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「現代ビジネス」に「ホリエモンと『カリスマ女装男子』に見る日本人の性の伝統と変遷 ー歴史の中の男色文化ー 」 [お仕事(執筆・成果)]

2月9日(金)

講談社のインターネット・マガジン「現代ビジネス」にコラム「ホリエモンと『カリスマ女装男子』に見る日本人の性の伝統と変遷 ー歴史の中の男色文化ー 」を書きました。
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読んでいただけたら、うれしいです。

中江 桂子 編著『昭和文化のダイナミクス ー表現の可能性とは何かー』( [お仕事(執筆・成果)]

11月17日(水)

中江 桂子 編著『昭和文化のダイナミクス ー表現の可能性とは何かー』(ミネルヴァ書房)が刊行されました。
2014年に成蹊大学で行われた武蔵野市寄付講座「昭和のサブカルチャー研究」に基づく論集です。

私は第9章「トランスジェンダー・カルチャーの昭和史」を執筆しました。

少々、お値段が張りますが、ご購読いただけたら幸いです。

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中江 桂子 編著『昭和文化のダイナミクス ー表現の可能性とは何かー』
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刊行:ミネルヴァ書房(2016年11月)
A5版・304頁、3,000円+税
ISBN:9784623078417

激動の昭和の中で、闊達に自由な表現を求め、新しい世界を拓いた挑戦者。
彼らの活動の根源を探ることを通して、「表現」の意味と可能性を現代に問う。

【目次】
プロローグ いま、表現を考えることについて(中江桂子)
 
第Ⅰ部 表現――その魅力の源泉をたぐりよせるために
 第1章 昭和前期の漫画メディアと漫画家たち(夏目房之介)
 第2章 少年探偵団の生き物の愛しかた(浜田雄介)
    ――ボーイスカウトとサーカス
 第3章 映画と彫刻は兄弟(萩原朔美)
    ――映像表現とテクノロジーについて

第Ⅱ部 メディアを介在させない、という戦略
 第4章 紙芝居が「俗悪」だった頃(鈴木常勝)
 第5章 フォークを歌う、ライブで歌う(中川五郎)

第Ⅲ部 抑圧されたものをこそ愛すること
 第6章 ゲテモノから女王へ(市川孝一)
    ――美空ひばりとその時代
 第7章 村上春樹とジャズ(宮脇俊文)
    ――新しい文体が模索するもの
 第8章 自然・生態系のファンタジスタ(千葉伸夫)
    ――宮崎駿のインパクト

第Ⅳ部 内なる外部を覚醒させよ
 第9章 トランスジェンダー・カルチャーの昭和史(三橋順子)
  1 トランスジェンダーとはなにか
  2 歴史の中に女装者たちの足跡をたどる――前史として
  3 昭和のトランスジェンダー・カルチャーをたどる
  4 日本のトランスジェンダー・カルチャーの特質――日本人は女装が好き?
 第10章 挑発を仕掛ける(榎本了壱)
    ――『天井棧敷』と『ビックリハウス』
 第11章 舞踏(山田せつ子)
    ――未知の世界が開いたもの

エピローグ 表現者たちと現代社会(中江桂子)
あとがき(中江桂子)

実は、メジャー・デビュー20周年だったりする [お仕事(執筆・成果)]

10月10日(月・祝)

先日、講義をしていてふと気づいたのだが、私が(一応)メジャーな雑誌にデビューしたのが『imago』(青土社)1996年2月号(伏見憲明氏との対談「ジェンダーをデザインする」)なので、今年(2016)は20周年ということになる。

日頃、「周年記念」というものをほとんど意識しない人なので、すっかり忘れていた。

愚鈍の才は20年経っても変わるはずもなく、近年はさらに老耄も加わり、うだつが上がらぬことは相変わらず。
著書わずか1冊、編著数冊、長い論考22篇、中~短い論考57篇。
20年間で為しえたものを省みると、自らの非才と怠惰を恥じ入るばかりだ。

LGBT全盛の世に、老残のトランスジェンダーの出る幕などあるはずもなく、ひたすら人生の幕引きを待つ日々である。

さあ、今日も原稿を書こう!


『すばる』8月号「特集LGBTー海の向こうから」のレビュー [お仕事(執筆・成果)]

7月24日(日)

サムソン高橋さんによる『すばる』8月号「特集LGBTー海の向こうから」のすばらしいレビュー。
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http://life.letibee.com/samson-takahashi-20160721/

LGBT界隈では、ほとんどスルー状態だったので、ほんと、うれしかった。
サムソン高橋さん、ありがとうございました。

ところで、私も載せてただいた、インタビュー記事「わたしの光になった表現」(聞き手:外山雄太さん)だが、私がインタビューを受けたのは、明治大学の講義を終えた後で、しかも体質的に苦手な高湿度の日で、かなり疲れていた。
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2016-05-31-1
そのせいか、掲載後に読み返してみると、他の方たちに比べて、良く言えば淡々、悪く言えば、盛り上がりに欠ける平板な感じで、もっとドラマティックに語るべきだったかなぁと、反省していた。

ところが、意外にも反応してくださった方がいた。
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「樋口めぐむblog・本日もこむら返り」
2016年7月 7日 (木)「考え直したこと。」
(前略)最も痺れたのは、三橋順子さんの、あるお話でした。
詳しい内容は本誌を読んで確認してほしいけれども、「先人から魂を受け継ぐ」と感じるエピソードが語られていて、なんか、とても痺れました。(後略)
http://higuchimegumu.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-7984.html
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それと、Face BookつながりのHさんからも、「どうしようもなく感情が掻き乱され」てと、わざわざ「メッセージ」をいただいた。

自分が語ったことに、反応をいただけるのは、何かが伝わったということで、ほんとうにありがたいことだと思う。

樋口さん、Hさんありがとうございます。
とても、うれしかったです。

論文「日本におけるレズビアンの隠蔽とその影響」 [お仕事(執筆・成果)]

4月9日(土)

長らくお待たせしました「早稲田大学ジェンダー研究所」の創立15周年記念論集が3月末に刊行されました。

小林 富久子・村田 晶子・弓削 尚子編
『ジェンダー研究/教育の深化のために― 早稲田からの発信』
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彩流社、2016年3月、474頁、定価4300円+税
ISBN-13: 978-4779121968

これからの「ジェンダー研究/教育」に向けて、文学、表象・メディア、歴史、法・社会などの専門領域の「ジェンダー研究の展開」と、教育実践をもとにした「ジェンダー教育のあり方」の二本立てで、計24編の論考を収録しています。

私は、論文「日本におけるレズビアンの隠蔽とその影響」を執筆しました。
日本における女性同士の性愛の歴史をトピック的にたどり、その隠蔽の在り様を明らかにした上で、その現代における影響、具体的には「なぜ日本では女性から男性への性別移行者(Female to Male=FtM)が(国際比較で)突出的に多いのか?」を考えてみました。

価格が高いので、図書館などでご覧いただければ幸いに思います。

今、学生が求めるファッション論は何か? [お仕事(執筆・成果)]

3月4日(金)

ファッションを社会学的に論じようという論集に、依頼されて「装いとセクシュアリティ」という論考を、昨年夏、執筆した。

今日、編集者&編者からメールが来て、全体の3分の1に相当する第1章「全裸はエロか? ―隠すこと・露わすこと―」は削除(没)とのこと。

理由は、裸を論じるのは「ファッションの社会学」をテーマとする本書の趣旨に合わない、大学の教科書として難解すぎる(ふさわしくない)。

裸体と着衣について論じることがファッション論から外れるってどういう理屈だ?
むしろ、それこそファッション論の基礎ではないか。

実際、同じ内容で関東学院大学の「セクシュアリティ論」を講義したところ、学生の反応はとても良かった。
編集者&編者が教科書採用先として想定している大学って、関東学院大よりレベルが低いのか?

教科書にふさわしいお上品なセクシュアリティ論がお望みだったら、私なんかに執筆依頼するなよ!

拙稿、従来のファッション論の枠組から少し外れるのは承知で、今時の大学生に興味をもってもらえるような身近な問題を設定しながら書いた。
なぜなら、大学の講義で学生とちゃんと向き合っていれば、現代の学生たちがどういうテーマを期待しているか、伝わってくる。
それは他人事ではなく、自分のこと、身近なこととして考えることができるテーマだと思う。
しかし、どうもそこらへんの感覚が、編者の「偉い」先生たちには乏しいようだ。

編者&編集者のイメージは、学生が興味を持つような斬新でおもしろい教科書ではなく、もっとオーソドックスで「学問的」で無難なものを求めていたようだ。
その点、少なからずがっかりした。

編者&編集者の意向に応じて大幅改稿するか、それとも執筆辞退するか、少し考えようと思う。

【考えてみた】
自分が間違っているとは思わないけど、「見ているもの」が違う編集者や編者の「先生」とやり合うのは疲れる。
もうそんな気力もないし、自分に残されている時間を考えると、時間の無駄だと思ってしまう。

と言って、意に沿わない改稿作業は、心身への負荷が大きい。
この年齢になると、ストレスを減らすことは、少しでも健康を保つ上で重要だ。

何万円かの印税収入はフイになるが、それより健康の方が大事だろう。

身を削る思いで書いた原稿が日の目を見ないのは残念だが、原稿を取り下げて、執筆を辞退した方が良さそうだ。

【さらに考えてみた】
今回の件で、大学という場で「エロ」を学問化することの困難を痛感。
私としては「セクシュアリティ論」を語る上で「エロチズム」を分析することは当然だと思うのだが、そういう内容に強い抵抗感をもち「大学はそんな不真面目なことを語る場ではない」と考える教員は数多い。

また、大学で「エロ」を含む教科書を採用すると「セクシュアル・ハラスメントで訴えられ、私立大学では経営に直結するスキャンダルになる可能性がある」との指摘を私立大学の先生からいただいた。
だから大学では「性」を学問化して論じることを隠蔽・回避し、その結果、性被害に遭ったり望まない妊娠をしてしまう女子学生や、無知ゆえに性暴力の加害者になる男子学生が出てくるわけで、なるほど、すばらしい教育システムだと思う。

もちろん困難な状況の中でご尽力されている先生がいることはよく分かっている。
現実を直視していれば、学生の「性」に向き合わざる得ないのは、当然のことだから。
ただ、講義の内容がセクシュアル・ハラスメント告発された場合、非常勤講師は「腹を切れば」済むことだが、常勤の先生方はそれだけでは済まないので、いろいろ大変なことはわかっているつもり。
ちなみに、私もシラバスで「講義の中でセクシュアリティ(性愛行為)に直接関わる用語・事象が語られること、あるいはセクシュアリティや身体変工を描写した画像(絵画)を教材とすること」を明示している。

しかし、だからといって、大学の講義から「エロ」を排除することが正しい方策だとは、私には思えない。
正直、やってられない気持ちになる。


千之ナイフさんの新刊『トランスセクシュアル・ショー』に解説文を執筆 [お仕事(執筆・成果)]

12月17日(木)
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千之ナイフさんの新刊『トランスセクシュアル・ショー』(久保書店 2015年12月)。

1988年に連載が開始され、1991年に単行本が出版された、伝説的な性転換手術コミック『逢魔がホラーショー』(久保書店)の特別セレクション。
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↑ 中央が主人公の菊千代くん(女装者だったが知らないうちに性転換手術をされてしまう)
 右上が、性転換手術の専門医、逢魔先生。
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↑ 右は菊千代くん、左の金髪は看護婦のスルカさん。
連載開始直後から読んでいた私にとって、性別移行をめざす原点の1つになった作品。
それから27年、思い出深い作品の復刻版に、解説文を書かせていただくことになるとは、思いもしなかった。
まさに、感慨無量。
お名指しいただいた千之さん、ありがとうございました。
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「逢魔がホラーショー」とその時代    三橋順子

「さあ皆さん!性転換手術(ホラーショー)の時間よッ♡」

逢魔先生がメスをふっていた1988~89年頃、現実の日本は性転換手術の低迷期だった。
日本最初の性転換手術は1951年に永井明さんという男性(女性名:明子)に対して行われたもので、執刀は石川正臣日本医科大学産婦人科教授だった。
この手術は、有名なアメリカ人男性ジョージ・ジョルゲンセン(女性名:クリスチーヌ)の手術より早く、イギリスのロバート・コーウェル(女性名:ロベルタ)とほぼ同時期で、戦後では世界で最も早い可能性すらある。日本は性転換手術の先進国だったのだ。

ところが、1965年10月、3人の男娼に対して性転換手術を行った医師が優生保護法28条(故なく生殖を不能にする手術の禁止)違反の容疑で摘発される「ブルーボーイ事件」が起こる。そして、69年2月に東京地方裁判所の有罪判決が出ると、国内での性転換手術は「非合法」という認識が広まってしまう。

それから約4半世紀の間、性転換手術を希望する人は、モロッコ、シンガポール、そしてタイと、遠い外国に行かざるをえなかった。

「逢魔がホラーショー」が世に出たのは、そんな時代だった。後に「ナニワのブラックジャック」と呼ばれる和田耕治医師(2007年逝去)が性転換手術を始めたのが1995年で、逢魔先生より6~7年遅い。ちなみに和田先生の手術「第1号」がタレントのはるな愛さんである。

それだけに、女性になりたい人にとって、「逢魔がホラーショー」は、夢が実現する、あこがれの世界だった。私も心をときめかせた一人で、菊千代くんみたいに、女装散歩の途中で半ば拉致されて性転換手術をされてしまわないかと、よく夢想したものだ。

1997年、日本精神神経学会が性同一性障害の診断と治療のガイドラインを策定し、翌1998年に埼玉医科大学で女性から男性への手術が実施された。性転換手術(後に「性別適合手術」という言い方になる)は、性同一性障害という精神疾患に苦しむ患者の救済手段として「合法化」された(厳密に言うと嘘である)。病、苦痛、治療、救済・・・、そこに明るいイメージはない。

しかし、性転換手術をしてもだれもが菊千代くんのように美少女に生まれ変われるわけではない。せっかく女性に近い身体になりながら、女性ジェンダーに適応できず、就労や生活に困難をきたし、最悪の場合、自殺してしまう人もいる。現実は残酷だ。残念ながら、現代の日本社会は、性別移行者に必ずしも優しい社会ではない。

そうした現実に対して、「逢魔がホラーショー」には「二本の足の間には 邪魔なおまけはいらないわ ホーデン抜いて トンネル掘って さあさ女になりましょう(コーラス)なりましょう なりましょう 可憐な女になりましょう  綺麗な女になりましょう」とみんなで歌う陽気でエロティックな性転換ファンタジーがある。

そうした明るさこそが連載開始から27年が経っても色あせない、この作品の魅力なのだと思う。
(みつはし じゅんこ:性社会・文化史研究者)

大学入試予想問題に [お仕事(執筆・成果)]

12月5日(土)

私の「アステイオン」83号掲載「Newsweek(日本版)」転載の論文「歴史の中の多様な『性』」の冒頭部分を、某予備校が試験問題に使わせてほしいと言ってきた。
「慶應義塾大学SFC予想問題」だそうだ。
いわゆる「長文読解」というものか、それとも時事問題の小論文か。

別に問題ないからOKしたけど、その予想は絶対に間違っている(断言)。
大学の試験問題には、まともな人が書いたもっと論理的な文章を使うべきだからだ。
著者自身が、なにを書いたかよくわからない文章は使ったら、まずいだろう。

(News week 日本版)「歴史の中の多様な『性』」(5・最終)「おわりに―多様性とは豊かさであるー」 [お仕事(執筆・成果)]

12月4日(金)
サントリー文化財団の評論誌『アステイオン』83号(2015年11月)に掲載した三橋順子「歴史の中の多様な『性』」が、「Newsweek(日本版)」ウェブサイトに転載されました。
今週5回の分載で、16000字の全文がお読みになれます。

最終回は「おわりに―多様性とは豊かさであるー」です。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2015/12/post-4200.php
読んでくださった方、ありがとうございました。

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【目次】
(1)はじめに―「日本社会の伝統」って何? 
   同性「夫婦」は存在した?
http://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2015/11/15-4.php
(2)「男色大国]としての日本
http://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2015/12/post-4181.php
(3)[男色]と[男性同性愛]
http://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2015/12/post-4185.php
(4)女性同性愛について
http://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2015/12/post-4190.php
(5・最終)「おわりに―多様性とは豊かさであるー」
http://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2015/12/post-4200.php

(News week 日本版)「歴史の中の多様な『性』」(4)「女性同性愛について」 [お仕事(執筆・成果)]

12月3日(木)

サントリー文化財団の評論誌『アステイオン』83号(2015年11月)に掲載した三橋順子「歴史の中の多様な『性』」が、「Newsweek(日本版)」ウェブサイトに転載されました。
今週5回の分載ですが、16000字の全文がお読みになれます。

4回目は「女性同性愛について」です。

http://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2015/12/post-4190.php
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