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隅田川への架橋(メモ) [性社会史研究(一般)]

1月18日(水)

隅田川への架橋。
江戸時代の架橋はは5本だが、明治期は1本のみ。
明治政府は、江戸時代の橋の近代化(鉄橋化)には努めたが、新し橋はほとんど架けなかった。
昭和初期に関東大震災復興事業(避難路の確保)で4本を架橋。
多くが古い「渡し場」に架橋。

千住大橋 文禄3年(1594)11月
両国橋  万治2年(1659)もしくは寛文元年(1661)
新大橋  元禄6年12月(1694)
永代橋  元禄11年(169年)8月 「大渡し(深川の渡し)」
吾妻橋  安永3年(1774)10月 「竹町の渡し」
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厩橋   明治7年(1874))10月「御厩の渡し」
白鬚橋  大正3年(1914)5月 「橋場の渡し」
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(関東大震災復興計画)
駒形橋  昭和2年(1927)6月 「駒形の渡し」
蔵前橋  昭和2年(1927)11月 「富士見の渡し」
言問橋  昭和3年(1928)2月 「竹屋の渡し」
清州橋  昭和3年(1928)3月 「中州の渡し」
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勝鬨橋  昭和15年(1940)6月 「勝鬨の渡し」
佃大橋  昭和39年(1964)8月 「佃の渡し」
隅田川大橋 昭和54年(1979)
桜橋   昭和60年(1985)
水神大橋 平成元年(1989)3月 「水神の渡し」
中央大橋 平成5年(1993)8月
千住汐入大橋 平成18年(2006)2月「汐入の渡し」

1月8日(日)性慾研究会(2017年第1回) [性社会史研究(一般)]

1月8日(日)  雨  京都  7.4度  湿度82%(15時)

7時過ぎ、起床。
朝食は、新丸子駅前「ブーランジュリー・メチエ」のペッパーシンケンサンドとコーヒー。
IMG_1799.JPG
シャワーを浴びて、髪にあんこを入れて頭頂部で結びシュシュを巻く。
化粧と身支度。
黒と白のジラフ柄のロング・チュニック(長袖)、黒のブーツカットパンツ、黒網の膝下ストッキング、黒のショートブーツ、焦茶のトートバッグ
ボア襟の黒のカシミアのポンチョ。
IMG_1800.JPG
8時55分、家を出る。
新横浜駅9時59分発の「のぞみ161号」で京都へ。
富士山は、背景が雲でコントラストが悪い。
IMG_1807.JPG
↑ この時期にしては雪が少ない?

名古屋駅を過ぎて、車中で早めの昼食。
いつものように好物の 「深川めし」(950円)。
IMG_1808.JPG
11時58分、京都駅着。
京都は雨。
地下鉄で四条に移動。

定宿の「ヴィアイン京都四条室町」に荷物を預ける。
烏丸蛸薬師の「ローソン」で飲み物を買う。
徒歩数分の井上章一先生の別邸へ。
12時40分、到着。
人数が集まるのを待って、13時過ぎ、開会。
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「性慾研究会(2017年第1回)」 室町・井上先生別邸

(企画提案)石川巧「『カストリ雑誌総覧』の企画に関する案内と提案」
(原稿報告)河原梓水 「沼正三」
(原稿報告)小泉友則 「安藤昌益の色欲言説」
(資料紹介)三橋順子 「1950年代男性同性愛関係書籍の紹介(1)
            ー扇屋亜夫『そどみあ挽歌』と小野善弘『もうひとつの夜』ー」
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17時50分、閉会。

今日の出席者、井上章一、齋藤光、古川誠、岩見照代、光石亜由美、渋谷知美、赤枝香奈子、石田仁、河原梓水、鹿野由行、岩田歩子、三橋順子(12名)。
(ゲスト)石川巧(立教大学)、大橋裕和(勉誠出版)

次回は、4月22日(土)に京都で開催。

懇親会は、室町錦東入ルの「清水家・錦」。
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二次会は、高倉六角西入ルの「京Apollo」。

23時40分、散会。
4カ月ぶりの性慾研、やはり仲間との会話は楽しい。
0時10分、ホテルに戻る。
就寝、0時40分(ヴィアイン京都室町四条)。

踊る占領軍将兵と日本人女性 [性社会史研究(一般)]

1月7日(土)
進駐軍専用「キャバレー歌舞伎(大阪・難波新地:1945年9月30日).jpg
大阪難波新地に日本側が設置した進駐軍専用「キャバレー歌舞伎」で踊る占領軍将兵と日本人女性。
「キャバレー歌舞伎」は、大阪歌舞伎座の6階のアイススケート場を占領軍向けの慰安施設に改装した。

撮影は、敗戦後1カ月半の1945年(昭和20)9月30日。
この時期の、占領軍慰安関係の施設の写真は少なく、とりわけ大阪のものは貴重。
Twitterで「娼家の手帖」さんからいただく。

少し調べてみたら、9月25日に和歌山に上陸したアメリカ第6軍が大阪に進駐したのは、東京より約1カ月遅れの9月26日。
だから、この写真は、実質、占領4日後というこになる。
8月28日にアメリカ陸軍先遣隊を迎えなければならず、準備時間が少なかった横浜・東京に比べて、大阪は準備時間があったので「手ぐすね引いて待ち構えていた」感じ。

うれしい悲鳴 [性社会史研究(一般)]

12月13日(火)

半年に1度くらい古書店「股旅堂」から冊子の目録が送られてきて、メールで欲しい本を注文する。
早いもの順ではなく、古書店で10日ほど注文を溜めて、重複した商品は抽選で落札者を決めるシステム

けっこう競争が厳しくて、いつもは良くて注文した本の3分の2、だいたい半分、悪いときは3分の1くらいしか手に入らない。

ところが今回(16号)は、なんと注文した7点全部が当たってしまった。
こんなこと初めて。

研究資料的にいちばん欲しかった1950年代の「連れ込み宿」小説『女の鍵穴』『夜のうず潮』(どちらも国会図書館に収蔵されていない)は、こんなこと研究しているのは私だけだと思うので、それほど競争者はいないだろうと思っていた。
しかし、1950年代のゲイ(男性同性愛)関係の書籍、小野善弘『もうひとつの夜』(1958年)はかなり稀覯本で、競争者が多いだろうと思っていた。

問題は、予想をオーバーした購入費用。
なんとかするしかないなぁ。


不思議だ [性社会史研究(一般)]

10月12日(水)

竹内瑞穂+「メタモ研究会」編『〈変態〉二十面相ーもうひとつの近代日本精神史ー』(六花出版、2016年9月)という本を共著者の方からいただいた(感謝)。

「変態」という概念を文学の観点から分析した論集でとても興味深い内容。
さっそく拾い読みをしていたら、第9章「三島由紀夫ーとてつもない<変態>」(柳瀬善治)という論考に不審なことがあるのに気づいた。

156頁に「日本における「女装」「トランスジェンダー」の問題について」(『戦後日本女装・同性愛研究』中央大学出版部、2006)という論文が注記されているのだけど、同書にはそんな論文、載っていない。
私は『戦後日本女装・同性愛研究』の実質的な編者の1人なので気になって、かなり丁寧にチェックしたが、論文はもちろん、章や節の名前にも、そうした論題はない。

引用・注記のミスだと思う。

そもそも「日本における「女装」「トランスジェンダー」の問題について」なんて私の専門分野にもろ被りの論文、私が知らなかったら大変だ。
あわてて、国会図書館や都立中央図書館の蔵書・論文リストを検索したが、この題名の論文はヒットしない。

不思議だ。

「日本における「女装」「トランスジェンダー」の問題について」という論文の著者は誰なのだろう?
明記されていないが、文脈をたどると跡上史郎氏のように読める。
そこで、「跡上史郎」で検索をかけてみたが、やはりヒットしない。

もしかして、「日本における「女装」「トランスジェンダー」の問題について」という論文そのものが、存在しないのでは?
そんな疑いが頭に浮かんでいる。

【追記(11月19日)】
柳瀬善治氏から、メールをいただいた。
「矢島正美編『戦後日本女装・同性愛研究』の諸論文を参照」という意味で記述したものが、私の記載ミスと校正段階の見落としで、あたかもそうした題目の論文が存在するかのような誤解を与えてしまった」とのこと。
「不思議」が解決した。


9月10日(土)性慾研究会(2016年第4回) [性社会史研究(一般)]

9月10日(土)  曇り  京都  31.5度  湿度44%(15時)

7時過ぎ、起床。
朝食は、新丸子駅前「ブーランジュリー・メチエ」のグレープフルーツ・デニッシュとコーヒー。
IMG_9649.JPG
シャワーを浴びて、髪にあんこを入れて頭頂部で結びシュシュを巻く。
化粧と身支度。
黒地に茶と白の花柄のロングチュニック(3分袖)、黒のレギンス(5分)、黒のサンダル、焦茶のトートバッグ
8時55分、家を出る。
新横浜駅10時09分発の「のぞみ105号」で京都へ。

名古屋駅を過ぎて、車中で早めの昼食。
いつものように好物の 「深川めし」(950円)。
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(ハゼだけでなく)なんとなく穴子まで小さくなっているような気がする。

12時08分、京都駅着。
京都は東京より暑く、まだ夏。
地下鉄で四条に移動。

定宿の「ヴィアイン京都四条室町」に荷物を預ける。
烏丸蛸薬師の「ローソン」で飲み物を買う。
徒歩数分の井上章一先生の別邸へ。
12時35分、到着。
人数が集まるのを待って、13時過ぎ、開会。
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「性慾研究会(2016年第4回)」 室町・井上先生別邸

(調査報告)光石亜由美「パラオ・コロールの旧花街調査」
(研究報告)河原梓水 「沼正三と『家畜人ヤプー』について」
(研究報告)石田 仁 「雑誌のイラストにみる男性同性愛の表象 1945-1995」
(資料紹介)三橋順子 「新吉原遊廓を描いた風俗画絵葉書 」
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18時過ぎ、閉会。

今日の出席者、井上章一、齋藤光、古川誠、光石亜由美、赤枝香奈子、河原梓水、眞杉侑里、石田仁、鹿野由行、三橋順子(10名)。

次回は、来年1月8日(土)に京都で開催。
『性欲の研究(人物編)』執筆予定者は原稿を持ち寄ること。

懇親会は、三条姉小路柳馬場東入ルの「牛の骨あなざ」。
IMG_0003.JPG
二次会は、木屋町通四条上ルのジャズBar「Prestige」。
23時過ぎ、散会。
23時40分、ホテルに戻る。
就寝、1時半(ヴィアイン京都室町四条)。

駄目な形が「当たり前(標準)」なのか? [性社会史研究(一般)]

8月9日(火)

「風通し」(大学における横の連携)のことを批判すると「どこの大学でも似たようなもの」「大学も大きな組織だから仕方がない」という反応が返ってくる。

あるいは教育・研究と現場の乖離について批判すると「そもそもいうもの」と言われてしまう。
駄目な形を「当たり前(標準)」と考えるって、つくづく志が低い。

ジェンダー&セクシュアリティの研究は、「現場」と離れては成り立たない。
常に「現場」から学び、それを研究・体系化して「現場」にお返しする姿勢でやらないと、どんどん変なことになってしまう。

青森市「駅前銀座」を訪ねる [性社会史研究(一般)]

7月15日(金)
(続き)

青函連絡船「八甲田丸」の周囲を見学。
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時間の関係で、船内の見学は明日に。

駅前に戻り「駅前銀座」の調査。
青森駅と青函連絡船の波止場との間にある抜群の立地。
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波止場側から見ると、2階建で、外壁の形態などはいかにも昭和20年代風。
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中央に通路があり、その左右に店が並ぶ構造。
構造的に、戦後の「闇市時代」に青森駅前にあった露店や仮設店舗を、ある時期(おそらく1950年頃)に収容した建物ではないかと思われる。

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不思議なのは、駅側から見ると、普通のビルの外壁に通路が開いている外観。
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1階が店舗、2回が住居という構造だったと思われ、店舗の数は本来10軒ほどか?
現在は、半数ほどで、閉店している店が目立つ。

「美どり」、それなりに大きな店だが、営業していない様子。
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創業30年の「ばぁばの店 うさ美」も閉店。
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1軒だけ、今風の外観の店があった。
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「Osora ni Niji wo Kake Masita」という風変わりな名前の店。
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まだ、営業準備中のようだったが、「すいません、戦後の古い飲み屋街を調べているのですけど、ちょっとだけお話うかがえますか?」

意外に広い。
カウンターは2列並行。
店主の宇佐美さんは、お母さんから店を引き継いだ。
隣の店が閉店したので、営業権を借りて、壁をぶち抜いた。
だから、カウンターも入口も2つある。

戦後、外地から引き上げてきた人たちが組合を作り、駅前の一角に土地を買い、組合員に営業権を分けた。
だから、営業権はあるが土地の権利はないとのこと。
やはり「戦後闇市系」の飲食街の典型的な成り立ち。

中には「ちょんの間」営業(もぐりの短時間売春)をしていた店もあったらしい。
「青線」(非合法売春街)的要素もあった点で、規模こそ違うが、新宿の「戦後闇市系」飲み屋街とよく似ている。

(続く)

新宿「千鳥街」の写真2点 [性社会史研究(一般)]

6月8日(水)

新宿「千鳥街」は、新宿二丁目の新宿通りと新宿御苑の間にあった、戦後闇市の系譜を引く小さな飲屋街だった。
1968年頃に「御苑大通り」の延長のために立ち退きとなり、その跡地は、道路になっている。
041 (2).jpg
↑ 「千鳥街」跡地の現況(2013年5月7日撮影)

私は、いろいろ事情があって、数年前から「千鳥街」について資料を集め、いろいろ調べている。
(参照)「新宿『千鳥街』を探して」
(その1)http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2013-05-05-1
(その2)http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2013-06-28
(追記)http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2013-07-20-3

なぜ「千鳥街」にこだわっているかというと、ここに「ゲイバー」(ほとんどが女装系)が何軒かあり、後の「二丁目・ゲイタウン」(1970年代に成立)の原点のひとつである可能性を考えているから。

現在、新宿歴史博物館で開催中の写真展「戦後昭和の新宿風景」に「千鳥街」の写真が出ていることを、このブログの読者の方に教えていただき(感謝)、見に行ってきた。
千鳥街3(19671018).jpg
↑ 1967年10月18日撮影(新宿歴史博物館データベースより)
http://www.regasu-shinjuku.or.jp/photodb/det.html?data_id=7383

「千鳥街」のアーケードと、右側に「Barロング」「瞳」「Bar菊」「ひとみ」、左側に「Barツタヤ」の看板が見える。
これを1960年頃の現況と思われる住宅地図と比較すると「ロング」と「ツタヤ」の一致から、2本あった「千鳥街」の路地の内、西側の路地を「新宿御苑」側から(南から)写したもの(赤い矢印)であることがわかる。
しかし、他の店は一致せず、1960年頃から「千鳥街」末期の1967年頃までの間に、店舗の出入りがかなりあったことがうかがえる。
SCN_0011 (6).jpg
↑ 『東京都全住宅案内図帳 新宿区東部』(住宅協会 1962年)

今回の写真展には出ていなかったが、新宿歴史博物館データベースには、もう1点、「千鳥街」の写真があった。
千鳥街4(19671018).jpg
↑ 1967年10月18日撮影(新宿歴史博物館データベースより)
http://www.regasu-shinjuku.or.jp/photodb/det.html?data_idx=2

こちらは右側に「はつ(裏文字)」「潮」「ナイト」、左側に「Bar Sweet(壁面に直書き)」「アイコ」「阿也」の看板が見える。
同じように住宅地図と比較すると、「はつ」と「ナイト」の一致から、2本あった「千鳥街」の路地の内、東側の路地を「新宿御苑」側から(南から)写したもの(緑色の矢印)であることがわかる。
ちなみに、今まで確認されている「千鳥街」の写真(4点しかないが)で、東側の路地を写しているのはこれだけである。

そして、重要なことは、これらの写真の撮影日の1967年10月17日までは「千鳥街」は間違いなく地上に存在していたことがわかり、従来、1965~68年と推定していた「千鳥街」の立ち退き時期が1967年10月以降であることが確定した。
おそらく「千鳥街」は、1968年に破壊されたのではないだろうか。


6月4日(土)性慾研究会(2016年第3回) [性社会史研究(一般)]

6月4日(土) 曇りのち雨  京都  26.5度  湿度44%(15時)

6時、起床。
朝食は新丸子駅前「ブーランジュリー・メチエ」のミートパイとコーヒー。
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シャワーを浴びて、髪と身体を洗う。
髪は、よくブローして、頭頂部で結んでシュシュを巻く。
化粧と身支度。
黒地に茶と白の花柄のロングチュニック(3分袖)、黒のレギンス(5分)、黒網のストッキング、黒のサンダル、焦茶のトートバッグ

8時、家を出る。
新横浜駅8時59分発の「のぞみ161号」で京都へ。
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↑ 雪がほとんど消えた夏富士

11時58分、京都駅着。
同じ新幹線だった編集者の赤岩さんと駅中の「カフェ」で昼食。
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↑ まぐろかつ丼

13時06分発のJR奈良線に乗車。
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↑ 懐かしい電車(103系)がいた。
六地蔵駅で降りて、5分ほど歩き京阪六地蔵駅へ、宇治線に乗り換え。
12時36分、京阪宇治着。
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徒歩で井上章一先生の別邸へ。

12時50分、到着。
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↑ 2階のテラスから宇治川を望む。
13時過ぎ、開会。
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「性慾研究会(2016年第3回)」 京都宇治・井上先生別邸

(研究報告)「福永武彦の『草の花』(続)」(古川 誠)
(研究報告)「バンコクのゲイ施設について―巡見から―」(石田 仁)
(研究報告)「都電と『連れ込み旅館』」(三橋順子)   
(企画会議)『性欲の研究 人物編』の内容
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18時30分、閉会。
石田さんの報告は、2月のタイ合宿でメンバーの多くが入れない場所のフィールドワーク報告で、面白かっただけでなく、学問的にもいろいろ示唆的。
バビロン.jpg
↑ バンコクの高級ゲイサウナ「バビロン」のプール。

今日の出席者、井上章一、古川誠、岩見照代、光石亜由美、赤枝香奈子、石田仁、河原梓水、鹿野由行、赤岩なほみ(編集)、三橋順子(10名)。

次回は、9月10日(土)に京都で開催予定。

リビングに移動して、奥様の手料理をいただく。
これだけの質と量を手際よく用意するのは大変だと思う。
オクラのフライなど、作ってみたいものがいくつもあった。
ご馳走さまでした。

楽しい時間を過ごしているうちに、電車の時間が危うくなる。
22時30分、辞去。

京阪宇治駅23時01分発の電車に乗る。
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中書島駅で京阪本線の特急に乗換、大阪へ。
で地下鉄御堂筋線に乗り換えるが中津止まり。
梅田駅で降りて地上に出て、タクシーでホテルへ。

0時20分、新大阪駅近くの「新大阪ワシントンホテルプラザ」にチェックイン。
設備はやや古いが、わりと広いツインルーム。

就寝、1時。

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