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台風7号、北海道に上陸 [天文・気象・生物]

8月17日(水)

台風7号が、17時半ごろ、北海道の襟裳岬付近に上陸。

上陸直後の勢力は、中心気圧 980hPa、最大瞬間風速 40m/s
暴風域 東側170km、西側 40km
強風域 東側 440km、西側 220km
進行方向 北へ60km/h

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↑ 台風が、ダイレクトに北海道に上陸するのはかなり珍しい(23年ぶり)。
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↑ 渦巻き構造があまり崩れていない。
東北沖を北上するにつれて暴雨風域ができた。

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↑ 強い雨雲を伴い、北海道ではかなりの雨量になっている。
台風に慣れていない地域なので、被害が大きくならないか心配だ。

8月17日(水)「左足の方が良くないですね」 [日常(通院)]

8月17日(水)  晴れ  東京  34.3度  湿度66%(15時)

13時過ぎ、家を出る。
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台風7号通過後のフェーン現象もあって、今日は暑い!

でも、ふと気づけば、薄の穂が伸び、空の高いところで、秋が出番を待っているような気がする。
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東急東横線で渋谷に出る。
昼食は駅構内の「しぶそば」で、冷やしかき揚げそば(480円)
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14時過ぎの渋谷駅前、気温+ヒートアイランド+路面照り返しで、たぶん40度はあったと思う。
目眩いがするくらい暑い。

14時半、桜丘町の「東洋気功整体院」へ。
汗がなかなか止まらない。
いつものようにY先生に施術してもらう。
この1月以上、坐骨神経痛の影響でずっと右足の状態が悪かったが、今日は左足の方が良くない。
太腿の変な凝りが左足の方に強く出ている。
Y先生に「今日は左足の方が良くなかったですね」と言われる。

それと右肩の前よりがかなり痛んでいる。
これは、執筆の影響だろう。
15時45分、辞去。

17時15分、自宅最寄り駅前の「ドトール」で家猫さんと待ち合わせ。
「東急ストア」で買い物をして、一緒に帰る。

トランスジェンダー(FtM)がリオ五輪に出場 [現代の性(性別越境・性別移行)]

8月17日(水)

現代のオリンピックの規定では、女性から男性に移行した(FtM)トランスジェンダーが男子競技に出場するのは、何の制約もない。

競技の実力があれば、出場できるわけだが、実際に国代表レベルとなると、生得的な男性との激烈な競争を勝ち抜かなければならないわけで、容易なことでではない。

そう言う意味で、クリス・モージャー(Chris Mosier)選手がアメリカのトライアスロン男子代表としてリオ五輪に出場するのは、まさに歴史に残る偉業だ。
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ナイキ、トランスジェンダーの五輪選手を起用したキャンペーン動画を公開

August 13th, 2016

ナイキの新キャンペーン「Unlimited Courage」(限界のない勇気)にて、トランスジェンダーのスポーツ選手を起用した動画が話題を呼んでいる。

動画では、トランスジェンダーであることを公表し初めてのアメリカの男子代表となったクリス・モージャー選手に焦点を当てている。

モージャーは4歳の時に自分の意識にある性別(男性)が身体の性別(女性)と一致しないことを認識したトランスジェンダー。

彼は、女子選手として競技をしていても、自分が本当の自分として戦っていないように感じていた為、デュアスロンの最も高いレベルで国を代表して競うことを目指すようになった。

彼は想像を絶する努力と強い決意のうえ、初めて「男性選手」としてアメリカ代表の座を掴み、今回のリオ五輪へ出場を果たしたのだ。

モージャーはこう語る。
「アメリカ男子代表チームに初めてのトランスジェンダーの男性として選ばれることは私の夢でした」

「トランスジェンダー選手への転向を目指して以来、 この5、6年間にやってきたことのすべては”Just Do It”という思いで進めてきました。わたしが男性を相手に互角に戦えるのかはわからなかったけど、とりあえず挑戦しました。そしてこれまでに手に入れることのできた成功が教えてくれるのは、あらゆることは可能なのだということです」

ナイキといえば、毎年6月の全米プライド月間に「BETRUE コレクション」 を発売するなど、LGBTフレンドリーな企業として有名だ。

今回の動画シリーズ「Unlimited Courage」では、クリス・モージャー選手ほか多くのアスリートを紹介している。

http://genxy-net.com/post_theme04/813216l/

リオ・オリンピック(12日目) [スポーツ]

8月17日(水)

卓球女子団体3位決定戦、日本がシンガポールを3-1で破って、銅メダル。
よかった、よかった。

とりわけ、福原選手は今大会が最後のオリンピックだろうから、有終の美を飾れて、なによりだった。
ほんとうにお疲れさまでした。

15歳の伊藤美誠(みま) 選手は、福原愛選手と組んだ第3戦のダブルスを3-1で勝った後、続けて第4戦のシングルスに出場、世界ランク4位の選手に3-0で完勝して勝利を決めた。
すごい、すごい。

8月16日(火)逃げるが勝ち [お仕事(執筆)]

8月16日(火)

「廓(くるわ)」について、コラムを書いているのだが、その中で、浅草寺のさらに北に移転する前、江戸時代初期に今の日本橋人形町のあたりにあった「葭(吉)原」の成り立ちについて、短いくまとめようと思った。

だいたいのことは知っていたが、改めて史料を検討してみたら、数少ない基本史料が信頼性に乏しく、かつ相互に矛盾している。
庄司勝富『洞房語園』(1720年)なんて100年以上前のこと(曾祖父の代のこと)を語った回想録だから、他に史料がないとはいえ、かなり怪しい部分がある。
その点、三浦浄心『慶長見聞録』(1614)は、同時代史料で重視すべきだが、残念ながら断片的である。

しばらく(半日くらい)、書いて直してを繰り返していたが、どうにもならない。

で、「あまりに議論が複雑になるので、ここでは踏み込まないことにする」と書いて、あきらめた。
ある程度、確かなことは、①江戸幕府によって遊女町としての「吉原」が公許され、営業独占が認められたのが元和3年(1617)であること、②その「吉原」が現在の日本橋人形町のあたりにあったことだ。
そこさえ押さえておけば、本筋には影響ないし・・・。

私が「あきらめる」というのは、史料の質(たち)がよほど悪いということなのだが、この種の問題はやたらとこだわる好事家(だいたい暇な熟年男性)がいるので、私がどういう推論を述べても、気に食わない人が出てくることが予想される。

そういう人の相手をするのは、もう面倒だし疲れるので、あらかじめ逃げた、ということでもある。