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越後・栃尾の「ほだれ祭」 [現代の性(一般)]

3月13日(日)

新潟・栃尾(長岡市)の「ほだれ祭」。
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「ほだれ」は「穂垂れ」で、五穀豊穣=子孫繁栄という論理で、農耕神と性神が習合する日本の農村の祭礼の典型。

でも、有名になり過ぎると、川崎の「かなまら祭」のように警察の規制が強化されないか、心配。

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「ご利益あります」 「男根」に乗り子宝願う奇祭 新潟

新潟県長岡市栃尾地域の下来伝地区で13日、ほだれ祭が開かれる。男根の形をした巨大な木像がご神体で「越後の奇祭」とも呼ばれ、毎年人口63人の集落に県内外から1500人以上が集まる。過疎が進む地域の人々が40年近く前に始めた「地方創生」の草分け的存在だ。

祭りは毎年3月の第2日曜日に開催。子宝祈願を中心に、縁結び、安産、五穀豊穣(ほうじょう)などを祈る。男根形の木像は1本のケヤキを彫って作ったもので、長さ220センチ、重さ600キロ。普段は集落内のほこらに祭ってある。

大数珠を持って集落内を巡ることから祭りは始まる。ほこら横の周囲8メートルを超す「下来伝の大杉」(市指定天然記念物)にしめ縄を張り、新婚1年未満で子宝や安産を願う女性を「初嫁さん」とし、ほこらの前でおはらいする。ご神体を井桁に組んだ角材に載せ、神輿(みこし)にし、ご神体に腰掛けた初嫁さんごと地域の人らが担ぎ上げ、ほこらの周囲を練り歩く。その後、初嫁さんが5円玉に結びつけた富くじをまき、抽選会をして終わる。参加型の祭りで、ご神体の担ぎ上げなどで、見物客に手伝いを呼びかける。

一昨年、初嫁さんを務めた栃尾観光協会職員の島智美さん(31)は今年1月1日に長女を出産し、現在は育児休暇中。「会場にきた人も乗れるんですが、一緒に来た義理の姉が乗って去年6月に出産。その1カ月前に私の妊娠が分かりました。その前の年は私の担当の美容師さんが友だちと3人で乗って全員懐妊。ご利益あります」と笑う。

ほだれ祭は下来伝青年団の酒飲み話がきっかけで、1980年に始まった。70年には49戸215人いた集落も当時、42戸170人に減っていた。「青年団はその数年前にできた。親睦を深めるために飲むのはいいが、何も残らない。子どもたちに残せる祭りをやろうとなった」。当時青年団員だった祭りの実行委員、星野清さん(62)は振り返る。

集落に古い言い伝えが残る。大杉は元々は夫婦杉。男杉が倒れ、女杉だけが残り、しばらくして既婚男性の事故死や病死が増えた。男根の石像や木像(ほだれ様)を周りに祭ったところ災厄がやんだ。大杉の周りには複数のほだれ様や道祖神が残る。ほだれは「穂垂れ」が語源とされる。

青年団の間で日本一のほだれ様を作ろうという話になり、集落内の大ケヤキを切り、2年かけ男根型の木像を作った。話題を呼び、日本テレビの「11PM」も取材に来た。星野さんは「不思議なもんだよね。木をアレの形にしただけで人が来るんだから」と笑う。

当初は初嫁さんはご神体に乗らず、若い男衆がまたがって集落内を巡回。途中で女性を乗せることもあった。しばらくして2本の角材にぶら下げたご神体に初嫁さんを乗せるようになり、やがて神輿状にして担ぐようになった。

年々盛んになり、2千人以上が集まったことも。ほだれ様をかたどった日本酒やアメなどのお土産もできた。しかし、集落の人口減は止まらなかった。十数年前から練り歩きはほこらの周りだけに。担ぎ手が少なくなったのも理由の一つだ。

今年1月現在の集落の人口は28戸63人。星野さんは「年1回の祭りで盛り上がるだけでなく、1年を通じて何か少しでも人がくる仕掛けが必要だ」と言う。ほだれ様を見に来た人を軽食やワラ編み体験などでもてなせる施設や、子宝に恵まれた人がほだれ様へのお礼参りに使うミニご神体などアイデアはある。「少しでも経済的に潤えば、集落は残る。それを実現するのが今後の課題だ」(伊丹和弘)
『朝日新聞』2016年3月13日08時03分
http://digital.asahi.com/articles/ASJ374QJSJ37UOHB011.html?rm=631