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SHIP にじいろキャビン開設10周年記念シンポジウム講演レジュメ [お仕事(講義・講演)]

SHIP にじいろキャビン開設10周年記念シンポジウム
「LGBTコミュニティ、この20年の歩み~司法とメディアの移り変わり」
                2017.09.18(慶応義塾大学・日吉)

メディアにおけるLGBTの扱い方を振り返る 
                 三橋 順子(みつはし じゅんこ)
            (明治大学非常勤講師・性社会文化史研究者)

はじめに ―L/G/B/Tとは?―
・ 性的な少数者の主な4つのカテゴリーの英語の頭文字を合成したもの。
 L レズビアン(Lesbian:女性同性愛者)
 G ゲイ(Gay:男性同性愛者)
 B バイセクシュアル(Bisexual:両性愛者)
 T トランスジェンダー(Transgender:性別越境者)

1 テレビの中のL/G/B/T -現状-
(1)ゲイ(G)
・ トランスジェンダーに比べて同性愛についての報道は少なかった。
  → 2015年以降「同性婚」問題で増加
・ ゲイ(男性同性愛者)が登場する場合、ほとんど過剰に“女らしい”ゲイ(「おネエ」)ばかりで、“男らしい”ゲイはほとんど登場しない。 
  → ゲイ世界の現実と著しく乖離 
  → ゲイのイメージの歪曲(「おネエ」性の強調)
・ 女装したゲイ、女性的なゲイでないと、テレビに出られない現状。
  → GのT擬態現象

(2) レズビアン(L)
・ レズビアン(女性同性愛)についてはほとんど報道されず、登場しなかった。 
  → 「佐良直美事件」(1980年)の呪縛
  → レズビアンの不可視化 
  → 2015年以降「同性婚」問題でやや増加
  → 現状、タレントとしては、ほとんど牧村朝子さん一択

※ 男性的なGや、Lのタレントさんがいないわけでない。
カミングアウトしないから、いないことになっているだけ。
  → なぜカミングアウトしないのか?
  → カミングアウトすると仕事がなくなるテレビ業界の体質

(3)バイセクシュアル(B)
・ カズレーザー、檀 蜜 etc → どこまで実態的?

(4) トランスジェンダー(T)
・ Trans-womanは人材豊富 カルーセル麻紀、はるな愛、中村中、佐藤かよ、KABAちゃん(新)
・ Trans-manは少ない
  → Trans-manの不可視化
  → テレビ登場は杉山文野さんほとんど一択

小結
・ テレビ・メディアとの関係において、Trans-womanが(マッチョな)G、L、B、Trans-manに比べて圧倒的に優勢。
・ それは、一時的なものではなく、歴史的に形成されたもの。
・ さらに言えば、日本文化の深層につながる文化的なもの → 双性原理

※ メディアにおける学術的なコメント需要
・ 当事者性を持ちつつ学術的なコメントをする人が少ない。
 L (不在)
 G 鈴木 賢(明治大学教授・法学)
   風間 孝(中央大学教授・社会学)
   谷口洋幸(高岡法科大学准教授・ジェンダー法学)
 B 青山 薫(神戸大学教授・社会学)
 T 仕方なく私
  → もっと増えてほしい

2 トランスジェンダーとメディアの歴史
(1) 1960年代後半~1980年代
・ テレビ放送開始(1953年)10数年後の1960年代後半には、もうトランスジェンダー的な人が「11PM」(日本テレビ系)などの深夜番組に出演していた。
  → カルーセル麻紀、青江のママ、光岡優(銀座ホステス)
  → 欧米諸国に比べて格段に早い
  → 倫理規定の制約で深夜枠しか出られなかったが(2000年頃まで?)
  → 「変わった人」「面白いことを言う人」ではあったが、必ずしも「笑いの対象」ではなかった

(2) 1980年代末
・ 1988年10月、お昼の人気番組「タモリの笑っていいとも」(フジテレビ系)のコーナーとして
「MrレディーMrタモキンの輪!」が設けられ、翌1989年9月にかけて全50回28名の「ニューハーフ」が登場し、1989年には「Mr.レディ」ブーム現象に。
  → 六本木のニューハーフ矢木沢まりが映画『Mr.レディ 夜明けのシンデレラ』(東宝、1990年1月)の準主演に抜擢。
  → 「女らしさ」「美しさ」への関心 
  → 「笑い」は主ではない

(3) 1990年代前半
・ 1992年10月、上岡龍太郎司会の「ムーブ」(TBSテレビ系)が「Mr.レディ50人が大集合」を放送。
・ 以後、1995年頃まで番組改編期を中心にニューハーフを出演者 とする特番(「ニューハーフ50人」「ニューハーフ100人」)が数多く放送される。
  → 大勢のニューハーフをスタジオに集めて、笑いをとれるようなことをやらせ、それをスタジオのゲストに批評させる形式
  → 「ナニワ(大阪)のニューハーフ」ブーム
    (ベティ春山、春野桃子、奥田菜津子、春菜愛など)
  → 社会的認知の向上
  → 笑いの対象としての「ニューハーフ」

【参考映像1】 「帰ってきたニューハーフ100人」(日本テレビ1996年3月?日放送)
・ 1990年代前半の番組改編期の特番として数多く放送されたニューハーフ番組の末期のもの。
・ 100人のニューハーフに笑いをとれるようなことをやらせ、スタジオのゲストに批評させる形式。
・ 抽出場面は、ニューハーフに料理を作らせ、それを幼稚園児に選ばせる「ニューハーフ100人 園児が選ぶ料理人No1は誰?」のシーン。
 (注目点) 
・ 料理を作ることが、無条件に「女らしさの象徴」になっている。
・ 若き日のはるな愛(当時は春菜愛)が登場。その扱われ方(ジェンダー的に→ 美醜の演出)。
・ 最後の批評場面での、加賀まりこ(女優)、加納典明(写真家)、飯島愛(タレント)のやり取り。

(4) 1990年代後半~2000年代前半
・ 1996年頃~2000年代、性別移行を病気として認識する「性同一性障害」概念に基づく番組が数多く放送される。
  → 性別移行の病理化(精神疾患化)にマス・メディアが協力
  → 医療福祉の対象としての「かわいそうな性同一性障害者」イメージの流布
  → 世界の中で突出して病理認識が広がる

【参考映像2】「ニュース・ステーション 性を変えたい人」(テレビ朝日 1999年6月25日放送)
・ 「日本初」(←嘘)の男性から女性への性転換手術(現在では「性別適合手術」という)が行われた当日の報道番組の枠内での特集。
・ 「性同一性障害」という「病気」(精神疾患)の「患者」の「治療」(医療行為)としての性転換手術という構図とその正当性を、さまざまな画像イメージと当事者のインタビューで視聴者に印象付ける。
 (注目点)
・ 医療行為であることを印象付ける表象(病院、白衣の看護婦、注射)
・ 当事者(MtF)の「女らしさ」を表象する映像(ぬいぐるみ、化粧品、アクセサリー)
・ 当事者のGIDと非GIDを差異化する語り(差異化言説)。
  「私は趣味でやっているとかいうわけではありませんし」

(5) 2000年代後半
・ 2006年10月『おネエ★MANS!』(日本テレビ系)が放送開始。
  → 2006年~現在 「おネエ」番組の流行、バラエティ番組における「おネエ枠」
  → 全国放送でこれだけTが出演しているのは、おそらく世界で日本だけ?(タイも)
  → 女装のゲイ(G)とTrans-woman(T)の混乱
・ はるな愛の大ブレイク(2008年~)
  → 大企業のCMで一流男優とTrans-womanが共演、欧米ではあり得ない。

(6) 2010年代
・ 2015年~ トランスジェンダーを前提としない(「おネエ枠」でない)出演・起用
 (例) 能町みね子の相撲評論(NHK相撲中継、『週刊文春』のタモリ氏との対談)
     三橋順子の『AERA』のコメント(特集・LGBTブームという幻想)

(7) 将来的に
・ 最終的には、「特別枠」ではなく、個々のトランスジェンダーの能力が適切に評価されることが望ましい。
・ 現在はまだそこに至る途上。

まとめ
・ テレビ・メディアにおいて、50年以上の活動の末に、それなりの顕在化と社会的認知を達成し、「埋没化」の方向すら出てきているTrans-womanと、今なお顕在化が不十分なL、G、B、Trans-manとの間には、大きな状況の差がある(一周遅れ状態)。
・ L、G、B、Trans-manの顕在化と社会的認知の向上が今後の課題。

【参考文献】
三橋順子「テレビの中の性的マイノリティ」
 (『週刊金曜日』2009年6月12日号 特集「考える メディア」)
三橋順子「トランスジェンダー文化の原理 ―双性のシャーマンの末裔たちへ―」
 (『ユリイカ』2015年9月号 青土社 2015年9月)
三橋順子「日本トランスジェンダー小史 ―先達たちの歩みをたどる―」
 (『現代思想』2015年10月号 青土社 2015年10月)
三橋順子「日本におけるレズビアンの隠蔽とその影響」
 (『ジェンダー研究 /教育の深化のためにー早稲田からの発信―』彩流社、2016年)
三橋順子「マツコ・デラックスを現代の『最強神』と呼ぶべき、深淵なる理由―祭礼と女装の歴史にみる『双性原理』―」
 (「現代ビジネス」2017年5月23日)http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51743


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9月18日(月・祝)SHIP にじいろキャビン開設10周年記念シンポジウム [お仕事(講義・講演)]

9月18日(月・祝)

体調が良くないので、昨夜は早めにベッドへ。
ところが周期的に襲う鋭い胃痛でなかなか眠れず。

今朝は鋭い痛みは治まったが、まだ鈍痛がある。
昨日からまともな食事はしていないので、かなり弱っている。

でも、シンポジウムのパネラーなので出掛ける。
戦場(いくさば)で倒れるなら武士の本懐。(←大袈裟だにゃ)

12時、家を出る。
駅まで歩く間、やはり足元が微妙におぼつかない。

12時半、日吉駅に着いて、慶応義塾大学の銀杏並木(緩い坂道)を上るだけで、息が切れる。

主催者が提供してくださった崎陽軒の「中華弁当」を涙を飲んでお断りし、ブルーベリー・ヨーグルトだけの昼食で、シンポジウムに臨む。

14時15分、SHIP にじいろキャビン開設10周年記念シンポジウム「LGBTコミュニティ、この20年の歩み~司法とメディアの移り変わり」開会。
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↑ ほぼ満席の大盛況。

自分の出番になったら、不思議なことに、それまでときどき差し込んでいた胃痛をほとんど感じなくなった。
「メディアにおけるLGBTの扱い方を振り返る」というテーマでほぼ予定通り、お話することができた。
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2017-09-19-1
ディスカッションもなんとか体力がもった。
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懇親会は、座った席が悪く、かつ、お酒が全く飲めず、食べられるものも限られ、けっこうストレス。

二次会では、地元民のお務め(店探し)を果たす。

0時、武蔵小杉駅前で皆さんを見送ったところで、電池切れ。

ともかく、体調不良で、主催の方や同席のパネラーの方に迷惑をかけずに済んで安堵。



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MASH大阪研修会「なぜ女装者やニューハーフの存在はエイズ対策において周縁化され続けてきたのか?」 [お仕事(講義・講演)]

9月2日(土)

MASH大阪研修会       2017.09.02(大阪・Dista )

なぜ女装者やニューハーフの存在はエイズ対策において周縁化され続けてきたのか?

三橋 順子(明治大学非常勤講師・性社会文化史)

はじめに
ー「WPATH(World Professional Association for Transgender Health)2014」でー
りりぃ「日本のトランスジェンダーのHIV感染データってありますか?」
順子「えっ? ないと思う・・・」
りりぃ「やっぱり・・・。感染率、どのくらいだと思いますか?」
順子「う~ん、とっても難しいね」

1 基本認識 ー私の「日記」(2014年2月16日)からー
図3.jpg
りりぃさんの報告が終わった時、会場から大きな拍手が起こった。
りりぃさんの報告の重点は、現在の日本において、HIV/AIDSがトランスジェンダーの健康に関わる重要な問題であるという認識が、公的機関にも、研究者にも、そしてトランスジェンダーの当事者にも、乏しいということ。
まさに、HIV/AIDS問題の中にトランスジェンダーの居場所がないのだ。
これは報告があった他の国がHIV/AIDS問題をトランスジェンダーの健康に関わる重大な問題として取り組んでいることと、著しい相違である。
日本でもHIV/AIDS問題が現実の危機として浮上してきた1990年代には、トランスジェンダーもその危機は切実に感じていた。
高梨直美さん主宰の「T-GAP」のように、HIV/AIDSについての啓蒙チラシや感染予防のためのコンドームを、新宿の女装系の店に配布する活動も行われていた。
私がお手伝いしていた新宿歌舞伎町の女装スナック「ジュネ」にも、トイレに小さな籠があり、そこにT-GAPが配ってくるコンドームを入れて、必要な人は自由に取れるようにしていた。
1995~97年頃のことだ。
少なくとも、私の耳目が届いている範囲では、90年代の新宿女装コミュニティの人たちでHIVに感染した人は、いなかった(噂を聞かなかった)。→ 女装世界のHIV感染率はかなり低い
その点、ゲイ業界とはかなり様相が異なる。
私も含めて、ほとんどの人があの危機的な時代をなんとか乗り切り、我が身を守ったということだ。
ところが、その後、トランスジェンダー・コミュニティにおけるHIV/AIDS感染予防運動は急速に衰退していく。
それは、性同一性障害概念が世間に急速に流布していくのと同時期のことだった。
それでも、「TSとTGを支える会」(TNJ)の初期には、まだHIV/AIDS感染予防の意識はあったと思う。
しかし、2000年頃からは、まったく関心が薄れてしまった。
なぜそうなったかと言えば、GIDの人たちはセクシュアリティがない(Sexをしない)ことになっているからだと思う。
Sexをしないのならば、HIV感染の機会はほとんど皆無なわけで、関心がないのは当然ということになる。
しかし、本当にSexしていないのだろうか?
そこらへんのところは、「セクシュアリティがない(Sexをしない)」という建前が強固で、容易に踏み込めない。
まあ、GIDの人たちのことはいい。(← 本当は良くない)
私が不安に思うのは、現在の非GIDのトランスジェンダーの人たちが、90年代の新宿女装コミュニティの人たちが抱いていたようなHIV/AIDSに対する危機意識を持ち続けているか、ということだ。
実際、若い世代のトランスジェンダーの口からHIV/AIDSの話をほとんど聞いたことがない(りりぃさんは別)。
その点、かなり懐疑的にならざるを得ない。
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2014-02-20-6

2 HIV/AIDS「上陸」の頃のTG世界(東京

(1)HIV/AIDSが日本に「上陸」した1980年代末の東京のトランスジェンダー世界
・ ゲイ・コミュニティ(男性同性愛者の世界)との分離がほぼ終了し、3つの大きなサブカテゴリーが並立していた。
図4.jpg
A  ニューハーフ世界
・ 職業的(プロフェッショナル)なMtFの性別越境者の世界で、女装した男性、性転換した元男性であることを職業的特性(セールスポイント)のひとつとしている人たち。
・ 戦後混乱期のセックスワーク(男娼)に始まり、その後、ショービジネスや飲食接客業に展開。
・ 商業的なトランスジェンダーを意味する「ニューハーフ」という呼称は1980年代に一般化する。
・ 職種は、ショービジネス(ダンサー)、飲食接客業(ホステス)、セックスワーク(ヘルス嬢)の「ニューハーフ三業種」。
 → 男性とのセクシュアリティ有り

B オープンな女装者のコミュニティ
・ 東京・大阪など大都市の盛り場に存在する女装系の酒場を拠点に成立しているオープンな女装者と女装者愛好男性(女装者を愛好する非女装の男性)のコミュニティ。
・ 1960年代後半からの歴史をもつ。
・ 外部から男性が出入りするので、女装者は「女」としての社会性が求められる。
・ 酒場という場の性格上、女装者がしばしば「ホステス擬態」をするなど、ややセミプロ的な性格をもつ。
 → 男性とのセクシュアリティ有り

C クローズドな女装者コミュニティ
・ 東京・横浜・大阪などに存在する女装クラブを中心とするクローズドなアマチュア女装者だけのコミュニティ。
・ 1980年代に形成。
・ 外部から男性が出入りすることは禁じられているので、女装者は「女」としての社会性はあまり求められない。
→ 男性とのセクシュアリティ無し

(2)久保島静香姐さんは語る ー「『ビフォア・イット』の記憶」―
「昭和六十年代に入ると、HIVの影が私達を脅かし始めます。平成に入ると、皆用心して特定の人としか性交渉を持たなくなり(中略)、同性との性関係については勉めて意識から遠ざけようとし、極めて臆病になったのがアフター・イットの特徴の一つだと思います。事実、それまであれほどあけっぴろげだった自分の性関係について、口をつぐんで語ろうとしなくなりました」(久保島1988)
・ 1990年代の新宿女装世界の大御所的存在で、女装者として長く豊富な性体験をもつ方。
図5.jpg
↑ 久保島静香姐さん(左)1997年正月(新宿歌舞伎町「ジュネ」で)
・ 1990年前後から顕著になるAIDSの流行によるHIV感染の恐怖によって、女装世界において性愛行動の比重が低下し、セクシュアリティが後景に退きつつある様子が語られている。
・ 「ビフォア・イット」の時代は「寝た男の数が女装者の勲章」だったが、「アフター・イット」の時代はそうではなくなる。
・ HIV/AIDSに対しコミュニティがかなり自覚的に対応したことがうかがえる。

3 なぜHIV感染が少なかったのか?
・ 「セクシュアリティが後景に退いた」と言っても、Sexしている「娘」 (←私)は、それなりにしていたわけで・・・
図1.jpg図6.jpg

(仮説1) セックスは1対1が基本 
・ 女装コミュニティの性行動は1対1が基本。
 → 女装者愛好男性が女装者を口説く。
・ ゲイ業界でしばしば見られる、不特定複数による乱交的な性行動はきわめて稀。
 → HIVの感染機会が相対的に少ない
(仮説2) コンドーム使用率が高い?
・ (証明は難しいが)HIV/AIDSの流行以前から、女装コミュニティでは、コンドーム使用率が高かった?
  → 女装コミュニティの肛門性交の流儀は、女装男娼のから継承されたもの(三橋2017)
・ ニューハーフ・ヘルス業界の創始者である松井玲子ママも、コンドームの使用については、早くから厳しく指導していた(畑野とまとさん談)
  → NHヘルス業界は女装男娼の直接的な後継
【補足説明】
ゲイコミュニティとトランスジェンダーコミュニティ、HIV/AIDS流行以前から、どうもアナル・セックス(肛門性交)の「流儀」が微妙に違っていたのではないか?
ゲイコミュニティが複数セックスが多く、ほとんどコンドームを使用していなかったのに対し、トランスジェンダーコミュニティは1対1が基本で複数セックスは少なく、かつ(比較的)コンドームを使用していた。
確実な証拠はないのだが、いろいろ聞きとっていくと、そんな傾向がうかがえる。
そうした「流儀」の違いは、おそらく歴史的に形成された「文化」であって、トランスジェンダーコミュニティの「流儀」は、戦後、新宿などで活動した女装男娼の「流儀」が継承されている。
ゲイコミュニティの「流儀」はそうではなさそう(アメリカ進駐軍の「流儀」かも?)。
そうしたアナル・セックスの「流儀」の違いが、HIV/AIDSの感染拡大の際に、2つのコミュニティの差異になって現れたという仮説。

(仮説3) 相手のほとんどがヘテロ
・ 女装世界の男性客(女装者愛好男性)の意識は、ほとんどヘテロセクシュアル(三橋2006b) 。
  → ゲイ自認の人はほとんどいない
・ 東京の場合、ゲイコミュニティ(新宿二丁目)と女装コミュニティ(歌舞伎町・新宿三丁目)の分離はかなり明確(三橋2006a)。
  → ゲイコミュニティに出入りしている客は女装コミュニティには来ない
  → ゲイ世界でのHIVの感染拡大が波及しなかった
(仮説4)コミュニティに外国人がいない
・ 1990年代の新宿の女装コミュニティには、私が知る限り、女装者にも女装者愛好男性にも、外国人はいなかった。(おそらく1980年代も)
  → 国内でHIV/AIDSがある程度広がるまでは(1990年代初頭)、主要な感染経路は外国人
 (参照)1985年夏、松本孝夫順天堂大学講師の男性同性愛者の調査
113人中陽性5人(4.4%)、日本人93人中3人、外国人20人中2人。
    日本人の陽性者3人全員は外国人パートナーをもつ。
    → 外国人同性愛者から日本人パートナーへという感染ルート
・ コミュニティの関係者に外国人がそれなりにいたゲイ世界と、外国人がほとんどいなかった女装世界との差は、感染源・経路を考えた場合、かなり重要。
【補足説明】
1990年代のトランスジェンダー・コミュニティには、女装者にしろ、女装者愛好男性にも、(欧米系)外国人はほとんどいなかった(おそらく1980年代も同様)。
コミュニティが小さく閉鎖的で、そういう人たちがいることすら、日本人にも、外国人にも知られていなかったからなのだが。
この点が、外国人がそれなりに出入りしていたゲイコミュニティとは大きく異なる。
HIVウィルスは海外起源であり、AIDS流行の初期には、「AIDS上陸」などとマスメディアが騒いでいたように、外来のものだった。
実際、1980年代後半のごく初期の日本人(性的)感染者は、外国人のパートナーを持っている方がほとんど。
そうした状況だったので、外国人がほとんどいなかったトランスジェンダー・コミュニティはHIV/AIDSの感染源・感染経路をもたなかったということになる。
その点が、感染源・経路をもっていたゲイコミュニティとの決定的な違いになったと思われる。
(日本人の間で感染が拡大した1990年代後半以降は、そうした差異は基本的になくなる)

4 なぜ女装者やニューハーフの存在はエイズ対策において周縁化され続けてきたのか?
(仮説A)感染率がゲイ世界に比べて低かったので、調査対象として十分に認識されなかった。
(仮説B)ゲイ世界以外に女装世界、ニューハーフ世界が存在することを、厚生省の役人、疫学研究者が知らなかった。
→ (仮説B)に100万ジンバブエドル!
(理由) 
・ 日本で性同一性障害医療が立ちあがる頃(1996年)、医師たちは「ニューハーフ」がなにか、知らなかった。
・ ほとんどの学者の知識ってそんなもの。
・ 「現場」を知らない、知ろうとしない。
「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きてるんだ!」(by 青島刑事)

まとめにかえて ー今、なすべきことー
(0) HIV/AIDS問題がトランスジェンダーの健康にとっての重大な問題であるという基本認識の確認。
(1) 諸外国との比較ができるように、トランスジェンダーを単独の調査・統計項目にする。
(2) とりわけ、セックスワーク系のトランスジェンダーの実態調査を進める。

(問題点)
・ 2000年代以降の「性同一性障害」の流行でトランスジェンダー・コミュニティが縮小・拡散。
 → コミュニティとしての情報共有が困難
・ NHヘルスが店舗型から、デリバリー型へ、さらに個人営業化。
 → 状況把握が困難
・ 性別適合手術が「反転法」(人工膣の内張りは皮膚)から「S状結腸法」(人工膣の内側は腸粘膜)へ。

参考文献
・ 久保島静香1988「『ビフォア・イット』の記憶」
 (『くいーん』110号、アント商事)
・ 三橋順子2006a「現代日本のトランスジェンダー世界 -東京新宿の女装コミュニティを中心に-」
 (『戦後日本女装・同性愛研究』中央大学出版部)
・ 三橋順子2006b「女装者愛好男性という存在」
 (『戦後日本女装・同性愛研究』中央大学出版部)
・ 三橋順子2017「女装秘密結社『富貴クラブ』の実像」
 (アジア遊学210『歴史のなかの異性装』勉誠出版)

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9月2日(土)「MASH大阪研修会」 [お仕事(講義・講演)]

9月2日(土)  晴れ  大阪  30.3度  湿度40%(15時)

6時半、起床。
8時半、家を出る
小雨、肌寒い(10時の東京の気温17.8度)

新横浜駅9時39分発「のぞみ217号」に乗車。

〓 頭を雲の上に出し・・・。
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東海道新幹線新富士駅付近から、雪が見えない夏富士。
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左右の上隅の影は、富士川鉄橋のトラス。

昼食は、品川駅の貝づくし(980円)。
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以前から好物だったが、品川駅でしか売ってなかった。
駅弁コンクールで金賞をとったとのことで、新横浜駅で売っていた。

11時53分、新大阪駅に到着。
大阪はまだ夏。
東京とは12度以上の差。

右足の具合がまた良くないので、新大阪駅からタクシーで「ヴィアイン梅田」へ直行。
8月に開業したばかりの新しいホテル。
タクシーの運転手さんによると、前はパチンコ店だったとのこと。
着いてみると、阪急東通りのすぐ近くで、「堂山」の真向かい。
これは便利だ。
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ホテルに荷物を預けて外に出て、会場への地図を見ようとしたら、「三橋さん」と声。
顔を上げると、今日の司会のりりぃさん。
あれ、宿泊場所は教えてなかったのに、超能力者か?

りりぃさんの案内で会場へ。
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あれ?この道、このビル、覚えがある。
20年前、大阪で遊んでいたエリアじゃないか。

ということで、予定より早く12時30分、今日の講演会場「dista」に到着。
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今日は、大阪堂山のコミュニティーセンター「Dista」で行われる「MASH大阪研修会」の講師
テーマは「なぜ女装者やニューハーフの存在はエイズ対策において周縁化され続けてきたのか?」
DIpHeVqVoAAenpI.jpg
「MASH大阪」は、Men And Sexual Helth Osakaで、HIV/STI感染の予防を促し、 セクシュアル・ヘルス(性的健康)を増進させることを目的として活動している団体。

今回の研修会は、厚生労働省が「公益財団法人エイズ予防財団」に委託する事業「同性愛者向けコミュニティセンター事業」の一環とのこと。

実は、私、HIV/AIDSについて、人前でお話するのは初めて。
「いいのか、私で?」と思っているが、もう仕方ない。

「MASH大阪」の大畑泰次郎さん、町登志雄さん、伴仲昭彦さん、G-ERONT関西の松本圭二さんにご挨拶(名刺交換)。
13時、パワーポイントのチェックをしながら打ち合わせ。

その後、会場を見学。
所狭しとポスターが貼られ、チラシが置かれている。
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↑ ありがとうございます。

14時、開会。
20人定員のところに23人で満席。
1時間15分ほどメインテーマを話し、その後、15分ほどおまけの話。
---------------------------------
なぜ女装者やニューハーフの存在はエイズ対策において周縁化され続けてきたのか?
はじめにー「WPATH(World Professional Association for Transgender Health)2014」でー
1 基本認識 ー私の「日記」(2014年2月16日)からー
2 HIV/AIDS「上陸」の頃のTG世界(東京)
3 なぜHIV感染が少なかったのか?
4 なぜ女装者やニューハーフの存在はエイズ対策において周縁化され続けてきたのか?
まとめにかえて ー今、なすべきことー
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2017-09-03
(おまけ1)大阪の女装男娼の集合写真
(おまけ2)女装男娼のセクシュアリティ
---------------------------------
大畑泰次郎さん(弁護士/MASH大阪)にコメントをいただく。
その後、質疑応答。

16時15分、閉会。
人前でお話するようなレベルの話ではないのに、熱心に聴いてくださり、うれしかった。
こういう機会を設けてくださった「MASH大阪」の皆さん、ありがとうございました。
お蔭さまで、自分なりに勉強することができました。

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↑ 記念撮影。

(続く)

【追記1】
今回、つくづく思ったこと。
HIV/AIDSの問題について、トランスジェンダーが無関係であるような認識、MSMの中に組み込んでそれで済ませてきた姿勢は、まったく誤りであること。
まあ、こちらも積極的にコミットしようと思わなかったのも確かだけど。
「MASH大阪」の方々には、今回、そうした誤った認識を正していく機会を作っていただいた。
でも、そうした認識の修正は大阪だからきたでのであって、東京では難しいのだろうな。

【追記2】
東京の長谷川博史さんが1952年生、私が1955年生、古橋悌二さんが1960年生(1995年,AIDSで逝去)。
日本でHIV/AIDSが広まり出した1990年に30~38代で、まさに「ど真ん中」の世代。
でも、もうそこら辺の時代を実感もって語れる世代、減ってきているのだなぁと思った。
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8月22日(火)なんで、こんなに集中するのだろう? [お仕事(講義・講演)]

8月22日(火)  曇り  東京  31.9度  湿度89%(15時)

11時、起床。
朝食は、アマンドショコラとコーヒー。
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メールチェックすると、新規の講演、シンポジウム、トークライブの依頼、合わせて3件、それに新聞取材1件。
さらに、すでに引き受けている講演の事務処理1件。
それらに対応して、メールでお返事するだけで、3時間近くかかってしまう。

なんで、こんなに集中するのだろう?
やはり、皆さん、夏休み明けだからか?

遅い昼食は、そうめんを茹でる。
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つるむさらきを入れてみた。
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う~ん、ちょっと違うなぁ。

タンパク質がないので、昨夜の牛肉を入れる。
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やはりこちらの方が合う。

髪の部分染め。
シャワーを浴びて髪と身体を洗う。
髪を乾かしながら、1時間半ほど眠る。

夕食は、お刺身(こはだ、しゃこ、かつお)。
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焼き茄子。
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茄子、椎茸、油揚げのお味噌汁。
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夜中、9月2日の講演(MASH大阪研修会)のパワーポイント資料を作り始める。
まだ7割ほど。
でも、疲れたので寝る。

就寝4時。



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埼玉県K市から講演依頼 [お仕事(講義・講演)]

8月15日(火)

埼玉県K市から講演依頼が来た。
K市は県南の平野部、私の故郷の秩父市は県西部の山間地、まったく離れているのだが、それでも出身県からの依頼はうれしい。

講演内容は、『女装と日本人』に書いたような日本の性別越境者の歴史。
よろこんでお引き受けする。

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8月2日(水)成績表提出、これで夏休み [お仕事(講義・講演)]

8月2日(水)  曇り  東京  25.4度  湿度77%(15時)

10時、起床。

14時、家を出る。
レポート読みと執筆でずっと「お籠り」していたので、金曜日以来5日ぶりの外出。
8月にしては気温が低い(平年-5.7度)が、湿度は高く汗が出る。

郵便局に寄って東京経済大学の成績表を郵送。

東急東横線から都営地下鉄三田線に入り、神保町駅で下車。
明治大学(駿河台)へ。
もう夏休みなので、人少なだろうと思ったら、なんだか賑わっている気配。
なんだろう?と思ったら、オープンキャンパスだった。
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常勤の先生たち、お疲れさまです。

15時半、文学部事務室に成績表を提出。
なんと35シート。
職員さん2人掛で確認作業。
それでもけっこう待たされた。
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これで、前期の大学関係の業務、すべて終了。
やっと夏休み。



レポート447本、読了! [お仕事(講義・講演)]

7月31日(月)

レポート447本、読了!
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採点、成績表記入も終了。
これにて「採点の祭典」閉幕。
明日、明治大学(駿河台)に行って成績表を提出してこよう(〆切2日前)。

明治大学文学部「ジェンダー論」のレポート読み。
20日(木)23本
21日(金)27本( 50)4年生の分を読了。
22日(土)27本( 77)他学部、早出し分を読了。
23日(日)45本(122)
24日(月)80本(202)
25日(火)62本(264)7組まで読了。
26日(水)50本(314)9組まで読了。
27日(木)50本(364)12組まで読了。
28日(金)36本(400)13組まで読了。
30日(日)30本(430)
31日(月)17本(447)14組まで読了。
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残り    0本(達成率100%)


もう一息 [お仕事(講義・講演)]

7月30日(日)

明治大学文学部「ジェンダー論」のレポート読み。

20日(木)23本
21日(金)27本( 50)4年生の分を読了。
22日(土)27本( 77)他学部、早出し分を読了。
23日(日)45本(122)
24日(月)80本(202)
25日(火)62本(264)7組まで読了。
26日(水)50本(314)9組まで読了。
27日(木)50本(364)12組まで読了。
28日(金)36本(400)13組まで読了。
30日(日)30本(430)
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残り   17本(達成率96.2.%)

あと、もう一息だけど、〆切が迫った原稿執筆を優先。


出口が見えてきた [お仕事(講義・講演)]

7月28日(金)

明治大学文学部「ジェンダー論」のレポート読み。

20日(木)23本
21日(金)27本( 50)4年生の分を読了。
22日(土)27本( 77)他学部、早出し分を読了。
23日(日)45本(122)
24日(月)80本(202)
25日(火)62本(264)7組まで読了。
26日(水)50本(314)9組まで読了。
27日(木)50本(364)12組まで読了。
28日(金)36本(400)13組まで読了。
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残り   47本(達成率89.5%)

今日はデートから帰宅した後、お酒が抜けるまで時間がかかり(約3時間)、あまり読めなかった。
それでも、残り1クラス分になり、出口が見えてきた。
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