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2月10日(水)Sさんのお墓を探しに行く [日常(思い出)]

2月10日(水)

午後、ちょっと時間がとれたので、思い立って、昔、歌舞伎町ホステス時代に、お世話になったSさんのお墓を探しに行く。

渋谷のお寺の墓地はイメージしていたより広かった。
これは端から探していくしかないと思ったら、「おい、塀の方だ」という声が聞こえたような気がした。
そちらを向くと、塀沿いの正面にその方の名字が刻まれたお墓があった。

墓石の側面のお名前を確認。
「廣修院紹山潔誠居士 平成二十四年一月十四日 七十才」
70歳か・・・、Sさん、早く逝きすぎですよ。

墓前で合掌。

「おお、順子か、よく来たな」
「遅くなって、ごめんなさい」
「元気そうじゃないか」
「お蔭さまで、なんとかやっています」
「すっかり女っぽくなったな」
「おばさんになっただけです」
「いくつになった?」
「今年で61です。どんどんSさんに近づいていきます」
「それは仕方がないな。俺はもう年はとらんからな」
「今日はお墓を探しに来ただけなので、お花もお線香もなくて、ごめんなさい」
「そうか、じゃあ、また来てくれ」
「はい」

帰り道、河津桜が咲いていた。
IMG_5402.JPG

Sさんは、1980~2000年代前半の新宿女装コミュニティの大立者。
「女装者愛好男性」(ご自分は女装しないで女装者を愛好する男性)の典型的な方。
ホステス時代には、いつも席に呼んでくださって、ずいぶんかわいがっていただいた。

その後、「戦後日本〈トランスジェンダー〉社会史研究会」(代表:矢島正見中央大学教授)で、ベテランの女装関係者の方にロング・インタビューをしてライフヒストリーにまとめる際、特にお願いして「女装者愛好男性A氏」として調査に協力していただいた。

その成果は、
「女装者愛好男性A氏のライフヒストリー」(三橋順子、杉浦郁子、石田仁)
「Aさんと私―ホステス順子の手記―」(三橋順子)
「女装者愛好男性という存在」(三橋順子)
「異性装の社会学的分析に向けてー「アマチュア女装」の観点からひとつの仮説へー」(杉浦郁子)
として、矢島正見編著『戦後日本女装・同性愛研究』(中央大学出版部 2006年3月)に収録されている。

私が「女装者愛好男性」という概念を提起する上で、いちばんお世話になった方。
数年前に「亡くなられた」と聞いて以来、ずっと心に掛かっていた。

なぜ、私がお墓のあるお寺を知っているかというと・・・。
ある夜、お店に来られたSさんが、こう話し始めた。
「今日は、渋谷に行ってきたんだ」
「お仕事ですか?」
「いや、娘の墓参りだ」
「えっ! お嬢さんのですか?」
「高校生になったばかりの夏休みにな、クラブ活動の最中にばったり倒れてそれっきりだ」
「え・・・・・、心臓、お悪かったのですか」
「どうだったんだろうな、ともかく突然死ってやつだ」
「それは、お辛かったでしょう」
「まあな」
「お墓は渋谷のどちらですか?」
「〇〇寺だ」
「ああ、〇〇〇大学の隣ですね」
「よく知ってるな、ついでがあったら寄ってみてくれ」
「はい」

それから、16~17年も経ってしまった。
今日、15歳で亡くなったお嬢さんの名前を墓石で確認して「ごめんなさい」と謝った。

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コメント 2

さとしpapa

Sさん、懐かしい方です。

1989年当時、アクトレスやDUOで何回も面会しました。合掌。

Sさんやペンちゃんから、色んな事を教わりました。今は2つ共にお店が無くなりました。

さとしpapa
by さとしpapa (2016-02-11 07:05) 

三橋順子

さとしpapaさん、いらっしゃいま~せ。

Sさんのこと、どこまで分かるように書こうかと、かなり迷ったので、この記事に反応してくださった方がいて、とてもうれしいです。
Sさんのように、その世界での「遊び方」を教えてくれる方は、なかなかいなかったと思います。

人もお店も、移り変わっていくのは仕方がないですが、やはり寂しいですね。

by 三橋順子 (2016-02-13 02:19) 

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