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新収集・大正3年、新吉原遊廓「花魁道中」絵葉書、注記無しの1枚  [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

5月23日(月)

訳あって昨年から集めている大正3年(1914)の新吉原遊廓の「花魁道中」の絵葉書を、少し前にまた1枚入手したので紹介。
新吉原花魁道中(大文字楼・不詳)4(2)大巻?.jpg
残念なことに、楼名・花魁名の記載が無い。
ただ、禿(かむろ)の特徴的な髪飾り、男衆・遣り手さん、花魁の衣装、そして傘についている紋などから、江戸一丁目の「大文字楼」であることがわかる。

問題は、「大文字楼」の誰かということ。
大正3年の「花魁道中」復興イベントに参加した「角海老楼」「稲本楼」「大文字楼」の当時の新吉原の三大楼の内で、「大文字楼」はいちばんたくさんの花魁が「道中」している(在籍していた娼妓全員が参加した可能性がある)。
現在、私が確認しているだけで、歌川、大巻、右近、操、若柳、紫君、花扇、都、柏木?の9人を数える。

その内の誰かである可能性が高いのだが(あるいは未知の人かも)、花魁の白塗りの顔はみな似たように見えてしまい、なかなか判別が難しい。
それでも、顔の輪郭や髪の生え際に注目すると、「この人ではないな」という推測はつく。
で、いろいろ比べた結果、この整った卵型の美形は「大巻」花魁ではないか?と思う。
新吉原花魁道中(大文字楼・不詳)4(3)大巻?.jpg
新吉原花魁道中(大文字楼・大巻)7(3).jpg
(上)花魁名不詳 (下)「大文字楼」大巻花魁

「大文字楼」の大巻花魁(角海老楼にも同名の花魁がいる)は、人気だったらしく、絵葉書の残存数も多いので、たぶんそうだろう。

皆さんのご意見も聞かせてください。

(参照)
2015年2月11日「大正復興「新吉原遊廓・花魁道中」絵葉書14枚を落札」
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12-2
2015年5月3日「大正3年(1914)新吉原遊廓「花魁道中」絵葉書から」
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2015-05-03-3
2015年6月13日「大正3年、新吉原遊廓「花魁道中」絵葉書2枚」
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2015-06-13-3
2015年10月11日「遺伝学者 R. B. Goldschmidtの自叙伝に大正3年新吉原遊廓「花魁道中」の写真
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2015-10-12-3
2016年1月18日「新収集・大正3年、新吉原遊廓「花魁道中」絵葉書2枚」
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2016-01-18-2 
2016年2月8日「新収集・大正3年、新吉原遊廓「花魁道中」絵葉書さらに2枚」 
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2016-02-08

49+12歳の誕生日 [日常]

5月23日(月)

うわっ! 12引いても50歳目前だ・・・(←にゃに、訳のわからないこと言ってるにゃ!)。
IMG_7920(2).jpg
ということで、お蔭さまで49+12歳の誕生日を無事に迎えることができました。

還暦の1年間は、「LGBT」ブームの余波を受けた多忙の内に、あっという間に過ぎてしまった気がします。
とりわけ昨年夏の執筆地獄(2ヵ月で6本、7万字)は、今になってみると、よく心身がもったものだと思います。

幸い、自分の身体には、坐骨神経痛以外、大きな支障はありませんが、だいぶ弱ってきた老父(92歳)のことが常に気がかりな1年になりそうです。

自分の人生の店仕舞いも少しずつ視野に入れつつ、執筆に重心を置いた49+12歳にしたいと思っています。
よろしくお付き合いの程、お願いいたします。

500万アクセスに到着 [日常]

5月22日(日)

5月22日に500万アクセス(ページビュー)に到着。

400万アクセスが2015年10月4日だったので、7カ月と18日(231日)。
300~400万は7カ月と25日(239日)だったので、わずかに早いがほぼ平均ペース。

ちなみに、200~300万は、5カ月と10日(164日)だったが、これは極端な集中アクセスがあったためで比較にならない。