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4月5日(火)「OUT IN JAPAN」の撮影会 [現代の性(同性愛・L/G/B/T)]

4月5日(火)

今日は、シンガポール出身の写真家レスリー・キー(Leslie Kee)氏による日本のLGBTのカミングアウト・フォトプロジェクト「OUT IN JAPAN」の撮影会に参加。

このプロジェクト、LGBTの社会的顕在化の手法という意味で関心はあったが、自分については「今さら老人が出る幕ではない」と思い、参加するつもりはなかった。

ところが、3日前にこのプロジェクトを企画している認定NPO法人「グッド・エイジング・エールズ」の代表の方から撮影会へのお誘いがあった。
敢えてお断りするほどの理由もなく、撮影現場の様子も見学したいという思いもあり、急遽、いろいろ調整して、参加させていただくことになった。

ただ、問題は私のコンディションで、1カ月前くらいにわかっていたら、少しはダイエットしたり、美顔エステに行ったりしたのだが、3日前ではどうしようもない。
まあ、やらないよりいくらかマシだろうと、前夜、お風呂で、顔、首の角質除去をしたのが関の山。

あいにく、火曜日で美容院はお休み。
いつもお世話になっている先生に相談したら「いいわよ、いらっしゃい」と言ってくださったので、甘えることに。
12時半、美容院へ。
夜会巻にセットしてもらう。

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↑ 着物と帯は、撮影がモノクロということで、色味よりも柄を重視して、アールデコの(直線的な)インパクトの強いコーディネートにした。

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↑ 髪飾りは、白金の桜。

14時45分、渋谷某所のスタジオへ。
「お着物ですか・・・」と困惑気味に言われる。
スポンサーの関係もあって洋装が原則らしいということはわかっていたが、「日本のLGBTを1000人撮って、和装(民族衣装)が1人もいないというのは、おかしいでしょう」と言って押し通す。
日本のLG(レズビアン&ゲイ)のファッションは、まったく欧米模倣だが、国際学会などに出席すると、T(トランスジェンダー)は民族衣装への意識をちゃんともっている人が多い。

プロのメイキャッパーさんに、撮影用にメイクを直してもらう。
眉毛の手入れと、頬紅の位置の修正。
リップグロスを塗られたのなんて、何十年ぶりだろう(たしか4半世紀前・・・)。

スポンサー(GAP)の商品をなにか身につけることになっているので、白いショールを巻いてもらう。
しばらく待機。
私は999人目とのこと。
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15時15分、撮影。
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↑ 最後のメイク直し。
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↑ ポーズの打ち合わせ。帽子をかぶっているのがレスリー・キー氏。
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↑ 撮影開始。
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↑ 撮られているうちに、昔の調子を少し思い出す。
2ポーズ、各2パターン(目を開けているのと閉じているのと)を撮影。
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予想していたより倍くらい撮られた感じ。
それと、なぜかギャラリーがかなり増えているのですけど。

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↑  昔と大違いなのは、今、撮影した画像がすぐに見られること。
レスリー氏と画像をチョイス。

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↑ すでに1000人目のモデルさんがスタンバイしているので、選定時間はかけられない。
右は「グッド・エイジング・エールズ」松中権代表。

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↑ まあ、こんなところでしょうか。

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↑ 撮影後、レスリー・キー氏と。
一流のカメラマンに撮影してもらい、今生の良い思い出になった。

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↑ 帰宅途中。
いつもより眉がすっきりしている。

4月4日(月)部屋の片付け [日常]

4月4日(月)

9時半、起床。
朝食は、新丸子駅前「ブーランジュリー・メチエ」のアマンドショコラとコーヒー。
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午前中~昼過ぎ、部屋の片付け。
大量に溜まったレポート&コメント票を処分。
大仕事だったが、頑張っただけあって、かなりすっきり。

遅い昼食は、昨夜の天麩羅の残り。
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夕食は、カマスの開きを焼く。
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ほうぼうのお刺身。
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蕨と卵のお汁。卵の分量を間違えた・・・。

お風呂に入って髪を洗い、明日の撮影に備えて顔と首の角質を除去。
まあ、やらないよりマシ。

就寝、2時半。

イタリア人宣教師ジョバンニ・シドッチの遺骨、出土か [世相]

4月4日(月)

日本布教を志し、1708年に単身屋久島に上陸して捕縛されたイタリア人宣教師ジョバンニ・バチスタ・シドッチ(1668~1714年)とみられる遺骨が、文京区小日向「切支丹屋敷」跡から見つかった。

キリスト教禁教下の日本に潜入した最後の宣教師であり、江戸に送られたシドッチを尋問した新井白石が、シドッチから得た知識を基に『西洋紀聞』『采覧異言』を著したことで知られる。

出土場所・埋葬状態や人骨に残っていたDNA分析からして、シドッチであることは間違いない。
なにしろ、この時代に日本にいる西洋人はシドッチただ1人だから。
遺骨3体の内、他の2体はシドッチの世話をしていた老夫婦長助・はる(シドッチの宣教で入信)だろう。

現在の日本の切支丹、もといキリスト教信者の方々が、どう反応するか、とても興味深い。
信仰・布教に殉じた人なのだから、日本のキリスト教徒がお金を出し合って、ちゃんとした墓地兼記念碑を建てるべきだろう。
それとも、記念碑だけ建てて、遺骨は故国イタリアに帰すべきか。

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遺骨  白石の「西洋の窓」宣教師か 獄死した屋敷跡から

江戸時代中期に来日、新井白石に影響を与えたものの獄死したイタリア人宣教師、ジョバンニ・バチスタ・シドッチ(1668〜1714年)とみられる遺骨が見つかったと4日、東京都文京区が発表した。キリスト教信者らの収容施設・切支丹屋敷跡(同区小日向1)の発掘調査で見つかり、DNA鑑定や文献資料などから可能性が高いとしている。鎖国・禁教下の日欧の交流を知る手掛かりとなりそうだ。

シドッチは伊シチリア島・パレルモ出身。日本布教を志し1708年、フィリピンから屋久島に渡航し、捕らえられて江戸に送られた。当時幕政の実力者だった白石が尋問、そこで得た知識を基に海外情勢や地理などを記した「西洋紀聞」を著した。シドッチは比較的好条件で屋敷に幽閉されたが、世話役の日本人夫妻「長助・はる」を入信させたとして地下牢に移され、死去した。

同屋敷跡はマンション建設に伴い2014年7〜8月、約1000平方メートルを調査、17世紀末〜18世紀初頭とみられる3体の人骨が並んで見つかった。うち1体は、埋葬の姿勢やひつぎを使用していることなど、ほぼキリスト教の様式にのっとる形で葬られていた。また国立科学博物館が歯からDNAを採取、鑑定し現在のイタリア人のグループに属する男性であることが分かった。

骨の形状の分析によると40〜60歳、身長170センチ台との推定も史料と矛盾なく、見つかった場所も江戸時代後期の地誌の記載と一致した。残る2体は、世話役の日本人夫妻の可能性があるという。

早稲田大学の大橋幸泰教授(日本近世史)は「2人の出会いが、その後の幕府の禁書の緩和、洋学の発展を切り開いた。今回の発掘調査でも、シドッチが尊重されていたことが分かる。墓地などの伝承が裏付けられた意義は大きい」と話した。【最上聡】

『毎日新聞』2016年4月5日 00時09分
http://mainichi.jp/articles/20160405/k00/00m/040/072000c