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昭和前期の男装者の事例3つ(浅田一『性的犯罪者』より) [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月11日(月)

拙著『女装と日本人』を読んでくださった方から「男装はどうなのでしょう?」という質問をいただくことがときどきある。
「女装に比べると事例(史料)は圧倒的に少ないですね」とお答えするが、ないわけではない。

ただ、男装者の歴史は、やはり男装者(もしくはFemale to Male)の人が調べるのが一番で、Male to Femaleの私が調べて著述することは「やはり僭越だろう」という気持ちがある。
でも、いつまで経っても、誰もやってくれそうにないので、仕方がないので、どこかの段階でまとめておこうという気になりつつある。

前置きはそのくらいにして、比較的珍しい、昭和戦前期の男装者の事例が目に止まったので、記録を兼ねて紹介しておきたい。
(その1)
「呉漫叟の筆名で『今月の臨床』昭和13年8月号73頁に書かれている事実は興味がある。即ち昭和2年芝区新網町1の25欄湯へ晩春から年の暮へかけ半年以上に亙り毎日久留米ガスリの股引に印袢天という28、9歳のイナせな姿の人が夜の雑踏中にやって来る。ハンテンを脱ぐなりザンブと湯舟に飛込んで周囲の誰彼と世話話をする。番台がどうも変だと見て『どうぞ女湯へ』というが聞かない。遂に愛宕署へ届出た。それは『およしや』という料亭の女将(29際)だが魚河岸の兄イ連の勇み肌がタマラナク気に入り、其結果がこれだったという」
(註)
芝区新網町 ----- 現在の港区浜松町2丁目の南側。明治期においては四谷鮫河橋、上野万年町と並ぶ「東京三大貧民窟(スラム)」だった。
欄湯 ----- 銭湯の名だが難読。おばしま湯とでも読むのだろうか?

(その2)
「又 横浜市平沼町の川瀬某という女の情夫鈴木むらを(当時32歳)は17歳から男装をして居り、カフェーやバーを飲みあるき、不良少年を配下に持っていたという」
(註)
横浜市平沼町 ----- 現在の横浜市平沼1・2丁目および西平沼町。横浜駅の南側。
むらを ----- 「〇〇を」という女性名は、「〇〇よ」「〇〇ゑ」「〇〇の」などと並んで、花魁や御殿女中の源氏名などに由来する。たとえば高尾、萩尾など。
「〇男」「〇夫」などに読み替え可能で、男装者には便利である。

(その3)
「近頃は女の男装や男の女装がやり易い。此程も某高女の外套泥棒が盗んだ外套を一着して人込みの中に居るのを被害者が電車で発見し、乗り合わせた友達数人と目配せして某女の下車と共に包囲して捕えようとして格闘中その女のカズラが落ちたが、ヤツト捕えて警察に渡したという。此女はいつもは断髪男装で、盗む時は女装するのだそうせある。之は御都合主義からの様でもあるが、女のくせに平素断髪男装というのはやはり変態と思われる」
(註)
一着する ----- 着用すること
カズラ ----- 鬘(かつら)

(その1)は、男性の勇み肌が大好きで、それを見たさに男装して男湯に入っていた女性。
袢纏を脱いだ後、どんな形で湯船に入っていたのだろうか?
胸はさらしを巻いていたのか?
半年以上も、騒動にならなかったのは、男女混浴の習俗の名残と見るべきかも。

(その2)は、短い資料だが、女性の情夫になっているところや、男性ジェンダーを強調する遊び方など、現代のFtMの人の行動に通じるところ大で、興味深い。

(その3)は、平素は男装している女性が、悪事(盗み)を行うときだけ女装するという事例。
近年にも、同様の事例があった。

いずれも出典は、浅田一『性的犯罪者』(東洋書館、1947年4月、155頁、定価40円)の「第1篇 性的犯罪」の「33 異性変装」。
IMG_7171.JPG
著者の浅田一(1887~1952年、明治20~昭和27年)は、東京医科大学教授の法医学者(医学博士)。
大阪府の出身で、東京帝国大学を卒業後、欧米に留学
帰国後、長崎医大教授となり、1934(昭和9)東京医学専門学校(現:東京医科大学)教授となった。
とくに血清学の研究で,知られた。
著書に『法医学講義』(克誠堂書店、1937年)『最新法医学』(中央公論社、1937年)『法医学』(東洋書館、1946年)『法医学ノート』(同、1946年)『死と検屍ー付・法医鑑定実例ー』(同、1947年)『性的犯罪者』(同、1947年)などがある。
この本も、医科大学での講義録的なものと思われる。
ちなみに、私の父の法医学の先生であり、御子息は父の同級生という縁。
時期的に見て、この本が教科書だったのではないか?と思い、父に見せたが、覚えがないとのこと。
父は苦学生で、教科書はほとんど買えなかったからかもしれない。

インドの寺院で大規模な花火爆発事故 [事件・事故]

4月10日(日)

インド南部ケララ州パラブールのヒンドゥー教寺院で10日未明、祭礼で打ち上げられていた花火が引火して爆発、炎上。
少なくとも102人が死亡、350人が怪我をした。
動画・音量注意)
http://www.liveleak.com/view?i=8ad_1460259345
事故の動画を見ると、最初は花火が打ち上がっているが、途中から地上で爆発しているのがわかる。
花火が関わる爆発事故としては、たぶん史上最大規模だと思う。

今までの、大きな花火関係の爆発事故としては、2000年5月13日にオランダのエンスヘデ市で起こった花火の保管倉庫に火災・爆発事故が著名。
貯蔵してあった100tの中国製花火が大爆発し、消防士を含む20名以上が死亡、900名以上が負傷、1000名が住居を失った。
原因は倉庫所有者の放火らしい。

日本では、1955年8月1日に起こった墨田区花火問屋爆発事故が最大。
東京都墨田区厩橋にあった玩具用花火の工場の倉庫が大爆発し、死者18名、重軽傷者80名以上を出した。

花火といえども火薬は火薬で、大量に集まった状態で発火すれば、爆薬に等しい威力を発する。
今回の事故は、まさにそのケース。
原因はまだ判明していないようだが、この手の事故はだいたいが信じられないような不注意が原因であることが多い。