So-net無料ブログ作成

なぜ「Trans-womanの人はきれいな人ばかり」という印象になるのか? [お仕事(講義・講演)]

6月7日(水)

「トランスジェンダーと社会」の講義で、世界のトランスジェンダー&サード・ジェンダーの画像をたくさん見せると、「Trans-womanの人はきれいな人ばかり」というコメントが毎年必ず返ってくる。

そこで、次の講義で、どうしてそういう印象になるか?を説明する。
① 多くの国、とりわけ発展途上国ではTrans-womanの職業は、ショービジネスやセックスワークがほとんどで、そうした場では容姿的な「美しさ」が求められる。
Trans-womanの側から言えば「美しくなる」ことが、厳しい現実を生き抜いていく力になり、より良く生きることにつながる。
逆に言えば、「美しくない」Trans-womanが生き抜いていくことは難しい。
そうした「淘汰」が機能した結果、「きれいな人ばかり」になる傾向がある。

② 撮影者は、どうしても「きれい」「美しい」と思った人を被写体にする傾向が強い。
そうして撮影された多くの写真の中から、より「きれい」「美しい」写真がセレクトされ、さらに私が資料画像としてより「きれい」「美しい」写真を選んでしまう。
つまり、幾重にもかけられたフィルターを通過した「選ばれた」画像を学生さんは見せられているわけで、「きれいな人ばかり」という印象になる。

こうした傾向を「ルッキズム(容姿至上主義)だ!」と批判する人もいるだろう。
しかし、①については、それがTrans-womanを取り巻く社会の現実であり、「安全地帯」にいる人が、「美しくなろう」とする彼女たちを批判することに、私は同意できない。
②については、『女装と日本人』を書いた時にかなり悩んだ。
「きれいな」人の写真ではなくもっと平均的な容姿の人、あるいは「必ずしもきれいでない人」の写真を使うべきではなはないか、と。
しかし、ただでさえ資料に乏しい中、「必ずしもきれいでない人」の写真はほとんど残っていない。
使おうとしても使えないのだ。

少し理屈をつけると、なにが可視化されて、なにが不可視化されるか、という構造に気づいてほしい、知って欲しいということ。

ということで、せめて、なぜ「Trans-womanの人はきれいな人ばかり」という印象になってしまうのか?という理由を解説することで勘弁してもらっている。

タイTG2.jpg
↑ タイ・バンコク「カリプソ」のNo1ショー・ガール。
彼女がここまでの容姿を作り上げるのに、どれだけ努力したか。
タイTG3.jpg
↑ バンコクのストリート・ガール。
容姿の良さ、人目をひくセクシーなファッションが彼女の収入に直結する。
女装男娼(福島ゆみ子)1.jpg
↑ 1937年、銀座で逮捕された女装男娼「福島ゆみ子」。
男性だと判明した時点で「密売淫」の罪(行為主体は女性限定)が成立しなくなり釈放。
だから、余裕の表情で、カメラマンに応じてポースをとっている。
上野の男娼 (2).jpg
↑ 今に残る上野(ノガミ)の女装男娼(1947~48年頃)の写真の中で、私がいちばん「美しい」と思う人。
どうしても、この写真を使ってしまう。
女装芸者(伊東温泉チャコ).jpg
↑ 伊東温泉の女装芸者チャコ(1960年代)。
女装芸者の写真ではいちばん「美しい」と思う。