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浜野佐知映画祭(2)薔薇族映画「メモリーズ」 [映画・コンサート]

8月5日(月)
(続き)
休憩なしで、薔薇族映画「メモリーズ」(監督:山崎邦紀監督、プロデューサー:浜野佐知、1997年、大蔵映画配給)。
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男性と男性のSexは私の性的指向(Sexual Orientation)には皆無だし、性的嗜好(Sexual Preference)にも欠片もない。
はっきり言って、生理的な嫌悪感がかなり強い。
だけど、勉強のために観る。
主人公の男性(柳東史)が覚醒すると、そこは海岸の岩場で、しかもアマレスのコスチューム姿。
訳が分からないが、岩の向うから舟虫みたいな全裸の男が手招きしていて洞窟でいきなりSex。
そこに第3の男が出現して、主人公に軽機関銃を手渡す。
なんだこりゃ?と思っていたら、この段階で、4名ほどの男性客が会場から出て行った。
場面は、ダークスーツの男たちのパーティーに。
しかし、飲みながら談笑している男たちは、なぜ自分たちがここに集まったか分からない。
主人公の男の記憶がよみがえり、彼がS女性にフィストファックされるシーンが続く。
3指挿入の後、いきなり腕まで挿入。
ほんとうは4指から後がすごく時間がかかるのだが(初体験なら2~3時間とか)、そんなリアリティを求めてはいけない。
また、パーティーシーン。
一人の男が主人公に近寄ってきて「土手で会いましたよね」と言う。
主人公が思い出す。
夕暮れの多摩川(らしき)土手を、赤いフリフリドレスに真っ赤なランドセルを背負い大型バイクに跨った女装の中年男性(キャンディ・ミルキィ師)が走ってくる。
「猫の国を探しているのですが、知りませんか」と主人公に尋ねる。
「知らない」というと「そうですか」と走り去る。
主人公が土手の斜面に腰掛けていると、河原の葦原の中からビキニパンツに水泳帽の男が出現して主人公に襲い掛かる。
2人の絡みを、走り去ったはずのキャンディ師が見ている。
また、パーティーのシーン。
主人公が男に別室に誘われる。
誘った男はキャンディ・ミルキィ師に変身。
主人公を「パンフェラ」(パンツの上からフェラチオする行為)するキャンディ師。
もう衝撃、そんなシーン見たくないよ。
続いて、主人公がキャンディ師のスカートと膨大な量のパニエをまくり、パンツを降ろして生尻露出。
そしてアナルSex。
キャンディ師が犯されるのを見て、マジで気持ち悪くなる。
観るのを止めて会場を出ようかと本気で思った。
心に般若心経を念じて、なんとか堪える。
キャンディ・ミルキィ師は、女装世界の中でも最もセクシュアリティから遠い人。
そもそも幼女装で、9歳という設定なのだから、性的であってはいけないのだ。
私も女装世界に25年近くいるが、キャンディ師とSexしたいという男性には1人として出会ったことがない。
勝手な憶測だが、キャンディ師の生尻を見たい願望を持っている男性は、多く見積もって日本中で0~2人くらいだと思う。
そのキャンディ師にこんな演技をさせるなんて…、「責任者、出て来い!」
続いて、なぜかダークスーツの男たちが銀行強盗を働く。
主人公の男は警官に腹部を撃たれ大量出血。
なんとかアジトに戻ったものの、医者が呼べず治療ができない。
そんな状況下でも、この男たちはSexにふける。
傷の痛みに苦しむ男に「大丈夫か」と声をかけた仲間の男が、いきなりフェラチオ。
お前ら馬鹿か! 重傷の人間にそんな血圧が上がることしたら…、あ~ぁ、やっぱり死んじゃった・・・(実は死んでいない)。
またまた、パーティーシーンを挟んで、毛沢東思想にかぶれた革命的ゲイ戦士が登場。
『毛沢東語録』を学習した後、互いの同志愛を確認するために、全裸になって乱交。
そのさ中、主人公の男性(なぜか生き返っている)が「コンドームつけてください」と要求すると、乱交連中が「反革命分子だ!」と糾弾。
ここは「修正主義者だ!」の方が正しいだろう。
どっちにしろ、こんなギャグは現在50歳以上でないと通用しない。
東京湾口にある無人島「猿島」を占領してゲイの独立国にするために、革命的ゲイ戦士が島に上陸。
しかし、当局に情報が漏れていたらしく、ヘリコプターから機銃掃射を浴びて、武装した3人の男たちは東屋に逃げ込む。
そこで激しいSex。
接近してくるヘリの爆音が大きくなる中、男たちは「三重連」で果てて、ジ・エンド。
記憶を頼りに粗筋を書いてみたが、全編、「馬っ鹿じゃないの!」と大声で罵りたくなるようなシーンの連続だし、目をつぶっていたシーンもあるので、記憶違いがあるかも。

いや~ぁ、衝撃的な映画だった。
夢に出てきたら吐きそうな気がする。
現実と妄想が複雑に交錯し、何が現でなにが夢かわからない混迷した世界。
こんな不条理に満ちた、前衛芸術的なゲイ映画が1997年に日本で撮影されていたなんて実に驚きだ。
制作から16年が経った今、多くのゲイはこの作品の存在すら知らないだろう。
ぜひ、レズビアン・ゲイフィルムフェスティバルで上映して、現代のゲイの人たちに鑑賞してもらうべきだと思う。
さらに海外の映画好きのゲイにも観て欲しい。
私は、本気で強く推薦する。
(続く)

浜野佐知映画祭(1)ピンク映画「平成版阿部定 あんたが、欲しい」 [映画・コンサート]

8月5日(月)
(続き)
14時、渋谷円山町の「オーディトリウム渋谷」で開催中の「浜野佐知映画祭」へ。
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ロビーで浜野監督にご挨拶。
1部の1本目は浜野佐知監督のピンク映画「平成版阿部定 あんたが、欲しい」(主演:時任歩、1999年、エクセス配給)。
実は、今日、初めてピンク映画というものを観る。
浜野監督の作品だけでなく、ピンク映画は1本も見たことがない。
近年になって、研究の必要上、日活ロマンポルノを数本見たことがあるだけ、

この作品は「平成版阿部定」という題名の通り、昭和11年(1936)に起こった「阿部定事件」を現代にアレンジした作品。
「阿部定事件」は、東京・中野の「石田屋」の仲居阿部定が主人であり愛人である石田吉蔵を性行為中に扼殺し、その遺体から男根を切断して逃亡した事件。
猟奇事件として、当時、大評判になった。
現代版では、税理士の夫をもち、副業のコインランドリーを管理する美しい人妻が、新宿2丁目のゲイバーで「売り専ボーイ」をやっているゲイの青年に惹かれ、彼を誘惑してSexにのめり込んでいく。
そして快楽を追及するあまり、性行為中に青年を絞め殺し、死後も勃起したままの男根を切り取って逃亡、蓮の花が咲く池の畔でオナニーにふけるというラスト。
ラストの「料亭」での二昼夜にわたるSexシーンは、実際の「阿部定事件」のディーテルを、浴衣の紐で首を絞めるところなど、かなり丁寧に摸していることがわかる。

全体として浜野監督らしい美しい映像、というか、「第七官界彷徨—尾崎翠を探して」(1998年)や「百合子、ダスヴィダーニヤ」(2011年)などの文芸作品で映像の美しさに定評がある監督は、ピンク映画でも美しい映像を撮っていたのだということが確認できたのが大きな収穫。
監督のお話では、ピンク映画というのは、開始から3分?以内に主人公がSexを始めなければいけないとか、いろいろ約束事が多く、どうしても様式的になってしまう。
その中で、どれだけ描きたいものを盛り込むかが腕の見せ所なのだそうだ。
ピンク映画では口説くという行為が最低限しかなされない。
男女が出会って見つめ合うと、もう次のシーンではSexしている。
Sexシーンでは言葉がない。
女性は延々とよがり声だけあげて、男は黙々とひたすら腰を使うだけ。
言葉でのコミュニケーションが好きな私は、こんなことして楽しいのだろうか?と、かなり違和感。

この作品でいちばん疑問なのは、なぜ誘惑する相手が二丁目のゲイの青年なのか?ということ。
男性経験しかなかった青年は、人妻の誘惑にほとんど抗う術もなくあっけなく溺れていく。
これでは、ヘテロセクシュアリティがホモセクシュアリティに一方的に勝利しているようで、なんとも嫌な気がする。
理不尽にも、人妻に思い人を奪われるゲイバーの店主があまりにかわいそう。
性別を入れ替えれば、レズビアンの女性に「ちんぽ入れられれば、男嫌いなんてすぐに治るよ」とエロオヤジが言いながら迫るのに等しい。
言葉を換えるならば、メジャー・セクシュアリティのマイナー・セクシュアリティへの横暴。
お互いのセクシュアリティを尊重するという考え方からすると、大いに疑問だ。
「こんな脚本を書いたのは誰だ! 責任者出て来い!」
と言いたくなるが、考えてみれば、セクシュアリティの相互尊重という考え方は1999年段階ではほとんどなかったから、仕方がないのか・・・。
(続き)

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