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3月31日(木)「BuzzFeed News」Lester Feder記者の取材 [お仕事(出演・取材協力)]

3月31日(木)  曇り  東京  20.2度  湿度30%(15時)

9時、起床。
朝食は、アップルパイとコーヒー。
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シャワーを浴びて髪と身体を洗う。
髪はよくブローして、あんこを入れて頭頂部で結び、シュシュを巻く。
化粧と身支度。
黒地に白で唐草模様のチュニック(長袖)、黒のブーツカットパンツ、黒網の膝下ストッキング、黒のショートブーツ、焦茶のトートバッグ。
黄色のニットのポンチョ。

11時45分、家を出る。
東急東横線で学芸大学駅に移動。

12時50分、西口の「ドトール」で、アメリカ・ワシントン州を拠点とするオンラインメディア「BuzzFeed News」のLester Feder記者の取材を受ける。
レスター・フェダー記者は、シリア難民のLGBT差別問題(↓)のように、世界各国のジェンダーやセクシュアリティに関するテーマを取材し執筆している。
http://www.buzzfeed.com/lesterfeder/lgbt#.uq3xKwvdA

今回の取材は、近い将来のWHOの疾病分類の改訂(ICD-11)で「Gender Identity Disorder(GID=性同一性障害)」という疾患名(病名)が消えることがほぼ確実になった状況を踏まえて、世界で最も「GID」という疾患概念が社会的に浸透している日本の現状を記事にするのが目的。

通訳を介して記者の質問に答える形で、1950年代に始まり現代に至る日本の性別移行の歴史を解説した上で、「WHOの疾病分類の改訂(性別移行の脱精神疾患化)を踏まえて、病理(疾病)を前提とぜずに、トランスジェンダーの人権・健康・福祉を重視した性別移行システムの再構築が必要だが、残念ながら、まだそうした議論はほとんど行われていない」と述べた。

日本のメディアが知らないのか、それとも知っていて知らないふりをしているのか、近い将来(来年?)の「性同一性障害」の死語化と、性別移行の脱精神疾患化の問題の重要性を理解して、丁寧な取材で記事にしようというレスター・フェダー記者の姿勢は、とても好感がもてた。

通訳さんも優秀で、スムーズに意思疎通ができた。
良い記事になることを期待している。

15時10分、辞去。

遅い昼食は、学芸大学駅東口商店街の「シータ」。
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茄子とチキンのカレーセット(950円)。

(続く)


さくら、サクラ、桜 [日常(花・街・山・猫・蝶)]

3月31日(木)

大西学園グラウンド(川崎市中原区)の桜。
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上が3月30日、下が3月31日。
一気に開花が進んだことがわかる。

西丸子小学校の桜。5~6分咲き。
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バナナ倉庫裏の若木。
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三角公園の老木。8分咲くらい。
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学芸大学駅東口商店街(目黒区鷹番)の「お屋敷の桜」。
枝を切りすぎて、樹勢やや衰え。
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学芸大学駅東口商店街(目黒区鷹番)の「児童公園の桜」。
かなりの老木だが、なぜか樹勢回復。
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日当たりの良い枝は、ほぼ満開に近い。
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3月30日(水)飛鳥山でお花見 [お出掛け・お遊び]

3月30日(水)  曇り  東京  20.0度  湿度30%(15時)

仲良しの姐さんと、その男友達2人の4人で、飛鳥山(北区)でお花見。
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↑ 「まあ、おひとつ(トクトク)」
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↑ 炊き込みご飯と里芋の煮物は深大寺さん(最初の写真の右)のお手製。
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↑ 深大寺鈴之助さんと。
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↑ 私が飲んでるのはアサヒ・スーパードライのお花見バージョン
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↑ やっぱり通行人が振り向いてるなぁ

飛鳥山は、有徳院様(8代将軍徳川吉宗)が桜を植えて以来の城北の花見の名所だけど、城南・城西方面を生活圏にしている私は今まで縁がなかった。
上野公園より、ずっと落ち着いてお花見ができる感じ。

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↑ よく咲いている所で5分咲き。

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↑ でも、近くで見ると、3分咲き。

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↑ 紅色の桜。きれいだけど、早咲きのようで、もうだいぶ散っていた。

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↑ 桜と新幹線

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↑ 写真を撮ってもらったら、偶然、後ろにD51が・・・。
D51853は、1943年(昭和18)の製造の「戦時タイプ」。
吹田機関区→梅小路機関区→姫路機関区→長岡機関区→坂田機関区と移って、1972年(昭和47)6月まで走り続けた。

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↑ もう1枚、撮ってもらったら、たまたま、後ろに都電6000形が・・・。
都電6080号車は、1949年(昭和24)の製造で、1978年(昭和53)4月まで飛鳥山を越える荒川線を走っていた。

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↑ 桜と夕日。

桜は、まだやっと3~5分咲きだったけど、花曇りの程よい気温、気の置けない友人たちとのおしゃべり、楽しいお花見だった。
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【追加】「夜桜のおゆう姐さん」グラフティー
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↑ 王子駅前。すれ違う人が振り返る。
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↑ 手絡(てがら)がかわいい。
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↑ ん? なんか微妙に様子がおかしいぞ。
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↑ いつになく早めに酔っぱらってる?
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↑ これこれ、道端に座るんじゃありません。

3月29日(火)南伊豆で湯治(2日目) [旅]

3月29日(火)

5時半に目が覚めて外を見ると、黒と白の世界。
夜明けの暗さの中に乳白色の川霧。

もう一度、眠って、6時半に起きると、だいぶ霧が薄くなっていた。
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↑ 山にはまだ霧がかかっている。画面の左は湯煙。

ベランダにある壺湯に入る。
熱めのお湯に浸かりながら、鶯の声を聞く。
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8時、朝食。
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食後、お宿のすぐ裏の青野川の土手を散策。
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河津桜はもうすっかり葉桜で、ソメイヨシノはまだ咲いていない。
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でも、菜の花が咲く春の景色が心を癒してくれる。
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これで、もう少し頑張れるかな。


3月28日(月)湯治に行ってきます [旅]

3月28日(月)

心身ともに疲労気味なので、南伊豆に湯治に行ってきます。
1泊だけですが・・・。

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↑ 「スーパービュー踊り子7号」

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↑ お馴染「崎陽軒」のしゅうまい弁当。

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↑ 伊豆急下田駅に到着。

3月27日(日)身体が辛く一日休養 [日常]

3月27日(日)

8時半に起きて、ネットをチェックした。
朝食は、りんごのデニッシュとコーヒー。
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9時半、どうにも腰が痛くて、家猫さんにエレキ絆を貼ってもらう。
そのまま気持ちよくなり、家猫さんの布団でまた眠ってしまう。
やはり、昨日の疲労、いや先週の土曜日(GID学会1日目)以来の1週間の過労が、身体にダメージになって出てきているのだろう。

で、11時半、2度目の起床。
お風呂に入って、髪と身体を洗い、ようやくすっきり。

昼食は、残りご飯を残り物(牛焼肉・お刺身醤油漬け)で。
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少し足りないので、コーンスープ。
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やはり体調は良くない。
右目に違和感があり、鏡で見ると赤く充血している。
左膝も痛い。

夕方、また2時間ほど眠る。
右目に抗生物質入りの目薬をさす。

夕食は、久しぶりにまともな料理。
鶏肉と野菜のトマトベース煮込み。
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夕食後、録画してあってあった「ダウントン・アビー4」最終回を見る。
衝撃的だった第3シリーズの最終回と異なり、華やかで心温まるエンディング。
これで、日曜夜のお楽しみとも、しばらくのお別れ。
第5シリーズは早くても秋かな。

2時、就寝。

民主党から民進党へ [政治・選挙]

3月27日(日)

結党以来の支持者として「民主党」という党名が消えるのは寂しい。
1996年の結党から2009年の政権獲得を経て今に至る20年は、試行錯誤の連続であり、成功と失敗が交錯する歴史だったが、とにもかくにも一度は自民党政権を打倒して、民主党政権を樹立したことは、日本の政治史に残る成果であり、支持者として大きな喜びだった。

「市民が中心」という結党の理念に基づいて掲げられた民主党の政策、「官僚が主人公ではなく国民が主人公」「コンクリートから人へ」「子供を社会が育てる」「真面目に働く人が報われる社会」などは、私は間違っていないと今でも思っているし、けっして「挫折」ではないと思う。

しかし、残念ながら、それらの政策は国民に受け入れられなかった。
安定的な官僚主導のもとで「人よりコンクリート」の政策を進め、子供は「伝統的な家族制度」のもとで育て、真面目に働く人よりうまく立ち回る人が報われる社会を目指す政党を、国民の多くが選択した。

それは、「市民中心主義」の政策を浸透できなかった民主党の力量不足ではあるが、一面では民主的な選挙制度のもとでの国民の選択の結果であるから仕方がないと思う。

新たに結党された民進党が、政権を目指す道は険しい。
清新な人材を登用し、政策の整合性を高めていかないと、衆議院100~120議席の中規模政党に終始してしまうと思う。
それはかっての社会党の姿にほかならず、それでは駄目だ。
次期党首には、ぜひ女性を!
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民主20年の理念、挫折の先は

「市民が主役」を掲げてスタートした民主党の名前が27日、なくなる。結党から約20年、「マニフェスト」など新しい政治文化を永田町に吹き込み、2大政党の一翼として2009年には政権も担った。だが、わずか3年で下野し、その後も党勢は上向かず、党名変更を迫られた。党の理念だった「民主」はなぜ消えることになったのか。

「国民の期待に応えられなかった――」。ある議員は民主党と維新の党が合流する「民進党」の綱領に、こうした民主党の総括を入れるよう求めた。

民主党が新たな理念を掲げて一時、「国民の期待」を集めたことは確かだ。

「官僚から市民へ。市民一人ひとりの代表が民主党という思いを込めた」。1996年9月、初代代表になる鳩山由紀夫氏は党のスローガン「市民が主役の民主党」を発表した記者会見でこう語っていた。

98年に決定した党基本理念では「生活者、納税者、消費者の立場を代表する」と宣言。経済界や業界団体を基盤にしてきた自民党、労組を母体にした社会党などと一線を画し、「市民」を基盤にした新しい政党像を打ち出そうとした。

その最大の象徴がマニフェスト(政権公約)だった。2003年総選挙で初めてマニフェストを掲げた菅直人氏は「政権を担当した時に実行する政策を政権担当前に国民のみなさんに約束する」と訴えた。「地方の活性化」などあいまいな公約をもとに、有権者に事実上の白紙委任を求めてきた従来の政治のありように対し、「市民への約束」を一つひとつ明確にし、有権者に支持を求めたのだ。

こうした理念はマニフェストの中身に盛り込まれた。「コンクリートから人へ」「国民の生活が第一」の訴えは、「市民が主役」という結党の理念と通底していた。始めたら止まらない公共事業を見直す機会もつくり、「子どもを社会で育てる」という考え方のもと、子ども手当の創設や高校授業料の無償化を主要政策にすえた。

民主党結党からのメンバーで、元官房長官の仙谷由人氏は「自民党に対抗するオルタナティブ(別の選択肢)として、民主党は新しい政治価値を提供することができた」と振り返る。
    *
しかし、その後の民主党は「市民が主役」の理念を徹底できず、大きな失望をかうことになった。

06年から約3年間、代表を務めた小沢一郎氏は、マニフェストの実現へ「予算を組み替えれば財源はいくらでも出てくる」と強調したが、財源のめどを立てられず、見直しを余儀なくされた。菅氏は首相就任後まもなく、マニフェストになかった「消費税10%」を打ち上げたが、その陰には財務省の意向がちらついた。

「官僚から市民へ」の看板だった政治主導も頓挫した。政権発足直後、省の予算をチェックしようと副大臣や政務官が自ら電卓をたたく姿が報じられたが、ある民主党の副大臣経験者は「政治家だけでは行政機関を動かせないことがわかり、その反動で、急激に官僚頼みに傾斜した」と振り返る。「市民が主役」という理念はあっても、実現させるすべが十分でなかった。

原点回帰も試みた。下野後の13年、当時の細野豪志幹事長は地方議員を対象にしたセミナーで「『民が主役の民主党』という原点に立ち戻ろう」と呼びかけた。岡田克也代表も「看板の掛け替えでは国民の信頼は回復しない」と「民主」にこだわった。だが、「民主」の名を残すためにひねり出した「立憲民主党」は、党の世論調査で民主党支持層でも少数の支持にとどまった。

「民進党」という党名には、「民主」に代わるどんな理念を込めるのか。「民進」を推した維新の江田憲司前代表は「民と共に進むというカラーを打ち出し、進歩や進化、改革を民の立場から進めていく」と語る。だが、急ごしらえ感は否めない。

ヒントがないわけではない。

民進党の政調会長に内定した山尾志桜里衆院議員は、インターネット上の匿名ブログを国会で取り上げ、待機児童問題で政府を動かしつつある。山尾氏は24日の記者会見で「普通の人が声を上げれば、政治は動くんだというところを見せたい」と語った。長妻昭代表代行も「いまや中間層がばらけている。分断社会だ」と指摘。民意にピントを合わせることが難しい時代だからこそ、「政治の側が市民に入っていかないといけない」と語る。

市民を「主役」と位置づけるだけでなく、その主役の声を現実の政治に結びつけていけるのか――。「民進」の名に与えられた課題だといえる。

(村松真次、蔭西晴子)

『朝日新聞』2016年3月26日05時00分

3月26日(土)文化資源学会(遠足)「新宿グランドツアー」 [お仕事(講義・講演)]

3月26日(土)  晴れ  東京  12.5度  湿度44%(15時)

「文化資源学会」(会長:木下直之東京大学教授)の「遠足」(巡見)で「新宿グランドツアー― 江戸から現代まで、ヘテロセクシュアル、ホモセクシュアル、トランスジェンダーが織りなす新宿の歴史地理―」のご案内。

13時、新宿駅東口広場に集合。
定員30人が募集開始半日で一杯になり、「たまたま通りがかった知り合い」」(モグリの参加者)が5人ほど。

本当の通りがかりの人に「はとバスかしら?」とか言われながら、新宿駅東口→「三越裏」→天龍寺(四丁目)→追分(三丁目)→太宗寺(二丁目)→「ゲイタウン」→成覚寺→末廣亭ブロック(三丁目)→花園神社→ゴールデン街・花園街→歌舞伎町と新宿の街をぐるっと大回りして、17時半、東口に戻り、旧青梅街道・地下道入口で解散。

4時間半、ほとんど歩き通し、しゃべり通しで、さすがに疲れた。
でも、ハードなコースにもかかわらず落伍者もなく、喜んでくださった方もそれなりにいたので、まあ、よかった。

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↑ 二丁目・太宗寺の桜。
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↑ 花園神社の桜。
2分咲きくらいかな。

18時~20時半、「二幸(アルタ)」裏の「三平酒寮」で懇親会。

21時~22時半、「椿屋カフェ」で二次会。
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23時半、帰宅。

まだ1分咲(渋谷桜丘町) [日常(花・街・山・猫・蝶)]

3月25日(金)

東京の桜(ソメイヨシノ)は、21日に開花宣言が出たが、渋谷桜丘町は、日当たりのよい枝が1分咲くらいで、まだまだ。
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↑ きれいに咲いているが、ソメイヨシノではない桜。
たぶん、オオシマザクラだと思う。


3月25日(金)勝川春章の展覧会をはしご [お勉強(博物館・美術館)]

3月25日(金)  晴れ  東京  14.4度  湿度25%(15時)

京都から早めに東京に戻り、会期末が迫った展覧会をはしご。

まず、出光美術館(日比谷)の「生誕290年記念 勝川春章と肉筆美人画 ―〈みやび〉の女性像. 」へ。
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↑ 「帝劇ビル」より皇居・二重橋方向を望む。

続いて、太田記念美術館(神宮前)の「生誕290年記念 勝川春章-北斎誕生の系譜」へ。
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前者は、最晩年の大作「美人鑑賞図」を中心に肉筆画メインの豪華な展示。
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後者は、役者絵、相撲絵などの版画を中心とした展示。
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↑ 勝川春章「五代目市川団十郎の股野の五郎景久 初代中村里好の白拍子風折 三代目沢村宗十郎の河津の三郎祐安」

両者合わせて、今まであまり注目されていなかった勝川春章の画業の全体像が把握できる好企画。

さすがに疲れたが、個人的にも収穫(論文や講義で使えそうな作品←春章ではないが)があったので、無理した甲斐があった。