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議論のバランスがおかしい [現代の性(同性愛・L/G/B/T)]

5月16日(火)

日曜日(14日)の「多様性を考える日仏討論会」(明治大学)の後、思ったこと。

たしかに、日本はフランスに比べて、性的マイノリティの人権保障の法制度では遅れている。
なにしろ、ほとんどないに等しいのだから。
その点でフランスなど西欧諸国に学ぶことは大いにある。

しかし、日本は1970年代に世界最大のゲイタウン「新宿二丁目」を築いた国だ。
20世紀末には世界で最も高度に発達・分化したトランスジェンダー・コミュニティが存在した国だ。
同性愛&トランスジェンダーの文化が社会の中に長い伝統をもって息づいているという点で、けっして後進的ではない。
むしろ、世界有数の国だ。

遅れた法制度、豊かな文化、どちらも日本の姿だ。
しかし、その前者しか語られず、後者は無視される。

駄目な面ばかり論じられたら、日本の同性愛者・トランスジェンダーはプライドを持てるはずはない。

やはり、議論のバランスがおかしいのではないだろうか?

【追記(18日)】
上に書いたことで、一部に誤解があるようなので・・・。

私は「日本の社会は同性愛に対して寛容だ」なんてことは一度も言っていない。
それどころか、1910年~20年代に日本社会に同性愛という概念が移入されて以来、同性愛に寛容だったことは一度もないと言っている。
男性同性愛、女性同性愛を問わず一貫して厳しい偏見と差別の対象だった。

日本社会が比較的寛容だったのは、同性愛ではなく男色に対してだ。
そこらへん、混同してもらっては困る。

なぜ男色に寛容だったかと言えば、それが大人が少年に対し、あるいは年長の少年が年少の少年に対し、性行為の際に常に能動であるという年齢階梯制を伴う形態であり、より権威がある者にとって都合が良いものだったからだ。

1970年代に成立した世界最大のゲイタウン「新宿二丁目」にしても、20世紀末には世界で最も高度に発達・分化したトランスジェンダー・コミュニティにしても、そうした偏見と差別に満ちた社会の中で、先人たちがより良く生きたいがために、困難な状況と戦いながら必死に築いてきたものなのだ。

だからこそ、そうした歴史事実を忘れてほしくないし、そうした文化を軽視しないで欲しい、できることならそうした歴史にプライドをもってほしいと言っている。

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