So-net無料ブログ作成
検索選択

4月9日(日)「Xジェンダー・トークライブ」 [現代の性(性別越境・性別移行)]

4月9日(日)  雨  東京  15.2度  湿度97%(15時)

9時半、起床。
朝食は、新丸子駅前「ブーランジュリー・メチエ」のクレーム・ド・カカオとコーヒー。
IMG_3635.JPG
11時半、小雨の中、家を出る。
桜、まだ持ちそう。
IMG_3637.JPG
駅前の回転寿司で軽く昼食(3皿)。
IMG_3638.JPG
東急目黒線から東京メトロ南北線に乗り入れ。
12時30分、溜池山王駅で下車。
IMG_3639.JPG
雨、本降りに。
IMG_3642.JPG
三井三友銀行があったので、通帳記帳。

13時前、赤坂の会議スペースで開催される「赤坂CHANCE(チャンス)シアター」で開催されたLabel X主催「Xジェンダー・トークライブ」を聴講。

私、Xジェンダーという概念がいま一つよくわからない。
でも、「性同一性障害」の次は「Xジェンダー」が流行る予感がするので、Xジェンダーの人たちの主張と針間克己先生の講演を聴いて、勉強するつもり。

最初は、MtXの方。
外見的にはイケメンの中年男性。
なぜかジェンダーではなく、セクシュアル・オリエンテーションの話をする。
「マジョリティ」のセクシュアリティの在り様に同調できないという語り。
それはいい。
ただ、語られる「マジョリティ」のセクシュアリティがあまりにもステレオタイプ。
世の中の「マジョリティ」の男性は、皆、キャバクラやフーゾクに行くようなイメージ。
言うまでもないことだが、「マジョリティ」の男性の性の在り様はかなり多様で、とても幅が広い。
どうも、「マジョリティ」のセクシュアリティの在り様をとても狭く認識して、そこから外れる自分をXジェンダーと規定しているように思える。

続いて「一目惚れ」批判。「よく相手のことを知ってから好きになって欲しい」という主張。
それとXジェンダーがどう関係するのか、よくわからない。
ヘテロセクシュアルにしろ、ゲイ/レズビアンにしろ、恋愛の作法は多様複雑であって、「一目惚れ」か「相手のことを知って好きになる」の二項対立ではない。
ここでも、すごく思い込みが強い感じ。

続いて、針間克己先生のトーク。
精神科医に診断書を求めるXジェンダーの人はけっこういる。
Xジェンダーはそもそもまったく医学概念・病理概念(疾患)ではないので、「Xジェンダー」という診断は出ないし、診断書も書けない。
その当然の論理が必ずしも共有されていないことに驚く。
針間先生曰く、Xジェンダーを主張する人にDSM-4の性同一性障害の診断書は書けないが、それより診断基準に幅があるDSM-5の性別違和の診断書はかける場合がある。

3番目のトークは、MtXの「ご主人」とMtFの「妻」。
う~ん、「主人」か・・・、かなり引いてしまう。
その「ご主人」の外観(茶金のストレートロングのウィッグ、胸元にフリルのついた白のブラウス、紺のスカートスーツ)も、女装系のイベントに参加してセーラー服姿で夜の街を歩いていたという過去も、まあよくある(昔、よく見かけた)女装者そのもの。
なんでクロス・ドレッサー(CD)ではいけないのか、なぜXジェンダーなのか、よくわからない。

次に会場の人たちでディベート。
テーマは「Xジェンダーには定義が必要か?」
必要派の主張の中に「しっかりした定義がないと、なんちゃってXジェンダーが入りこんでしまい、本当のXジェンダーの人が迷惑する」という意見があってびっくり。
つくづく人間は「定義したがり」なんだなぁと思う。

それって、20年前の「真のGID論争」(なんちゃってGIDが入り込むと、本当のGIDが迷惑する→真のGID以外は排除」)とまったく同じ論理。
GID(性同一性障害)は疾病概念だから、明文的な診断基準があり、それに適合しない人が勝手にGIDを名乗れば、たしかに「なんちゃってGID」かもしれない。

しかし、Xジェンダーは医学概念ではなく「自分のジェンダー・アイデンティティが男性・女性どちらにも適合的でない」ということ。
どう適合的でないかは人様々であり、つまり典型的な「Xジェンダーらしさ」というのは規定できないはず。
「既存のジェンダーでは定義できないジェンダー」という「定義できないのが定義」。
そもそも定義的でないなら、それから外れた「なんちゃってXジェンダー」という存在は論理的にあり得ない。

なのに、いつも間には「Xジェンダーらしさ」が求められ、「なんちゃってXジェンダー」が排除され、Xジェンダーの「純化」が進んでいく。
それは、本質的におかしいし、Xジェンダーにとって自滅行為だと思う。

全体的にXジェンダーの人の話を聞いていて、単なる世間知らずという以上に、物事の認識に幅がないというか、思考に融通がきかないというか、良く言えば生真面目なのだが・・・、そんな傾向を強く感じた。
性同一性障害の人にもそういう傾向は感じるが、Xジェンダーはその傾向がもう一段、強いように思った。
それらに比べると、トランスジェンダーは、なんてルーズでいい加減なのだろうと思う。

また、Xジェンダーの人個々の主張があまりに多様で(まとまりがなく)、なにか統一したものを社会に訴えていく(働きかけていく)運動としては、かなり難しいのではないかと思った。

かなりの長丁場(4時間半)でちょっと疲れたが、懇親会で針間先生や佐々木掌子さん、佐々木さんの著書を出版した晃洋書房の編集者さんとお話できて、楽しい夜だった。

22時半、帰宅。


nice!(0)  コメント(4)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 4

AJ

昨日伝え忘れましたが、アメリカでこんな展覧会があったようです。
https://www.nytimes.com/2017/03/10/arts/design/when-japan-had-a-third-gender.html?_r=0
by AJ (2017-04-11 00:41) 

三橋順子

AJさん、情報ありがとうございます。

この展覧会、ある方に教えていただいたNewyork Timesの記事で知りました。
面白い企画だとは思いますが、専門的に見ると、絵の選択と解釈がおかしい部分があります。
誰が監修したのかなぁと思います

まあ、江戸時代の絵画に描かれた人物の性別判定は、厳密に言えば誰も正確にはできません。
法政大学学長の田中優子先生が第一人者だと思いますが、二、三がなくて、四か五に私だと思っています。

by 三橋順子 (2017-04-11 01:04) 

くぼりえ

いやはや、すごい内容だったんですね……
性自認等内面は何考えようか自由だけど、Xジェンダーの人のジェンダーエクスプレッションって、難しそうな気がします。
社会からどう見られるか、どう扱われるかで、ストレスなり、自己の意識すら変わり得るものだし。

by くぼりえ (2017-04-18 12:46) 

三橋順子

くぼりえさん、いらっしゃいま~せ。
ご指摘の通り、社会からの性別認識(性他認)はジェンダー・エクスプレッション(性別表現)を重要な手掛かりに与えられます。
トランスジェンダーの場合は、ジェンダー・アイデンティティ(性自認)に則した性別表現をすることで、自分が望む性他認を獲得しようとします。
Xジェンダーの場合、その手法が使えないわけで、いったいどうやってXであることを社会に認識させるか、理論的にも実際にも、とても難しいと思いました。
by 三橋順子 (2017-04-18 23:21) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0