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6月12日(月)日帰りで秩父の家へ [日常]

6月12日(月)  曇りときどき晴れ  秩父  26.1度  湿度34%(15時)

9時、起床。
朝食は、洋梨のデニッシュとコーヒー。
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11時、家を出る。
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日帰りで秩父の家へ。
多忙でなかなか行けなかったが、亡父の一周忌も近いので。
一周忌の儀式はなにもしないのだけど、祭壇にお線香をあげて、お墓のお掃除はしないと。

西武池袋駅12時30分発の特急に乗車。
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車中、昼食。
デリカテッセンのローストビーフ重(1026円)。
なかなか美味。

14時過ぎ、秩父の家に到着。
まず、祭壇にお線香を供える。

3カ月近い間に、庭はすっかり夏模様。
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紫陽花は、まだこれから。やはり東京より遅い。
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少し咲いている。
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百合の蕾が大きく膨らんでいる。
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ちょうど、父の最期の頃に咲いていたなぁ、と思い出す。

街に出て、足利銀行へ。
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通帳の記帳、お金の出し入れ。

帰り道、いつもの花屋さんで、お花を購入。
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タクシーで市営墓地へ。
お墓、すごくきれいになっている。
お掃除する必要がないくらい。
後で、わかったのだが、お世話になっている方が昨日来てくださったとのこと(感謝)。
供えてくださった庭の紫陽花といっしょに、さっき買ったお花を供える。
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墓前に手を合す。
私は昨年よりさらに多忙だが、やっと体調が回復してきたことを報告。

父母が見ているはずのお墓からの景色。
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お墓の後ろ側の景色。
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待たせてあったタクシーで帰宅。
妹に電話して、報告と打ち合わせ。

西武秩父駅16時25分発の特急に乗車。
車中、コメント票を読む。

19時前、帰宅。

夕食は、モツ野菜炒め。
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獅子唐いため。
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昨夜の残りの麻婆豆腐。

食後、2時間ほど眠る。

起きだして「日記」を書く。
髪の部分染め。
お風呂に入って髪と身体を洗う。

「発掘」成果いろいろ [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

6月11日(日)

(1)『朝日新聞』夕刊連載シリーズ「東京・新宿二丁目」
   (2003年12月15日~20日、6回連載)
14年前の新宿二丁目のトピック。
松井玲子ママや、『薔薇族』編集長の伊藤文学さんの顔が見える。
二丁目「ゲイタウン」の景色はあまり変わっていない?
懐かしく思う人もいるのではないだろうか。
朝日新聞20031215~20 (2).jpg朝日新聞20031215~20 (3).jpg
朝日新聞20031215~20 (4).jpg朝日新聞20031215~20 (5).jpg
朝日新聞20031215~20 (6).jpg朝日新聞20031215~20 (7).jpg

(2) ドラァグ・クイーン関係の記事2点
1つ目は、『週刊朝日』1999年7月16日号掲載の「ドラァグクイーン」という記事。
カラーグラビア3頁を使った豪華版で、マーガレット小倉さんを中心に紹介されている。
ドラァグクイーン(『週刊朝日』19990716) (1) - コピー.jpgドラァグクイーン(『週刊朝日』19990716) (2) - コピー.jpgドラァグクイーン(『週刊朝日』19990716) (3) - コピー.jpg

2つ目は、『週刊Spa!』2000年3月22日号掲載。
「マニアのカリスマを求めて」というコーナーが、ドラァグ・クイーンのマーガレット小倉さんを取り上げたもの。
マーガレット小倉『週刊Spa!』20000322) - コピー.jpg
17~18年前の記事。
マーガレットさんには、月曜~水曜に新宿二丁目の「オカマルト」に行けば会えるが、これらの記事を知っている(持っている)人はもう少ないと思う。

(3)「ナニワのニューハーフ」(奥田)菜津子さん
『週刊Spa!』1994年6月29日号の「Naniwa Girls」コーナーで紹介された(奥田)菜津子さん。
当時は北新地のクラブ「O-P-A」に在籍。
1993~1994年に盛り上がった「ナニワのニューハーフ」ブームの担い手の1人。
奥田菜津子(『週刊Spa!』19940629) - コピー.jpg奥田菜津子() (2).jpg
いかにもニューハーフらしい華のある容姿で、私のあこがれだった。
2000年代になって大阪の某バーのカウンターで1度だけ同席して、ご挨拶した。
変わらぬ美貌に目眩がした記憶がある。

(4)銀座ホステス 光岡優さん
実は、今回の「発掘調査」で探していた記事がこれ。

『週刊アサヒ芸能』1985年2月14日号掲載の「悲願10年女を超えた『銀座の玉三郎』」。という記事。
1980年代中頃、「11PM」(日本テレビ系)などの深夜番組にときどき出演していた銀座八丁目のクラブ「パトウ」のホステス、光岡優(みつおか ゆう)さんを紹介したグラビア。
光岡優(『週刊アサヒ芸能』19850214) (1) - コピー.jpg
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光岡優(『週刊アサヒ芸能』19850214) (3) - コピー.jpg光岡優(『週刊アサヒ芸能』19850214) (4) - コピー.jpg

光岡さんは、1956年生まれ、明治大学出身で、1977年、モロッコでGeorges Burou博士の執刀で「性転換手術」を受けた。

この記事の直後1985年2月に「女形」という歌をキングレコードから出している。

当時の銀座ホステスらしく、着物のセンスが良く、着姿も美しい方で、やはり私のあこがれだった。
私と同世代だが、今はどうされているのだろう?

(5)矢木沢まりさんの画像
1988年10月、お昼の人気番組「タモリの笑っていいとも」(フジテレビ系)のコーナーとして「Mr.レディの輪」が設けられ、翌1989年にかけて20数名の「ニューハーフ」が登場する。
それまで夜の世界の存在だったニューハーフが昼の「お茶の間」に進出し、1989年には「Mr.レディ」ブーム現象となる。

その「Mr.レディの輪」の第1号として注目されたのが、六本木のニューハーフ矢木沢まり。

彼女は、これをきかっけとなって、映画『Mr.レディ 夜明けのシンデレラ』(東宝、1990年1月)の「ヒロイン」(準主役)に抜擢される。
Mr.レディー 夜明けのシンデレラ(1990).jpg
今まで映画のビデオ・レーベルしか画像化してなかったので、画像を追加。
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↑「笑っていいとも」に出演した直後、当時は、西麻布「プティ・シャトー」に所属。
 (『FLASH』1988年12月13日号)
矢木沢まり(『FRIDAY』19890721) - コピー.jpg
↑ 映画『Mr.レディ 夜明けのシンデレラ』の制作発表の記事。
 (『FRIDAY』1989年7月21日号)
矢木沢まり(『FLASH』19891212) (1) - コピー.jpg
↑ 映画、封切り間近の頃。
 (『FLASH』1989年12月12日号)
矢木沢まり(『FLASH』19891212) (2) - コピー.jpg
↑ ダンスで鍛えた見事な脚線美。
 (『FLASH』1989年12月12日号)