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10月31日(月)早稲田大学「ジェンダー文化論」ゲスト講義 [お仕事(講義・講演)]

10月31日(月)

11時、家を出る。
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2週連続で、早稲田大学でゲスト講義。
グローバルエデュケーションセンター「ジェンダー文化論」(草野慶子教授)で、2コマ連続。

まず「トランスジェンダー文化論-『双性原理』を考える-」と題して、1時間半ほど講義。
15分の休憩を挟んで、1時間20分ほど質疑応答。
先週と違って、次々に質問が出て、たちまち時間が過ぎた。

その後、講師室で草野先生と、いろいろお話。

昨日から坐骨神経痛の状態が悪化し、痛みのせいもあってちょっと疲れたけど、充実した一日だった

10月30日(日)「ジェンダーSF研究会・創立15周年パーティ」 [お出掛け・お遊び]

10月30日(日) 曇り  東京  13.5度  湿度66%(15時)

日が暮れて西銀座へ。
会場があまり知らないないエリア(だと思った)ので地図を頼りに探す。
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なんだ「泰明小学校」の近くじゃないか。
ということで、「RESTARANT FOR ETARNITY」で開催された「ジェンダーSF研究会・創立15周年パーティ」に出席。
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作家の森奈津子さんの発声で「乾杯! 15周年おめでとうございます」。
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日本におけるコスプレの元祖・小谷真理さんが代表の会だけあって、皆さんのコスチュームがすごい。
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今夜のベストコスプレーヤーは、柴田英里さん(美術家・文筆家)。
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かわいらしいコスチュームと思ったら・・・
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ブーツを見て「ギャッ!」。

小谷真理さんの閉会の辞。
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「まだまだ過激に頑張るぞ! 次は20周年だぁ!」

私は、ごく平凡に藤紫基調の「百柄」の訪問着に黒地菊花の帯。
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ずっと引き籠り状態だったので、大勢の人がいる場は久しぶり。
ずいぶん長らくご無沙汰していた方とお話できて楽しかったけど、やっぱり少し疲れた。


トラウマ [日常]

10月30日(日)

もう20年近く前の話。
「フェミニズム・カウンセラー研修会」講師として招かれ、礼儀としてちゃんと着物(付下げ訪問着)着ていった。
そしたら、質疑応答の初っ端に「なんでそんな格好しているんですか」と詰問されて、とてもショックだった。

その少し後、FYさんのパーティーでUC先生がいらっしゃったので、ご挨拶しようと名刺を差し出したら、「そういう人はちょっと・・・」と逃げられてしまった。
名刺を拒絶されたのは後にも先にもその時だけで、強いトラウマになっている。

その一方で、まともな人間扱いされないことに痛みを教えていただいたことには感謝している。

私がフェミニズムには共感できる点は多々あるのに、いまだにフェミニストが怖いのは、その時以来の体験的なトラウマがいろいろあるからなのだと思う。

今夜は銀座で「ジェンダーSF研究会」の創立15周年パーティ。
珍しく訪問着を着つけていて、そんなことを思い出した。

『サイゾー 』2016年11月号 [現代の性(同性愛・L/G/B/T)]

10月29日(土)

『サイゾー 』2016年11月号(10月18日発売)は「特集・日本の性(SEX)学」。
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特集巻頭の「便利ワードは『オネエ』から『LGBT』へ? テレビの中の性的少数者」(須賀原みち)に、私のコメントがかなり長く引用されています。

よろしかったら、ご覧になってください。


【追記(12月31日)】 コメントが引用されている部分
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「そもそも“オネエ”という言葉は、外見は男性だけどジェンダー・ロールが女性的な人を指す、ゲイ業界の中でもかなり限られた狭い範囲の人を示す言葉でした。ですが、06年から09年まで放送された『おネエ☆MANS!』を皮切りに、テレビは“男性同性愛者=オネエ”として取り上げるようになった。70〜90年代は”オカマ”が男性同性愛者をくくる言葉としてメディアでも使われていましたが、これはもともと成り立ちからいって差別的な意味合いが強い言葉。当事者たちが抗議や訂正を繰り返したことから、徐々にそれが世間にも浸透し、テレビ製作者側も自粛するようになった。そうなると、そういった人たちを頻繁に取り上げていたテレビ業界としては、彼らの考えているカテゴリの人々(≒ゲイ)を指す言葉がないと不便だと感じたのでしょう。代わりに、広く“オネエ”という言葉が使われるようになっていったのだと考えられます」
 こう説明するのは、明治大学などで非常勤講師として性社会・文化史を教え、自身もMtFトランスジェンダーである三橋順子氏だ。90年代半ばから、性別越境者の立場で執筆・講演などの対外的活動を行ってきた三橋氏の元にも、『おネエ☆MANS!』の企画段階で声がかかり、局に呼ばれたことがあるという。オネエ=男性同性愛者ではない、という指摘はその時にも行われたが、結局番組はそのままで放送され、この認識が広まっていった。現在テレビ業界で制作に携わる人に尋ねてみると、“オネエ”という言葉の由来を知らない人は多い。「個々人のセクシャリティに差異があることは知っているけれど、『男性っぽくない男性』キャラの名称として『オネエ』を使用している、と考えている」(キー局スタッフ)という認識が中心のようだ。
「“オネエ”の範囲拡張は、ゲイコミュニティで生まれたカテゴライズや、それを生んだ歴史性を完全に無視した言葉の誤用で、ある種の暴力性を孕んだ傲慢な行為です。メディアの影響は非常に強く、世間の人はそこで使われている言葉が、そうした乱暴な作られ方をしているとは考えていない場合が多い」(同)

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一方で、「日本のテレビが、LGBTへの理解という点で世界的に遅れている、と一概に言うことはできない」と指摘するのは、前出の三橋氏だ。
「ゲイやレズビアンに関しては、確かに欧米のほうがカミングアウトしているテレビ出演者が多いと思われますが、トランスジェンダーがこんなにもテレビに出ている国は世界でもタイと日本くらい。以前にスズキのCMではるな愛さんと菅原文太さんが共演されていましたが、一流企業のCMに、一流俳優とトランスジェンダーが一緒に出演するというのは、おそらく欧米ではまず実現しません。マツコ・デラックスさんがあれだけ番組やCMに出ているのも、世界的に見たらすごく珍しい現象だと思います。深夜番組とはいえ、1960年代後半には『11PM』にカルーセル麻紀さんが出演されていた。LGBには制約があるけれど、Tには寛容という不思議な土壌があります」

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 そして今、こうした言葉の使い方で危ぶまれているのが、まさに「LGBT」という単語である。先日起きた、一橋大学におけるゲイ男性の自殺事件に関して「LGBT男性自殺で大学を提訴」という見出しで報じたことが、一部で話題になった。LGBTという言葉は周知の通り、レズビアン/ゲイ/バイセクシュアル/トランスジェンダーの頭文字をつなげて作られている。「LGBT男性」となると、ほぼ意味不明の言葉である。
「『レズビアンでゲイでバイでトランスジェンダーな男性って、どういうこと?』という違和感がありますよね。なぜ普通に“ゲイ男性”という言葉を使えないのか? ゲイやレズビアンという言葉が差別的に使われることがあるから、といわれることもありますが、これらは当事者たちのコミュニティでプライドをもって使われてきた言葉であり、それをオブラートに包んで言うのは逆に失礼にあたる。それに、レズビアンやゲイ、トランスジェンダーたちはそれぞれ問題に対する立場や意識も違っています。それらを一緒くたにして、“LGBT”と表現するのは適切でない場面もあります。性的マイノリティをめぐる言葉の問題として、“オネエ”の次に“LGBT”が浮上してきていると思います」
 これまでテレビ業界は“オカマ”や“オネエ”といった言葉で性的マイノリティの一部を拡大して取り上げ、世間に間違ったイメージを発信してきた。現在、社会の多様性(ダイバーシティ)が叫ばれ、“LGBT”という言葉は盛り上がりの只中にある。“ダイバーシティ”と同様に「多様性」を意味する“バラエティ”番組は、今後どこまで多様性を担保した作りに歩み寄っていけるのだろうか?
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11月の爪は藤紫にキラキラ [日常(髪・爪・肌・ファッション)]

10月29日(土)
(続き)
13時半、学芸大学駅西口のネイルサロン「プティマーナ」へ。
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この頃、店長のIさんが多忙で予約がとれず、今日もオフはSチーフ。
ベースコートからIさん。
3カ月ぶりなので、挨拶は「ご無沙汰でした」。

明日はパーティーなので、思い切ってキラキラに。
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16時、辞去。

10月29日(土)秋深し [日常(料理・食べ物)]

10月29日(土)  曇り  東京  20.8度  湿度46%(15時)

9時半、起床。
朝食は「神戸屋」のパンプキンパイとコーヒー。
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なかなかおいしいかった。

庭の菊が咲いた。
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唐辛子が実った。
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10月ももう終わりだから当然なのだけど、秋が深まっていく。

東急東横線で学芸大学駅へ。
昼食は、東口の「たけいち」。
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↑ 味玉入り 濃厚鶏骨醤油そば (880円)
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中細のストレート麺だが、ほんとうに濃厚スープなので、よく絡む。
おいしかった。
(続く)

10月28日(金)体調イマイチ [日常]

10月28日(金)  曇りのち雨  東京  14.8度  湿度100%(15時)

金曜日は関東学院大学の講義日だが、今週は学園祭でお休み。

早起きしたので、国会図書館に調べ物に行こうと思ったが、外が寒そうだし、昨夜から鼻水が出て体調がイマイチ(風邪ではなく、気温差アレルギー、たぶん…)なので止めた。

こうして日々順調に物事が滞っていく。
生来の怠け者の人生というのは、こんなものなのだ。

ということで、一日中、だらだら過ごす。

「ゲイ・エリート」写真の効用 [現代の性(同性愛・L/G/B/T)]

10月28日(金)

今週、Twitterをおおいに賑わせた「ゲイ・エリート」写真の効用は、自分の立ち位置が、彼らとは真逆であるということを、改めてしっかり自覚できたこと。

LGBTなどという安っぽい「流行り言葉」に惑わされることなく、残り少ない人生、今までどおり「底辺のトランスジェンダー」として微力を尽くそう。

パキスタンの歴史的売春街の変容 [現代の性(一般)]

10月28日(金)

パキスタンの古都ラホールの歴史的売春街のヒーラマンディ(Heera Mandi) のルポルタージュ。

イスラム圏でありながらムガール帝国の伝統文化が色濃く残るパキスタン社会、芸能とセックスワークの深い関係、世界で共通するセックスワークを取り巻く状況の現代的変容など、いろいろ興味深い記事。

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衰退するパキスタンの歴史的売春街、ネットで変わる性産業
2016年09月07日 16:32 発信地:ラホール/パキスタン

【9月7日 AFP】パキスタン北東部の都市ラホール(Lahore)の中心部にある同国最古の売春街ヒーラマンディ(Heera Mandi) は何世紀もの間、魅惑的なダンサーやミュージシャン、売春婦たちが集まる場所だった。

だが地元住民たちによれば、この歴史的な一角は衰退の危機にさらされているという。
かつて美しい女性たちが立っていたバルコニーには今は誰もいない。空き家となった部屋のドアはさびだらけだ。現在も唯一残っているのは、音楽とダンスを支えていた楽器を売る店だけだ。

男性は今や、専門のウェブサイトで女性を探したり、ソーシャルメディアで直接誘ったりしている。昔のように街角に立っている女性を探し求めたりしなくなった。

客を誘う「場所」に意味がなくなったため、売春婦たちはヒーラマンディから姿を消していった。
ヒーラマンディとは、「ダイヤモンド市場」という意味だ。ムガル(Mughal)帝国の時代、ヒーラマンディはエリート層のために演じられる伝統的な歌と踊りの中心地だった。

富裕層の中には息子をタワイフと呼ばれた高級な踊り子のところに送り、マナーを勉強させていた人たちもいた。

その後、パキスタンが英国の植民地になると、伝統芸能の踊り子と売春婦の境界線は曖昧になった。

■450円で提供
かつてヒーラマンディの通りに立っていた、「生粋の売春婦」を自称するリーマ・カンワル(Reema Kanwal)さんの母と祖母も売春婦だった。代々、ヒーラマンディで踊り、男性を喜ばせてきた女性たちだ。

「昔はヒーラマンディの売春婦は尊敬されていた。私たちは芸術家と呼ばれていた」と、リーマさんは言う。だがこの10年ですべてが変わった。「私たちは今や全く敬意を払われていない」
彼女は、自分のように母や祖母から「接客」について教えられなかった少女たちが増えたことが問題だと指摘する。

そのような少女たちは、携帯電話だけで自分を売り込んでいると、彼女は言う。フェイスブック(Facebook)や個人広告サイトのロカント(Locanto)などで客を募っているほか、スカイプ(Skype)を使ってわずか300ルピー(約450円)という安さでサービスを提供している少女もいるという。

ヒーラマンディの伝統がすたれていくなか、少女たちはもはや音楽家や教師などの取り巻きを必要としなくなったと、この一角に最後まで残っている楽器店の店長たちは言う。
売春街の土台となった伝統の踊りは複雑で、何年もの特訓と生演奏する音楽家たちが必要だ。現代の少女たちは簡単で挑発的な踊りを動画共有サイト「ユーチューブ(YouTube)」で学んでいる。

■「男の子」の需要も
しかし、ヒーラマンディを抜け出した女性たちの未来は明るいようだ。メハク(Mehak)さんの職業は整形外科医で、思想的にはフェミニストだが、夜になるとパキスタンの超エリート層のためのマダムに変身する。

美しい7匹のペルシャ猫が、彼女の家の高価な家具の間を優雅に歩いている。ラホールの富裕層が暮らす地区にあるこの家は、彼女の自宅兼高級売春宿だ。

50代半ばのメハクさんの下で働く少女の大半は、エリート層が集まるパーティーでメハクさんにリクルートされた子たちだ。それでも、「インターネットはこのビジネスを根本的に変えた」とメハクさんは言う。「フェイスブックやツイッター(Twitter)があるから、女の子たちは客引きを必要としなくなった」
「ヒーラマンディ出身の子でも、そのことを決して明かさない。客は性感染症になりたくないと考えているし、ヒーラマンディには悪いイメージがつきまとっているから」と、メハクさんは付け加えた。

ヒーラマンディの外ではビジネスは好調だ。「医学生やMBA保持者の料金が一番高い。一晩で10万ルピー(約15万円)は稼げる」とメハクさんは言う。
メハクさんは男娼も手掛けようとしている。エリート層の女性たちから「お金は払うからすごく良い男の子を連れてきて」という引き合いが来ているのだという。(c)AFP/Gohar ABBAS

http://www.afpbb.com/articles/-/3099427?pid=0

三笠宮崇仁親王殿下、ご逝去。100歳 [訃報・追悼]

10月27日(木)

三笠宮崇仁(たかひと)親王殿下、ご逝去。100歳。

大正天皇第4親王。
昭和天皇の弟宮として陸軍に入り、南京の支那派遣軍総司令部に勤務した後、大本営参謀に転じる(最終軍歴は陸軍少佐)。
戦後は古代オリエント史を学ばれ、皇族としての公務の傍ら、東京女子大学などの講師を務めた。
歴史学者の立場から、紀元節(建国記念日)の復活に反対した。

100歳を超えるご長寿だったが、3人のご子息(寛仁親王、桂宮宜仁親王、高円宮憲仁親王)すべてに先立たれた人生、お辛いことも多かったと思う。