「脱・精神病理化」のデメリットとメリットをしっかり踏まえたうえで、トランスジェンダー、トランスセクシュアルの広い意味での健康と福祉の増進のために「脱・精神病理化」の道を選択した経緯ががよくわかった。
そもそも、WPATHの「性別違和への対処に関する指針(第7版)」(SCO-7 Standards of Care for the Health of Transsexual, Transgender, and Gender Nonconforming People)が、日本ではほとんど認知が無く、議論の対象にすらなっていないことが大きな問題。
したがって性別移行をする人の「広い意味での健康と福祉の増進」という視点が希薄で、それが性別移行の達成が性器の形成手術の集約されてしまう悪しき傾向を招いているように思う。
そのためにも、SCO-7の日本語訳が早く出ることが望まれる。

休憩の後、講師3人と司会の2人でディスカッション。
う~ん、どうも噛み合わない。
司会の石原先生は哲学の先生らしく「障害」などの基本概念を突っ込む。
東先生は、ソーシャルワーカーを例に「当事者の直面する困難は、当事者の生活と社会の接合面で起こるわけだから、医療モデルではなく社会を変えていくという視点を」と提唱。
針間先生は日々性同一性障害の「患者」に接している臨床の現場の感覚(困難)を重視しながらお話。
阿部先生も臨床医だが、、針間先生に比べると、かなり楽天的。
それぞれのお話はもっともだが、議論として盛り上がらない。
会場からの質疑が入ると、なぜかソーシャルワーカーの活用についての議論に流れる。
それも重要な問題だが、今日のテーマの論点とは外れていると思う。

黙って聞いていたが、残り時間も少なくなったので、挙手して発言する。
私が言いたかったことは以下の通り。
本来、性別の移行の方法については、医療、非医療、いろいろな選択肢があるべき。
ところが、日本は1990年代後半以降、「性同一性障害」という医療(病理化)概念一本槍になってしまい、今、その歪があちこちに出ている。
戸籍の性別変更などの性別移行のシステムも医療化(病理化)を前提として作られ、その結果、性別移行を望む当事者の意識も、以前は、「病気であること」は性別移行を実現するための「方便」であったのが、現在では病気(精神疾患)であることが「本質化」され、無条件に前提化されている。
今回のDSM5、ICD11の改訂が、日本における単一的で硬直化した性別移行と医療のリンク(過度の医療依存)を見直す機会になって欲しいと思う(だから、東さんの考え方に基本的に賛成)。
今日のシンポジウムのように、DSM5、ICD11の改訂問題を議論することは有意義なことだと思うが、肝心なことは、それが日本の「性別移行」と医療のシステムにちゃんと反映されかどうかということ。
いくら国際的な基準が変わっても、日本の現実が変わらなければ意味がない。
そうした点で、改訂問題への反応、対応がどうも鈍いことが気になる。
「性別移行」の医療に関わる関係者、当事者の多くは、「変えたくない」のではないだろうか?
世界の趨勢をシカト(無視)して、「日本独自の形」として「性同一性障害」という病名と、それを基盤にしたシステム(「性同一性障害者の戸籍の取り扱いについての特例法」など)をできるだけ長く(できることなら、ずっと)使い続けたいと考えているのではないだろうか?
それは、「流行病(はやりやまい)から風土病」への道筋にほかならず、日本における「性別移行」の医療のガラパゴス化である。
まあ、私の杞憂に過ぎないかもしれないが、先生方はそこらへん、どのように認識されているでしょうか?と質問。
精神科医の両先生はともに、意外に楽天的だった。
針間先生は「僕自身は、性同一性障害という用語には何も未練はない」とおっしゃった。
阿部先生は「『障害』が取れたのは良かったと思う」と述べられ、実際、すでに今日の講演のスライドで「GID(Gender Identity Disorder)」ではなく「GD(Gender Dysphoria)」を使われていた。
東先生はお返事なし(討議の途中から、ほとんどしゃべらなくなった)。
忖度するに、世界の動向、時代の潮流はもう止められない、止めるべきではないということだろうか。
しかし、疑い深くひねくれた性格の私は、なかなか楽天的に考えられない。
「変えたくない」という考えは、必ずしも理性的なものではなく現状保守願望に過ぎないのだが、多くの人の願望が結合すると。動かすのは容易でないことを知っているので。
17時半、閉会。
有意義な研究会だった。
その後、大学構内のレストランで懇親会。
こちらもいろいろなお話が出て、楽しかった。

21時半、帰宅。


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YUKO

これは単純に勉強のために聴講したい内容ですねぇ。資料のコピーだけでもいただけませんか?
日本の医学会はDSMにやや遅れながらも追従するのが定説ではありますが、精神科および形成外科が「性同一性障害」で潤っている現実を考えるとおっしゃる通り、強い抵抗があって実際に「性同一性障害」が病名から消えるのには時間がかかると見るべきでしょうね。
「広い意味での健康と福祉の増進」が無視されるのも、それで潤う人が少ない(あるいは力が無い)からなんでしょうね。
と、ここまで書いてふと思いました。なんだか、自民党と原子力発電の構図に似てますね。だったら、無くならないかもしれない・・・
by YUKO (2013-07-26 21:01) 

三橋順子

YUKOさん、いらっしゃいま~せ。
>資料のコピー
3人の講師のうち2人(お医者さん)はパワーポイントだけで配布資料はありませんでした。
>日本の医学会はDSMにやや遅れながらも追従するのが定説
技術的な問題(邦訳の出版など)で1~2年遅れるのは仕方がないと思いますが、意図的に引き延ばすのはいかがなものかと思います。
>精神科および形成外科が「性同一性障害」で潤っている現実を考えるとおっしゃる通り、強い抵抗があって実際に「性同一性障害」が病名から消えるのには時間がかかると見るべきでしょうね。
私が危惧するのは、まさにその構造でして・・・。さらに日本の場合、医療側の「利益」に加えて、すっかり医療に囲い込まれてしまった(病理化されてしまった)「患者」がこれまで築いた「権益」を失うことを恐れているので、ますます何も変わらない可能性があるのです。
結果、「広い意味での健康と福祉の増進」が軽視される状況が最善されないことになるように思います。
by 三橋順子 (2013-07-27 03:35) 

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