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性社会史研究(性別越境・同性愛) ブログトップ
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「We are Transgenders.~性別を超え、自分らしく生きる!」(尾川ルル監督、1998年)の資料保全 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

10日(木)
1998年「第7回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭・フィルムコンテスト」でグランプリを受賞し、海外の映画祭でも高い評価を得た「We are Transgenders.~性別を超え、自分らしく生きる!」(尾川ルル監督)の情報がネット上にほとんどないことに、昨夜、気づいた。

で、今朝、ファイルを捜索して手持ちの関連資料を引っ張り出し、記録(資料保全)のためスキャニングしてアップする。

映像は、私が出演者ということで、尾川監督から提供していただき(VHSテープ)所持しているが、上映する場合は監督の許可を得る約束になっている。

① 「月刊TV NEWS」第2号(1998年6月20日、発行:沖香住)掲載、尾川ルル監督のインタビュー。
We are Transgenders (1) - コピー.jpgWe are Transgenders (2).jpg
② 『ざ・おおさか』1998年12月号(コミュニティ企画)の紹介記事。
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③ 上映会のチラシ。
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埼玉医大「性転換手術」報道、1例目と2例目 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月21日(水・祝)

埼玉医大の「性転換手術」報道を振り返ると・・・。

1例目(1998年10月16日:女性から男性)と2例目(1999年6月25日:男性から女性)を比べると、ほぼ同じか、2例目の方が扱いが大きかったりする。

同じ新聞で比較してみる。
スポーツ報知19981017.jpg
↑ 『スポーツ報知』1998年10月17日
スポーツ報知19990626.jpg
↑ 『スポーツ報知』1999年6月26日。
見出しは明らかに2例目の男性→女性の方が大きい

一般的には「最初」より「二度目」は扱いが小さくなるはずだが。

フェミニズム系の研究者だと「社会的劣位にある女性が優位に立つ男性になるより、社会的優位な男性がより劣位の女性になることの方が注目される」みたいなジェンダー・バイアス的な分析をすると思う。

おそらくそれはある。

でも、実はそれだけでなく、当事者もしくはその背後の支援グループのプロデュース能力(メディアへの情報提供)によっても、報道の大きさはかなり違ってくる。

毎日新聞19990625夕.jpg
↑ 『毎日新聞』 1999年6月25日夕刊。
当事者の「手記」を提供したので扱いが大きくなった。
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1950~60年代、同性愛者・異性装者をめぐるアメリカと日本の比較 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月17日(土)

昨夜の「いずみちゃんナイト17」での畑野とまとさんのお話で、1969年6月28日のニューヨーク「Stonewall 反乱」以前にも、アメリカでゲイ・トランスジェンダーの人たちの抵抗運動(反乱)があったことを知った。

たとえば、
1959年5月、ロサンジェルスの「Cooper Do-nuts」の「反乱」。
https://en.wikipedia.org/wiki/Cooper_Do-nuts_Riot
1966年8月、サンフランシスコ・テンダーロイン地区の「Compton's Cafeteria」に集まっていたトランスジェンダーの「反乱」。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%8F%8D%E4%B9%B1
1967年の元旦夜、ロサンジェルス市内のバー 「Black Cat Tavern」を私服警官が潜入捜査し、新年を祝うキスをした人たちを逮捕・暴行したことをきっかけに起こった「反乱」など。
https://en.wikipedia.org/wiki/Black_Cat_Tavern

1950~60年代のアメリカでは、同性間性交渉を禁止する法律(通称:ソドミー法)を根拠に、ゲイが集まる場所に対して警察がしばしば抜き打ち的な捜索(「踏み込み」)を行ない、店にいた者全員の個人情報を記録し(IDカードの強制的提出と確認)、身体接触(手を握り合ったり、キスしたり)や異性装をしていた場合は、警察署に拘引した。

ゲイの「反乱」は、ほとんどの場合、こうした「踏み込み」に対する反発がきっかけだった。

ひるがえって、同時代の日本を見ると、1950年代後半に大都市を中心に「ゲイバー」が急増し、第1次の「ゲイ・ブーム」が起こる。

60年代には、銀座ローズやカルーセル麻紀などの「和製ブルーボーイ」がメディアで活躍するようになり、60年代末には新宿二丁目の旧赤線地区に「ゲイバー」が集中するようになり、「ゲイタウン」が形成されていく。

しかし、その過程で「ゲイバー」など同性愛者や異性装者が集まる場所に警察が踏み込みトラブルになったというケースはほとんど聞かない。

ヒロポン(覚醒剤)とか他の不法行為(犯罪)が絡む場合はともかく、日本では、同性愛者や異性装者が集まる場所だということだけで警察が捜索する法的根拠(法律)が存在しないからだ。

別に日本の同性愛者・異性装者の人権意識が低かったから「反乱」が起こらなかったのではなく、そもそも警察の「踏み込み」がないから、それへの反発としての「反乱」は起こらなかったのが実際だったのではないだろうか。

1960年代、同性愛・異性装というだけで警察に尋問され、場合によっては拘引されてしまうアメリカと、いろいろな社会的差別はあったが、警察の「踏み込み」を心配することなく、同性愛者や異性装たちが集まってお酒を飲める場があった日本。

はたしてどちらが「進んでいた」のだろうか?

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Kさんにお話をうかがう [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月14日(水)
(続き)
11時半「はりまメンタルクリニック」の待合室で、Kさんにご挨拶。
診察が終わって、一緒に出る。
12時過ぎ、「すずらん通り」の「サンマルクカフェ」へ。
ちょうど昼休み時で混雑していたが、しばらく待って、なんとか着席。
1時間半ほど、お話をうかがう。

内容は、1960~70年代に活発に活動した女装秘密結社『富貴クラブ』の会員だった頃から、現在の状況まで。

ずっとお目にかかって、お話をうかがいたかったが、なかなかタイミングがつかめず、ようやく果たせた。
なにより、お話ししていて楽しかった。

14時過ぎ、Kさんといっしょに駿河台の坂を上り、御茶ノ水駅まで見送る。
(続く)
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『朝日新聞』3月13日夕刊「浮世絵が映す異性装の文化」にコメント [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月13日(火)

今日(3月13日)『朝日新聞』夕刊・文化欄の「太田記念美術館」の企画展「江戸の女装と男装」の紹介記事「浮世絵が映す異性装の文化」(丸山ひかり記者)に私のコメントが掲載されました。
朝日新聞20180303夕 - コピー.jpg

「女装と日本人」などの著書がある明治大学の三橋順子・非常勤講師(性文化史)は、「これほど異性装を描いた作品があるのは日本ぐらい。その特異性を意識すべきだ」と話す。
 異性装への人々の視線は明治以降、同性愛や異性装をタブー視するヨーロッパの精神医学の考え方が広まってから、厳しくなったとみる。「異性装や同性愛はこれまで、歴史学や美術の分野でまともに取り上げられてこなかった。こうした展覧会が催されることに、時代の流れを感じる」
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ちなみに、私のレビューは、下記をご覧ください。
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2018-03-04-1
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3月3日(土)太田記念美術館「江戸の女装と男装」 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月3日(土)  晴れのち曇り  東京  16.2度  湿度37%(15時)

原宿の「太田記念美術館」の企画展「江戸の女装と男装」を見に行く。
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『朝日新聞』美術担当の記者さんが同行。
企画担当で招待券を送ってくださった学芸員の渡邊晃さんにご挨拶しようと思ったが、残念ながらご不在。

混んでいるというほどでもないが、お客さんは多い。
まだ2日目と言うこともあるが、異性装(女装・男装)が大好きな日本人の文化特性(拙著『女装と日本人』参照)を考えると、企画展の成功は疑いなしだと思う。

小声でコメントしながら、作品を見ていく。

太田記念美術館が「江戸の女装と男装」というテーマを風の便りで聞いた時、「女装はたくさん作品があるけど、男装は少ないよなぁ、バランスがとれるかなぁ」と思った。
ところが、そうではなかった。
1階の展示室は、すべて男装の作品。
ポスターにもなっているように、新吉原遊廓の8月の行事「にわか(俄・仁和賀)」における女芸者の男装をテーマにした作品が最初に並び、次に江戸の大祭、神田祭と山王祭の「手古舞」の芸者の男装が描かれた作品が続く。
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↑ 落合芳幾「獅子王二和賀全盛遊」(1869年)

月岡芳年「風俗三十二相 にあいさう弘化年間廓の芸者風俗」(1888).jpg
↑ 月岡芳年「風俗三十二相 にあいさう弘化年間廓の芸者風俗」(1888年)

歌川広重「東海道五十三図会 四十四 四日市 諏訪明神祭礼」(1849~51).jpg
↑ 歌川広重「東海道五十三図会 四十四 四日市 諏訪明神祭礼」(1849~51年)

たしかに女性が男装する機会としては、この2つが考えられるが、「吉原仁和賀」はともかく、祭礼における「手古舞」の絵がこんなにあるとは知らなかった。
ただ、展示されている作品が江戸(幕末)より明治期のものが目立つのはなぜなのだろう。
この種のテーマが明治になって好まれるようになったということだろうか?

それにしても、女性が男装した「手古舞」に男性が女装した歌舞伎の女形が扮した姿を描いた作品など、「ジェンダーを捻る」ことが大好きな日本人の特性がよくあらわれている。

2階の展示室は、女装の作品が中心。
熊襲タケル兄弟の館に入り込む女装の小碓皇子(ヤマトタケル)、弁慶が女の見誤った五条の橋の牛若丸、そして女田楽の美少女スター旦開野(あさけの)の姿で仇の一族を斬りまくる『南総里見八犬伝』の女装のヒーロー犬坂毛野、『平家物語』の女武者巴・板額など「物語」の女装・男装の作品。
月岡芳年「月百姿 賊巣の月 小碓皇子」(1885~92).jpg
↑ 月岡芳年「月百姿 賊巣の月 小碓皇子」(1885~92)

続いて、瀬川菊之丞(二世・三世)や岩井半四郎(五世)など江戸の庶民を熱狂させた名女形たちの絵姿。
ここでも「三人吉三廓初買」のお嬢吉三や「青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなの にしきえ)」の弁天小僧菊之介など、ジェンダーが転換した人物を女形が演じた姿を描くという「ジェンダーの捻り」が重なる。
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↑ 月岡芳年「月百姿 水木辰の助」(1891年)
水木辰之助(1673~1745年)は元禄期に活躍した人で、芳澤あやめと並ぶ初期女形の双璧。

東洲斎写楽「三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵女房おしづ」(1794).jpg
↑ 東洲斎写楽「三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵女房おしづ」(1794年)

歌川豊国「豊国漫画図絵 弁天小僧菊之介」(1860).jpg
↑ 歌川豊国「豊国漫画図絵 弁天小僧菊之介」(1860年).

面白かったのが最後の「やつし絵」「見立て絵」におけるジェンダーの入れ替え。
歌舞伎の登場人物でいちばん男らしいはずの助六、中国の仙人や隠者(寒山拾得)、さらには「三国志」の諸葛孔明や劉備玄徳まで女にしてしまう。
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↑ 勝川春好「三代目瀬川菊之丞の女助六」(1785年)

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↑ 鈴木春信「やつし費長房」(1765年)
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↑ 勝川春扇「やつし玄徳雪中訪孔明」(1806~20年)

中国人が見たら驚き呆れる(さらには怒る)日本特有の「ジェンダー転換」の感覚。
そうした感覚は過去の物ではなく、現代の日本で「西遊記」の三蔵法師(当然、男性)の役を女優が演じるのが定型化していることにも通じている。

ともかく、知名度がある美術館が「女装と男装」という形で異性装を真正面から取り上げた企画展を行うことは初めてのことで、ようやく時代がここまで来たのかと感慨深い。

日本の江戸時代の絵画は、異性装の人を描いた作品がとても多い。
異性装の人が描かれることは欧米ではほとんど皆無、アジアでも極めて少なく、日本の作品量は、世界的に見て圧倒的だ。
しかし、そうした特性を日本の美術界は、意図的に無視することを続け、論じることを避けてきた。
そうした姿勢が、ようやく改まりつつあるのは、たいへん良いことだと思う。
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新宿二丁目「洋チャンち」へ [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

2月27日(火)
(続き)
21時、長谷川博史さんに案内していただき、二丁目「ゲイタウン」の「新千鳥街」の外側にある「洋チャンち」へ。
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5~6人も入れば満席のような小さなお店だが、壁面には来店した著名人の写真やサインがびっしり。

店主の「洋ちゃん」は1937年(昭和12)年生まれで、御年81歳。
1950年代後半から60年代、美貌のゲイボーイとして知られたケニーさんにかわいがられた方。

戦後混乱期の浅草からスタートして、銀座、新宿ゴールデン街・花園街、二丁目「新千鳥街」の中と遷って、今の「新千鳥街」の外側のお店に至る。

新宿花園街の奥に店を出したのが1965年(昭和40)、二丁目に移転したのは1973年(昭和48)とのことで、草創まもない70年代初頭の新宿「ゲイタウン」を知る数少ない方。

その頃の二丁目は「静かで人がいない街」「(新宿という)龍の尻尾の、また先っぽのような(外れてしまった)街」だったとのこと。

ここには書き切れないが、いろいろ貴重なお話をうかがう。

自著の手直し作業で、最後まで位置が確定できずにいた1960年代に新宿にあった小さな飲み屋街「緑苑街」について、「洋ちゃん」のお話の中で出てきた「緑苑街のボンソワール」の一言で一気に問題が解決したのは、私にとっては大収穫。

23時20分、辞去。

私たちが見えなくなるまで、洋ちゃん、ずっと手を振っていてくださった。
必ず遠からず、またうかがいます。

長谷川さん、とてもありがたい縁を結んでいただき、ほんとうにありがとうございました。

0時20分、帰宅。
お風呂に入って温まる。
疲れていたが、興奮していて寝られず、さっそく原稿の手直し。

就寝、4時半。
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「闇の男」を「ストリート・ボーイ」と読ませる記事ー昭和11年(1936)の男色恐喝事件ー [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

2月15日(木)

「闇の男」に「ストリート・ボーイ」と仮名を振った興味深い記事を発見。
「闇の女」が街娼(ストリート・ガール)を意味することは知っていたが、「闇の男」を「ストリート・ボーイ」と読ませている記事は初めて。
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『読売新聞』昭和11年(1936)8月14日

不覚なり闇の男(ストリート・ボーイ)
銀座でひく刑事の袖
毒花のトリオ三人組

大都会のかげに咲く妖しの“闇の男・・・”不覚にも刑事の袖をひいて暴露した世紀末的なグロ場面――去る九日の宵 銀座尾張町三越裏を赤坂表町署の安部刑事が密行してゐると明石の単衣に錦紗総絞りの兵児帯、白足袋といふ女とも見まがふ美青年が近づいて“ねーあなた!散歩しませうよ”と嬌態を見せた。刑事はしばし呆然にとられたがやがて職業意識を取り戻し本署に連行調べると、四谷区谷町一八元陸軍省勤務岩野芳春(二九)といひ美貌を資本に変態男をあさつてゐた闇の一人と判つた。彼の自白で小石川区新諏訪町一七佐野富男(二九)を検挙、住所不明木田新次(三〇)―仮名―を捜査してゐるが、この三人は数年前からこの社会に出没、岩野は去る六月二日夜四谷見付の小公園ベンチから京橋区銀座五ノ一一洋品店商和田元男(四六)―仮名―を自宅に連れ込み、これを仲間の木田がさりげなく訪れた風をして現場を見届けさせ一週間後に岩野が和田の家を訪れ百円を無心、和田が拒むと岩野は店先で「都合しなければこの間のことを一切奥さんに報らせる」と大声で恐喝、マンマと百円をせしめた。
この手で三人代わるがわる和田から計二百五十円を恐喝したほか銀座、日本橋、?谷の大商店主ばかり卅余人を恐喝したことを自白した。

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日本が日中戦争に突入する前の年に、帝都東京で発覚した男色者グループによるかなり大規模な恐喝事件。
犯行の手口は「美人局(つつもたせ)」の男色版だが、主犯の岩野がいくら美貌にしても、ずいぶん多くの商店主がひっかかったことに驚く。
ちなみに当時の物価は、もりそば12銭、天丼40銭、銀行員の初任給70円で、現在の貨幣価値に直すにはだいたい3000倍。100円は30万円相当になる。

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報告レジュメを仕上げる [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

1月25日(木)

夕方から(夕食と仮眠を挟んで)夜中まで頑張って、土曜日(27日)の「性慾研究会(京都)」で報告する「(資料紹介)「浅草陰間宿繁盛記」―昭和初期・浅草の男色売春―」のレジュメを仕上げる。

今回は報告者が少ないようなので、例によって「穴埋め」仕事だが、なんとか間に合った。
未知の資料の分析はやっぱり楽しい。

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SHIPにじいろキャビン開設10周年記念シンポジウム『LGBTコミュニティ、この20年のあゆみ』」(その2) [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

12月31日(日)
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「SHIPにじいろキャビン開設10周年記念シンポジウム『LGBTコミュニティ、この20年のあゆみ』」(9月18日)での私の講演記録です。

「先行するトランスウーマン。メディアにおけるLGBTの扱い方を振り返る」
http://wezz-y.com/archives/51069

テレビにおけるトランスジェンダーの扱いを歴史的に振り返りました。

大勢の方に読んでいただけたら幸いです。


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