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11月21日(木)父親、90歳の誕生日 [日常(思い出)]

11月21日(木)

今日は、父親の90歳の誕生日。
夕方、電話をしてお祝いを述べ、かつ様子を聞く。
田舎は寒さが厳しい季節になったが、声の感じでは、まずまず大丈夫そうで、安心する。
「何か欲しいものがありますか?」と聞くと、意外にも「チョコレート」という返事。
食欲が出ないときの栄養補給用だそうだ。

それにしても、2003年2月、79歳の時に重い心筋梗塞を起こした時には、もう駄目だと思った。
順天堂病院の天野篤教授の執刀で心臓の血管を4本も付け替える大手術(冠動脈バイパス術)に耐え、40日も入院したものの、日常生活ができるまでに回復した。
そのとき、天野先生に「付け替えた血管も79歳の方のものですから、何年もつかはわかりません。3年か、5年か・・・」というお話をうかがった。
たとえ、3年でも、5年でも、働き通しだった父の最晩年に穏やかな時間が与えられるのなら、それは「天の恵み」だと思った。
旧盆と年末に帰省して、東京に戻るとき、父の肩を抱いて「大事にしてね」と言いながら、「これが最後になるかも」という覚悟はいつもしていた。
それから10年以上、まさか「恵み」が10年もあるとは正直思いもしなかった。

平均寿命79歳の男性で、卒寿はたいしたものだ。
まして父親は、終戦後の混乱期に放射線の専門医として、巡回診療でろくな遮蔽設備なしにレントゲンを撮りまくり、とんでもない量の被曝をしている。
本人曰く「800ミリ(シーベルト)は浴びているな」だそうだ。
実際に、30代後半には放射線障害を発症し、放射線医学研究の道を断念せざるを得なかった。
私も生まれてくるはずではなかった。
放射線医として同じ時期に活動した同僚・後輩は、もう誰もこの世にいない。
ほとんどは癌死だったそうだ。
それでも父は90歳に到達した。
なんという生命力、細胞修復力だろう。
祖母(父の母)は106歳まで生きた。
やはり、長命の遺伝子が受け継がれている。

今までは、「もう1年、頑張って」だったが、これからはもう「もう半年、もう3カ月」かもしれない。
その積み重ねが、どこまでできるかだ。
なんとか、この冬を乗り切って欲しいと祈っている。

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