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筑後川中流域の氾濫・水害 [天文・気象・生物]

7月5日(水)

梅雨時の集中豪雨による筑後川中流域の氾濫・水害といえば、4年前、2012年7月11日~14日の「九州北部豪雨」(死者30名、全壊家屋363棟)を思い出す。

あの時の最多時間雨量は、108.0mm(熊本県阿蘇市阿蘇乙姫)だったが、今回は福岡県朝倉市で129.5mmを記録しているので、それ以上の集中豪雨のようだ。

今晩、さらに河川の氾濫が続発することが予想され、心配だ。
201707052200-00.jpg
レーダー画像を見ると、典型的な「線状降水帯」。
ほぼ同じ場所で雨雲(積乱雲)が湧き上がり、長時間、強い雨が連続的に降り続くパターン。

大歓声が聞こえる フロンターレ、今夜も大勝 [スポーツ]

7月5日(水)

ウチの隣組の川崎フロンターレは、順延された日程の関係で、ホーム等々力競技場で連戦。
ゴールの度に大歓声が聞こえてくる。

7/1(17節) vsヴィッセル神戸 5-0
7/5(13節順延)vs浦和レッズ 4-1

しかも2試合続きの大量得点&大勝。
今夜も3度ほど大きな歓声が聞こえ、その度にパソコンや息子のスマホで情況チェック。

これで5位に上がった。
首位の鹿島アントラーズとは勝点4差。
ACLがあってきついスケジュールだが、後半戦もこの調子でいきたい。

女性画家・大沼かねよ [日常]

7月5日(水)

昨日(7月4日)の『朝日新聞』夕刊「美の履歴書」に大沼かねよ(1905-1939)の「シューズ・クリーニング・ショップ」(1933年)が紹介されていて感動。
大沼かねよ「シューズ・クリーニング・ショップ」(1933年) - コピー.jpg
こんなすごい女性画家がいたなんて、不明ながら知らなかった。
34歳での早世が惜しまれる。

「シューズ・クリーニング・ショップ」は、モダン東京全盛期の銀座の靴磨き屋に集まる人々を力強い筆遣いで描いた大作(181.6×226.5cm)。
出身地の小学校の体育館の壁に架けられていて、ボールが当たった亀裂がある。

つまり、これだけの力量の画家であるにもかかわらず、洋画界(画壇)・近代絵画史で評価されていなかったということ。
Wikipediaに項目が立っていない。
女性芸術家は正当に評価されない事例だろう。

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大沼 かねよ(おおぬま かねよ 明治38-昭和14、1905-1939)
昭和戦前期の洋画家 。
宮城県栗駒町に下駄屋の娘として生まれる。幼い頃から聡明で、宮城県女子師範学校を経て、東京女子高等師範学校図画専修科に進学。
卒業後、岩手県や東京・浅草で教職に就いた。
昭和5年(1930)から帝展に大作「家族」「野良」「遊楽」、槐樹展に「三人」などを出品して目を集めたが、肺炎で早世。34歳。
優れた構成力と筆遣いの持ち主で、労働者やモダンな都市風俗を主題とした大作を多く描いた。

トランスジェンダー(性別越境)の方法はいろいろ [現代の性(性別越境・性別移行)]

7月5日(水)

現象的に言えば、性別(ジェンダー)の境界を越えるものがトランスジェンダー(性別越境)で、その越え方にはいろいろある。

「趣味」としてファッションだけを越えて楽しむ人もいれば、生活全般を移行する人もいれば、性別を越えることを「病理」と考えて医療のサポートを求める人もいる。

それぞれ考え方・方法の違いがあっても、性別越境という現象としては大差ない。
その証拠にシス・ジェンダー(性別を越境しない人)からしたら、似たように見える。

まして、「性別違和」の人が偉くて、「女装」は変態なんて言説はまったく意味がない。

「性別違和」の人にも人間性が腐った奴もいれば、世の中から「変態」と後ろ指さされてきた「女装」の人にとても人間性豊かな人もいる。
あるいは、「女装」だった人で時を経て「性別違和」の診断を受ける人はいくらもいる。

つまりは、性別を越えたかったら、自分が好きな方法でそうすればいい。
基本は、自分の道は自分で選び、自分で責任をとるということ。

『北海道新聞』「女装にはまる男たち」(2017年07月04日) [現代の性(性別越境・性別移行)]

7月5日(水)

昨日(2017年7月4日)の『北海道新聞』朝刊の記事。
北海道新聞20170704 - コピー.jpg
「探る見る」というコーナーで「女装にはまる男たち」という見出しのかなり大きな(6段)記事で、現代の「趣味の女装」を肯定的に紹介している(成田智加記者)。

この数年(2015年~)の「LGBTブーム」の中で「女装」はすっかり影が薄かったが、久しぶりに大きな記事が出てうれしい。

私のコメントは、中段から下段にかけてずいぶん長く使ってもらった。著書も紹介してくださり感謝。

記事が大きいので画像の文字が小さいですが、クリックすると読める画像になります。
お読みいただければ幸いです。

新吉原遊廓「角海老楼」白縫花魁の画像 [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

7月4日(火)

大正3年(1914)4月の新吉原遊廓「花魁道中」に参加した「角海老楼」の白縫(しらぬい)花魁の写真。
新吉原花魁道中(角海老楼・白縫)2.jpg新吉原花魁道中(角海老楼・白縫)3.jpg
新吉原花魁道中(角海老楼・白縫)4 - コピー.jpg

白縫花魁は、この翌年の大正4年(1915)「自由廃業」を求めて廃娼運動を展開していた救世軍に駆け込む「白縫事件」を起こす人。
新吉原のトップクラスの花魁の「自由廃業」として、当時、大きなニュースになった。
「白縫事件」は「廃娼運動」の成果として評価されることが一般的だが、資料を詳細に見ていくと、そんな単純な話ではなく、彼女のしたたかな計算も見えてくる。

野菜たっぷりの冷汁 [日常(料理・食べ物)]

7月4日(火)
(続き)
夕食は、野菜たっぷりの冷汁を作る。
(豆腐、きゅうり、なす、ズッキーニ、おくら、パプリカ)
IMG_5003.JPG
蒸し暑く、体力を消耗した日にぴったり。
大きなボールいっぱいに作ったのに、ほとんどなくなってしまった。
IMG_5005.JPG

それと、お刺身(かつおの叩き、あじ刺)。
IMG_5004.JPG

食後、2時間ほど熟睡。
やっと、体調少し回復。
起きだしてお風呂に入る。

就寝、3時半。