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5月16日(月)今日も国会図書館 [お仕事(調査)]

5月16日(月)  曇り  東京  23.3度  湿度62%(15時)

10時、起床

庭にホタルノブクロが咲いていた。
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もうそんな季節なんだ・・・。

今日も、14時から18時まで、国会図書館で調べものと資料収集。
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夜、収集した資料の整理と、明日の講義の準備。

就寝、3時。


オネエ呼ばわり「不快」 テレビ番組、差別助長の恐れ [現代の性(性別越境・性別移行)]

5月16日(月)

「おかま」にしと「おねえ」にしろ、コミュニティで使われていた本来の意味をマスコミが勝手に拡張・変更して広く流布したことにそもそもの問題がある。

重要なことは(1)自称の尊重、(2)「おかま」のような差別的な俗語に由来の言葉は他称としては使わないこと、だと思う。
これを遵守していれば、大きな問題は起こらない

私は7年前に「テレビの中の性的マイノリティ」(『週刊金曜日』2009年6月12日号)という文章を書いて、テレビメディアの性的少数者への姿勢を批判した。

その後、「おかま」の使用が減り、次第に「おねえ」に置き換わっていった。
しかし、性的少数者を笑いものにして視聴率を稼ぐというテレビ(バラエティ)業界の姿勢は、あまり変わっていないと思う。

そこに根本的かつ最大の問題があるのだ。

「おかま(お釜)」という言葉は、もともと「肛門」を意味する江戸時代のスラングで、女性器を意味する「おなべ(お鍋)」と対語。
そこから「おかま」(肛門)を使って商売をする人たち(男娼)の蔑称になった。
つまり、職業カテゴリー。
その点では、現在の「ニューハーフ」と同様。

だから、古い文献には「おかま屋」という言い方がしばしば見える。
「おかま屋」が省略されて「おかま」という言い方になった。

そうした由来をもつ「おかま」という言葉を1970年頃から、雑誌メディアが女装した男性や男性同性愛者の汎称として大きく範囲を拡張して使用し始め、さらにテレビメディアが追随する。

「おかま」(肛門)を使って商売をしていない人たちを(他称として)「おかま」呼ばわりするのは、言葉の本来の意味からして間違っている。

水商売の「ゲイボーイ」が、セックスワーカーを意味する「おかま」と言われたら、「違うわよ!」と言うのは当たり前。

「おかま」というと言葉が流行った1970~80年代に自己形成(アイデンティファイ)した方で、プライドをもって「おかま」を自称する方は、ご本人の勝手だと思う。

でも、同時に1940年代後半の男娼たちが「おかまと呼ばれるのだけは勘弁してほしい」と言ったほど侮蔑性の強い言葉であることも忘れてほしくないと思う。

一方、「おねえ」という言葉は、日本テレビ(NTV)が2006年10月に放送を始めた『おネエ★MANS!』(おネエマンズ)(2006年10月7日~2009年3月10日)が世の中に広めた。
それまで、メディアが多用(愛用)してきた言葉(カテゴリー)である「おかま」が、差別性があると批判されたための置き換え概念。
意味的には、「男性が好きな(性的指向が男性にある)女っぽい(ジェンダーロール的に女性的な)、生得的な男性」という基本カテゴリーで、男性的なゲイは最初から除外され、また、性別表現や性自認は問題にされない。
ゲイ業界用語の「おねえ」概念(女性的な女装していないゲイ)の範囲を、テレビ・メディアが勝手に拡張したもの。

コミュニティ独自の概念を、マスメディアが自己都合で拡張し、本来そうでない人にまで拡大適用するという点で、「おかま」と同様の過ちを犯している。

(参照)三橋順子「おかま」(『性の用語集』講談社現代新書、2004年)
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オネエ呼ばわり「不快」 テレビ番組、差別助長の恐れ

性的マイノリティー(少数者)への理解が国内でも進みつつある中、テレビのバラエティー番組での取り上げ方が当事者らを生きづらくさせているとの指摘が出ている。昨年、文筆家の能町みね子さん(37)が日本テレビの番組内で「オネエタレント」として紹介され、抗議した出来事があった。性的マイノリティーとテレビメディアの在り方について考えた。【藤沢美由紀】

能町さんは2015年8月、自身が出演していないバラエティー番組で「オネエタレント」の一人として紹介され、「オネエではない」とツイッター上で抗議した。日本テレビの担当者から「話をしたい」との連絡が一度来たものの、謝罪はないという。毎日新聞の取材に同局は「本人がツイッター上で不快の念を示されていることについて真摯(しんし)に受け止めている」とした。

能町さんは07年、性別適合手術を受け、男性から女性に戸籍を変更した。そうした体験をつづった著作もあるが、現在は自身のセクシュアリティーを前面に出すことなく、バラエティー番組や大相撲解説、雑誌などで活躍している。

そもそも「オネエ」という言葉は、主にトランスジェンダーの女性(男性の体で生まれ女性と自認する人)やゲイ(男性同性愛者)、女性のような格好をする男性らの俗称として使われてきた。能町さんは「『オネエ』は本来、『オネエ言葉』などゲイの誇張した女性言葉やしなを作った振る舞いを指して使われていたはず。今は人種や属性のように扱われ、オネエ言葉を使っていないゲイや女性として生きている人にまで使われている。みんな言いづらいと思うので私が歯止めをかけなくてはいけないと思った」と話す。

こうした状況について、性的マイノリティーの自殺防止などに取り組む団体「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」元共同代表の遠藤まめたさん(29)は「『オカマ』と同じ意味の際どい言葉なのに、よりマイルドに受け取られ、何も考えず使われている」と憤る。

同団体がインターネットを通じて当事者にアンケートし14年に発表した「LGBT(性的少数者など)学校生活実態調査」によると、回答者の84%が「LGBTをネタとした冗談やからかい」を何らかの形で見聞きしていた。「不快な冗談やからかいを受けた」割合は異性愛者ではない男子、性別違和感のある男子でともに4割以上。遠藤さんは「学校で子供たちが『オネエキャラ』をやらされるなど、いじめとして再生産されてしまう。悪気なくネタとして使われると怒っても通じず、根が深い」と指摘する。

一方で「オネエタレント」としてひとくくりにされがちな芸能人らはどう受け止めているのか。男性の体で生まれ、性別適合手術を受けたことを明かして活動するはるな愛さんは「本当はきれいな女性タレントとして扱われたいけれど、男らしい声や本名を出してでも笑って喜ばれてテレビに出続けることで、私のような生き方を知ってもらい、お茶の間で議論してもらわなければと思った」と話す。苦情もあるが、当事者やその親から「励まされた」と感謝されることも多いという。

はるなさんは「残念ながら現在の日本のテレビ業界では、面白い扱いや辛口のコメントといった立ち位置ばかり求められているが、本来はもっと多様であるべきだ。少しずつ変わってほしい」と話した。

「自称を尊重」「人権に配慮」 各局対応
日本テレビ以外のNHKと在京民放キー局4社にも昨年末、対応などについて聞いた。質問は(1)能町さんが抗議した件を受け番組制作で方針変更などがあるか(2)起用したタレントに「オネエ」という言葉を使うのはどのような場合か(3)異なるセクシュアリティーについて「オネエ」とひとくくりに紹介することで傷つく当事者もいるが、どのような配慮をしているか(4)「オネエタレント」とされている人たちを起用する際、どんな期待や狙い、局内での議論があるか−−の4問。

TBSテレビは(1)について「特に変更はない」とし、理由として「元々、性の自認に関わる表現については大変デリケートな問題であるとの認識の下、『本人の自認(自称)』を大切にしている」。(2)は「タレント本人が自称している場合」。(3)は「性自認や性指向は人によってさまざまであることから、TBSではできる限り本人の『自称(自認)』を尊重し、本人を傷つけることがないよう、また視聴者に誤解を与えることがないよう配慮している」。(4)は「みなさんそれぞれ個性的で、大切な出演者と考えている」と回答した。

その他の局は個別質問に答えず、まとめた形での回答だった。

NHKは「NHKの放送ガイドライン等に沿って個別に判断している」。テレビ朝日は「他局に関することについてはコメントを差し控える。LGBTに限らず、常に人権には配慮して番組制作にあたっている」とした。フジテレビは「性的マイノリティーの方々を紹介する場合は正しい認識を持ち、事実誤認がないように十分注意する必要があると考えている。『オネエ』という言葉に限らず、放送で使用する言葉は、その言葉の持つ印象、与える影響などを考え、適宜、総合的に判断して使用している」と回答した。テレビ東京は「番組制作は放送基準にのっとり、出演者及び視聴者に配慮しながら制作している」とした。

「異端者」認識変えて 文筆家・能町みね子さん
能町さんに詳しく聞いた。

−−抗議は「『オネエタレント』として活躍している芸能人に失礼では」という批判もあります。

自称している人や誇りを持って振る舞っている人を否定するつもりはない。例えば、太っている人が自分でそれを面白い特徴ととらえ「デブ」と言うのはいいが、太っている人をひとくくりにして「デブ」とするのは失礼。受け取る側にとっても不愉快だ。「オネエ」と呼ばれたくない人まで勝手に呼ぶのは許せない。

−−能町さん自身、性別適合手術を受ける前の体験をつづった「オカマだけどOLやってます。」という著書があります。自身を「オカマ」と称していたことについては。

当時も「オカマ」という言葉はタブーだったが、性別変更した人は異端の者というイメージをこんがらがらせたくて、一般のど真ん中のような「OL」という言葉と一緒にあえて使った。その後手術を受け、戸籍を変更した後は(著作の元となった)ブログで「もうオカマではない」と宣言し、決着をつけたつもり。

−−テレビ界に伝えたいことは。

オカマ、ニューハーフ、オネエと基本的には色物という存在にしてきたと思うが、それだけで笑っていいとする認識はおかしい。自分は異端じゃないと認識する人たちにとって性的マイノリティーは明らかに異端の存在で、怖い、だからいじめたいと感じるのだと思う。それこそが差別だが、差別されそうな側は頑張って道化になり笑わせることで敵ではないことを示し、受け入れてもらおうとする。そろそろ性別変更しただけの人やゲイをそのまま認めたらいい。毒舌で(共演の)男性にセクハラして気持ち悪がられて面白いという振る舞いは、強制されてやっている人もいると思う。セクハラが許されるのは人間として認められない。

−−社会に期待したいことは。

性別変更した人は、隠すわけでもなくそれをさらっと言えるくらいがいい。珍しいことではあるから、私は体験を聞かれるのは構わない。でもそれを言っただけで、あるジャンルに入れられ、隔離された存在として認識されたくはない。何十年かかっても、変わっていったらと思う。

『毎日新聞』2016年5月16日
http://mainichi.jp/articles/20160516/org/00m/010/008000c