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大阪の女装文化 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

11月24日(金)

12月10日に「大阪の女装文化」について講演をするので、画像資料を整理。
ちょっとだけ、先行紹介。

(1)1947年(昭和22)頃の大阪・阿倍野旭町の女装男娼を描いた絵。
戦前は西成・釜ヶ崎の木賃宿街で活動していた男娼たちが1945年3月13日夜の大阪大空襲で焼け出され、戦災を免れた東800mほどの阿倍野・旭町に拠点を移した。
阿倍野旭町の男娼.jpg
出典:南里弘「男娼を衝くー南大阪のおかま案内ー」(『奇譚クラブ』3号 1948年1月)

(2)1948年(昭和23)頃、大阪の西成区東田町(現:西成区太子)のアパートに19人の男娼が集住して、協力して営業をしていた。
東田町の男娼.jpg
もう70年近く前のこと。
この写真の人、当時20歳でも現在89歳。
ご存命だろうか?

出典:「男娼協同組合」(『奇譚クラブ』1952年3月号)

(3)大阪・北区曾根崎にあったBar「GENET(ジュネ)」の名刺。
1953年に開店した大阪におけるゲイバーの元祖的な店。
fu6-36 - コピー.jpg
名刺は1960年代初頭のものと推測され、写真はお遊ママだと思われる。
現存するのはこの1点のみ?

(4)1960年代、大阪南区法善寺横丁にあったBar「おひろ」の写真名刺。
fu5-23-2(2).jpgfu5-23(2).jpg
名刺の裏全面が写真になっている。
写っているのは、おひろママだと思われるが、確定できない。

(5)1960年代前半、大阪の高級ゲイバー「なるしす」のパンフレット。
全12頁で、店主のマダム順子以下、在籍者全員の写真が掲載された豪華版。
おそらく上客のお土産用と思われる。
「なるしす」パンフレット - コピー.jpg
「なるしす」マダム順子 (1) - コピー.jpg
↑ 店主:マダム順子の艶姿

(6)1960年代、「ジュネ」「カルーセル」とともに大阪ゲイバー「御三家」と呼ばれた「なるしす」(南区坂町:順子ママ)の皆さん。
fu3-23 - コピー.jpg
1965年、南区千年町のビルに移転し、新店舗は専用の舞台と照明設備をもち、大阪におけるショーパブの元祖となった。
fu3-37 - コピー.jpg fu5-33 - コピー.jpg


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