So-net無料ブログ作成
検索選択

6月21日(水)金沢八景「リヴィニ」 [日常(料理・食べ物)]

6月21日(水)
(続き)
16時、化粧と身支度。
黒地に茶と白の花柄のロングチュニック(5分袖)、黒のレギンス(5分)、黒のサンダル、ワインレッドのバッグ。

17時、昼間の大雨が去ったタイミングで家を出る。
IMG_4833 (2) - コピー.JPG
雨は止んだが、雲は低くく、今日は夏至なのでまだ日がある時間なのに暗く、強い風が吹いている。
IMG_4829.JPG
東急東横線横浜駅乗換)京浜急行本線を乗り継いで、金沢八景駅へ。

5か月ぶりの金沢八景駅、改札付近が工事の進行で様子が少し変わっていて戸惑う。

18時半、駅前のビルの2階にあるワイン・レストラン「リヴィニ」へ。
IMG_4841.JPG
今夜は、関東学院大学の神野由紀教授と非常勤の宮入恭平さんと「八景飲み会」。
3時間ほど、おいしいものを食べながらいろいろお話。
楽しい夜だった。

IMG_4835.JPG
↑ ポテトサラダ、焦がし玉ねぎとベストマッチ。
IMG_4836.JPG
↑ レバーのパテ。これがおいしい店はほぼ「当たり」。
IMG_4837.JPG
↑ 野菜のバーニャ・カウダ
IMG_4838.JPG
↑ 海老のアヒージョ
IMG_4839.JPG
↑ ポークのソテー
IMG_4840.JPG
↑ 烏賊のセート風煮込み&ご飯

6月21日(水)梅雨の嵐 [天文・気象・生物]

6月21日(水)  雨のち曇り  東京  23.5度  湿度97%(15時)

11時、起床。
朝食は、アマンドショコラとコーヒー。
IMG_4826.JPG
シャワーを浴びて髪と身体を洗う。

梅雨時とは思えない大荒れの天気。
和歌山県古座川町で443mm、静岡県伊豆市で310mm。
新幹線、大阪府高槻市付近で架線が切れ、停電でストップ。
東京の雨量45.5mm、15時10分、瞬間最大風速20.5m/s(南東の風)。
横浜の雨量47.0mm、17時10分、瞬間最大風速24.0m/s(南南西の風)。

17062115.jpg
↑ 15時の天気図。
201706211500-00.jpg
↑ 15時の衛星画像。

(続く)



豊後水道でM5.0、最大震度5強 [地震・火山・地質]

6月20日(火)

豊後水道でM5.0の地震大分県佐伯市で震度5強を観測
震度5強は今年に入って初めて。
-----------------------------------------
6月20日23時27分頃、震源地は豊後水道(北緯32.9度、東経132.1度)で、
震源の深さは約42km、地震の規模はM5.0。
発震機構は北西-南東方向に張力軸を持つ型(速報)
大分県佐伯市(さいきし)で震度5強を観測。
20170620233150495-202327.jpg

IMG_4827.JPG
震源は中央構造線の南側だが、近年は大きな地震は起こっていない。

南海巨大地震との関連を心配する人もいると思うが、この程度の規模の地震が海溝型巨大地震(M8~9クラス)の呼び水(前震)になることはない。

むしろ、日向灘で周期的に起こるM7.0 - 7.2程度の地震の方が要警戒。
周期は約20 - 27年とされているが、前回の1984年8月7日(M7.1)からもう33年が経っている。


ネコ家畜化、新石器時代に拡大か [天文・気象・生物]

6月20日(火)

DNA分析により、飼い猫の祖先であるリビアヤマネコの拡散が約6000年前の新石器時代であることが判明。

そうやって世界中に拡散した猫が日本列島に到達した時期はいつだったのか?
従来の説(6世紀末~7世紀初頭)より早く、水田稲作農耕が渡来した縄文晩期~弥生初期だった可能性が出てきたように思う。
にゃんこは「お経といっしょに来た」ではなく「稲といっしょに来た」のかも。

猫足跡1.jpg
↑ 兵庫県姫路市四郷町「見野(みの)古墳群6号墳」出土の須恵器(6世紀末~7世紀初頭)。
猫とみられる小動物の足跡がついている。
------------------------------------------------
ネコ家畜化、新石器時代に拡大か DNA研究
.
【6月20日 AFP】ネコは古代エジプトを「征服」するはるか以前に、石器時代の農耕民を魅了していたとする研究論文が19日、発表された。DNA分析で明らかになったところによると、これ以降にネコの家畜化と愛玩動物化が世界中に広まっていったのだという。

原産地を出て世界に拡散した最初の野生ネコで、今日の飼いネコの祖先となったのは、リビアヤマネコ(学名:Felis silvestris lybica)であることが今回、研究で明らかになった。小型で縞模様のある中東産の亜種は全世界に生息地を拡大させるまでに上り詰めた。

リビアヤマネコは約6000年前、現代のトルコ周辺のアナトリア(Anatolia)地域から船で欧州に渡った可能性が高い。「リビアヤマネコの世界征服は新石器時代に始まった」と、論文の執筆者らは記している。

石器時代の最終章に当たる新石器時代には、それまで狩猟採集民として各地を放浪していた先史時代の人類が作物の栽培と恒久的な村の構築に初めて着手した時期だ。そして、農耕の始まりとともに収穫物を食い荒らすネズミが現れ、これにネコが引きつけられた。

米科学誌「ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション(Nature Ecology and Evolution)」に掲載の論文では、「納屋や村、船上などのネコは古代社会に対して、害獣、特に経済的損失や病気の原因となるげっ歯類の有害動物を駆除する極めて重要な防御手段を提供した」とある。

研究チームは今回、野生のネコ科動物が現在知られているような、ソファで寝そべるかわいらしい飼いネコに姿を変えた背景にあるものについての論争に終止符を打つべく、埋葬やミイラ化された古代のネコ230匹のDNAを分析した。

古代エジプトで、像や絵、死骸のミイラなどによって「不滅化」されたネコ科動物が明白な崇拝の対象となっていたことを根拠に、ネコを初めて家畜化したのは紀元前数世紀ごろの古代エジプト人と考える人は多い。しかしその一方で、地中海の島国キプロスにある紀元前7500年の子どもの墓で発見されたネコの骨を、「肥沃な三日月地帯(Fertile Crescent)」の古代文明がエジプトより早くネコを家畜化した証拠として指摘する説もある。

■古代の「ネコブーム

今回の詳細なDNA分析の結果によると、家畜化はその両方のおかげであると考えられるようだ。

論文の共同執筆者で、フランス国立科学研究センター(CNRS)のエバ・マリア・ガイグル(Eva-Maria Geigl)氏はAFPの取材に、リビアヤマネコは紀元前4400年頃に「最初の農耕民が欧州に移住し始めた時期に広まり始めた」と語った。「これは(恐らく古代の交易路をたどると思われる)海路か陸路で、リビアヤマネコが人によって移動していったことを示していると考えられる」

それから数千年後、今度は古代エジプトのファラオ王朝時代に、リビアヤマネコのエジプト変種が第2の波で欧州とその先へ拡大して「熱狂的流行」を巻き起こしたと、論文の執筆者らは指摘する。そして「エジプト種のネコの熱狂的流行は、古代のギリシャローマの世界全体からさらにそのずっと先へと、非常に速いペースで拡大した」とした。

エジプト種のネコはアナトリア原産の近縁種と外見が非常によく似ていたと思われることを考えると、その成功は、性格の「社交性と従順さにおける変化」が後押しした可能性が高いと推察できる。野生ネコは縄張りを単独で行動する狩猟動物で、階層的な社会構造を持たないため、家畜化の対象には適さないと考えられるのだ。

また、イヌやウマの場合と異なり、外見目的の交配が少なくとも最初の数千年間は行われていなかったことも今回分かった。今日に至るまで、飼いネコは体の構造や機能、動きなどに関して野生の近縁種と酷似している。

品種改良が開始された当初は、ネコの毛並みが主な対象となっていた。ぶち模様の色合いが初めて遺伝子に記録されるのは西暦500~1300年の中世だったことも明らかになっている。

まだらのぶち模様は今日の飼いネコに多くみられるが、野生ネコには存在せずすべて縞模様だ。ガイグル氏は「ネコの『装飾的な品種』を作るための繁殖計画が始まったのはごく最近の19世紀のことだ」と指摘。そして、それらでさえも「野生ネコとそれほど違っていない」ことを説明した。
(c)AFP/Mariëtte Le Roux
2017年06月20日 17:17 発信地:パリ/フランス
http://www.afpbb.com/articles/-/3132755?pid=0

台湾料理「荘園」で打ち合わせ [交友]

6月20日(火)

明治大学(駿河台)での講義を終えて、神保町駅から都営地下鉄新宿線で新宿三丁目駅へ。
19時前、二丁目の台湾料理「荘園」へ。
IMG_4816.JPG
9月18日(月・祝)の「SHIP(にじいろキャビン)開設10周年記念シンポジウム」の打ち合わせ。

代表のしんじさん、ディスカッション司会の佐々木掌子さんらと、3時間半ほど熱心に話し合う。
会場は、慶応義塾大学日吉キャンパス。
テーマは「LGBTコミュニティ、この20年のあゆみー司法とメディアの移り変わりー」

私は、講演2「メディアにおけるLGBTの扱い方を振り返る(仮)」を仰せつかる。

IMG_4819.JPG
↑ 胡椒鶏珍(スナギモの胡椒煮)
IMG_4820.JPG
↑ 三杯鶏(鳥肉と生姜とニンニクの炒め)、美味!
IMG_4821.JPG
↑ 水餃子
IMG_4822.JPG
↑ なかなか出てこなかった海老唐揚げ。美味!
IMG_4823.JPGIMG_4824.JPG
↑ 汁なし担々麺

23時、散会。
ああ、おいしかった、楽しかった、お腹いっぱい。

0時20分、帰宅。

6月20日(火)明治大学文学部「ジェンダー論」第10講「衣服とジェンダー&セクシュアリティ(2)―身体と装いの間―」 [お仕事(講義・講演)]

6月20日(火)  晴れのち曇り  東京   28.0度  湿度65%(15時)

9時、起床。
朝食は、ペッパーシンケサンドとコーヒー。
IMG_4804.JPG

シャワーを浴びて、髪と身体を洗い、髪はよくブローしてあんこを入れて頭頂部で結んでシュシュを巻く。
化粧と身支度。
黒地に茶と白の花柄のロングチュニック(3分袖)、黒のレギンス(5分)、黒のサンダル、ワインレッドのバッグ

11時、家を出る。
IMG_4807.JPG
東急目黒線から東京メトロ南北線に入り、永田町駅で半蔵門線に乗り換え、神保町駅へ。
車中、コメント票を読む。
歩いて駿河台下の明治大学へ。
IMG_4808.JPG
12時25分、講師控室に到着。
レジュメは3枚×450部=1350枚を印刷。
2回に分けて教室に運ぶ。
レジュメを運びセットして、パワーポイントセッティング

講師控室に戻り、コンビニで買ったお握りで腹ごしらえ。
IMG_4809.JPG

13時30分、文学部「ジェンダー論」の講義開始。
第9講「衣服とジェンダー&セクシュアリティ(1)―人はなぜ服を着るのか?―」の続き。
1 衣服の機能
(1)性器の隠蔽
(2)身体の保護・保温
(3)着心地・運動性
 (Topic1)貴族女性のドレスと運動性
(4)性別(ジェンダー)指標
 (Topic2)「モテ服」の不思議 
 (Topic3)「お立ち台ギャル」は誘っているのか?
---------------------(ここから)---------------------
(5)身分指標
 (Topic4) 武士は、なぜちゃんと着衣しているのか?
 (Topic5) 欧米における娼婦の記号  
(6)自己表現 
 (Topic6)  ふたたび、性的誘引か、自己表現か

ここで、単位レポートの解説。
もうそんな季節になったのか・・・。

続いて、第10講「衣服とジェンダー&セクシュアリティ(2)―身体と装いの間―」に入る。
1 「衣服」の構成要素 ―どこまでが装い?どこからが身体?―
 (1)服
 (2)装身具
 (3)身体装飾
 (4)身体変工
----------------(ここまで)-----------------
2 ファッションとジェンダーの構造
 (1)裸体と着衣のジェンダー&セクシュアリティの構造
 (2)「見えない強制」の構造―「させられている」のか「しているのか」?―
3 ファッションとジェンダーの基本
 (1)ファッションとジェンダーの非対称性
 (2)ファッションの基本的自由と社会性
 (3)ファッションの自己決定の重要性

15時10分、終了。
遅れが取り戻せない。
来週頑張ろう。

講義後、卒業生のK君来訪。
ホールで40分ほど面談。
ボランティアを疲弊されるイベントは考えものだ。

2時間ほど残業。
残りレジュメとコメント票の整理、さらに出欠記入。
廊下で田中洋美先生と出会う。
18時過ぎ、辞去。
路上で平山満紀先生と出会い、立ち話。

エネルギーが枯渇寸前だったので、神保町すずらん通りの「サンマルクカフェ」に寄り、レモンチョコクロワッサンで少し補充。
IMG_4810.JPG
神保町駅から都営地下鉄新宿線に乗る。
(続く)


歯科医院へ(2度目) [日常(通院)]

6月19日(月)
(続き)
駒澤大学駅の246でタクシーを拾う。
世田谷郵便局の手前で右折して「明薬通り」に入り、下馬1丁目交差点で「三宿通り」に入り五本木交差点に出てもらい駒沢通りを渡って、学芸大学駅の近くで下車(1370円)。

このルート、学生時代に三軒茶屋の明治薬科大学の近くに住む友人の下宿にときどき歩いて遊びに行った道で懐かしい。
40年経って、道も沿道の家並もすっかりきれいになっていた。

喫茶店で、コメント票や本を読みながら時間調整。

17時50分、歯科医院へ。
左下奥の歯冠の修復。
仮蓋を除去して、新しく作ってもらった金属を入れる。
噛み合わせを丁寧に調整してもらう、
施術時間45分、料金9160円。
2度の治療で済んだ。
18時45分、辞去。

19時半、帰宅。

6月19日(月)駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部でゲスト講義 [お仕事(講義・講演)]

6月19日(月)

9時、起床。
朝食は、グレープフルーツ・デニッシュとコーヒー。
IMG_4785.JPG
シャワーを浴びて、髪にあんこを入れて頭頂部で結んでシュシュを巻く。
化粧と身支度。
黒地に茶と白の花柄のロングチュニック(3分袖)、黒のレギンス(5分)、黒のサンダル、ワインレッドのバッグ。
ゲスト講義はできるだけ和装でするのだが、今日は夕方、歯科医院の予約を入れてしまったので洋装。

11時過ぎ、家を出る。
今日は、夏の気温。
IMG_4786 - コピー.JPG

東急東横線(自由が丘駅乗換)同大井町線(二子玉川駅乗換)同田園都市線を乗り継いで、駒沢大学前駅で下車。
246(玉川通り)を歩いて、駒沢交差点角の「すき家」で昼食。
IMG_4787.JPG
↑ 牛丼(並)セット(480円)

12時25分、徒歩数分の駒澤大学正門へ。
IMG_4788.JPG
IMG_4789.JPG
大正時代の先生のようないで立ちの山口浩教授に迎えに来ていただく。

今日は、駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部「実践メディアビジネス講座I」(担当:山口浩教授)のシリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」に呼んでいただき、「メディアとL/G/B/T」というテーマでお話する。

駒澤大学は私の「仕事部屋」から遠くないのだが、大学院生の頃、学会で訪れて以来、たぶん30数年ぶり。
ゲスト講義は初めて。
IMG_4790.JPG
↑ 控室の書架(左から3冊目に注目)

大きな階段教室に受講生は約200名ほど。

13時過ぎ、「メディアとL/G/B/T」の講義開始。

はじめに ―L/G/B/Tとは?―
1 テレビの中のL/G/B/T -その問題点-
(1)取り上げ方のアンバランス
(2)トランスジェンダーの扱いにおけるダブル・スタンダード
2 「おネエ」カテゴリーの問題性
(1)「おかま」という言葉
(2)「おネエ」という言葉3 トランスジェンダーとメディアの歴史 ―まとめにかえて―

学生さん、熱心に聞いてくれたけど、質問が出ない。
(3)テレビ・メディアにおける「おネエ」カテゴリー

「えっ、どうして? 伝わらなかった?」
山口先生の質問でつないで、やっと最後になって3人手が上がった。

失敗とまでは言わないが、うまくいかなかったという感じ。
なんでだろう? レギュラーの講義では、けっこう食いつきが良いテーマなのだけど。
もっと、前提的なことからしゃべればよかったのかも。
でも1コマ(実質70分)だからなぁ。

14時30分、終了。

控室で山口教授、聴講してくださった荻野幸太郎さん(うぐいすリボン)と懇談。
15時40分、辞去。
(続く)

トランスジェンダー(MtF)学生の女子大学への入学問題 [現代の性(性別越境・性別移行)]

6月19日(月)

今朝の『朝日新聞』1面トップで「『心は女性』(トランスジェンダー)女子大も門戸?」の大見出し。

戸籍上は男性のトランスジェンダー(MtF)の学生の女子大学への入学を5校の女子大学が検討中という内容。

それは、とても結構なことだが、問題はなにをもって「心は女性」と認定するのか?
それはとても難しいことだと思う。

もうすぐ病名としてなくなる「性同一性障害」の診断書をもって認定するような病理前提はもう完全に時代遅れなので止めてほしい。

【追記】
私は、性別がはっきり区分されるような場所には、できるだけ近づかないようにしてきた。
女性専用車両とか、映画館のレディース・デイとか、区分されるときにトラブルにならないよう用心していた。
そういう人間からすると、トランスジェンダーがわざわざ女子大学に進学しようという気持ち、微妙にわからない部分がある。
どうしてもその女子大に行かなければならない理由(学問専攻がそこしかないとか、地域的にそこしか通学できないとか)があればともかく、男女共学の大学はいくらもあるわけで、そちらの方が、性別の制約はずっと緩く楽だと思うから。
もし、女子大に入学することで「自分が女性である」ことの承認が得られるというような発想で女子大への進学を望む人がいるとすると、ちょっと首を傾げたくなる。

そういう人がいるかもしれないということを承知(覚悟)で、女子大の先生方が「門戸開放」するのなら、私のような古い人間は何もいうことはない。
時代は変わっていくし、変えていかなければならないのだから。
----------------------------
「心は女性」女子大も門戸? 8校が検討前向き

IMG_4803.JPG
「出生時の性別が男性で、心の性別が女性」のトランスジェンダーの学生の受け入れの検討状況

生まれた時の性別が男性だが、心の性別が女性のトランスジェンダーの学生の受け入れについて、国立2校、私立6校の8女子大が、検討を始めたか、検討を始める予定であることが朝日新聞の調べでわかった。現時点で動きはないが、将来「検討するべき課題」と考える女子大も6割強の41あり、女子大が「多様な女子」にどう門戸を開いていくのかが注目される。

多様な性、女子大向き合う 「心は男性」学生から相談も

日本の女子大はこれまで、戸籍上の女子を前提にしてきたが、性同一性障害の診断書で判断するなどの方策を検討する。米国では複数の女子大が、自己申告などでトランスジェンダーの学生を受け入れている。

朝日新聞は今年4~5月、全国76女子大の学長にアンケートを送り、64大学から回答を得た。回答率は84%だった。

「出生時の性別が男性で、心の性別が女性」のトランスジェンダーの学生を受け入れるかどうか「検討している」と答えたのは、3月に検討開始の方針を明らかにした日本女子大(東京都文京区)のほか、お茶の水女子大(同)、津田塾大(同小平市)、東京女子大(同杉並区)など計5大学。また今後「検討を始める予定だ」と答えたのは奈良女子大(奈良市)、学習院女子大(東京都新宿区)など3大学だった。それぞれ1校が校名の非公表を望んだ。

お茶の水女子大は2016年度から、戸籍が女子ではないトランスジェンダーの学生の受験資格について検討を始めた。室伏きみ子学長は「海外だけではなく日本国内でも多様な女子の受け入れ検討を始めている女子大があると聞いている。本学も社会の状況や要請を踏まえ、今後に向けて検討を進めている」としている。

津田塾大は5月、学長、副学長ら8人による検討委員会を開いた。入学資格や「女性」の定義、在学中に性別を変えた学生への対応などを議論する。高橋裕子学長は「戸籍上の女子というだけでは、多様な女子を捉えることはできない。委員会で話し合い、大学としての方針を定めていきたい」とコメントした。

一方、具体的な動きはないが、今後、「検討するべき課題だと考えている」としたのは41大学で、64%に上った。また、10大学が当事者や保護者らから「入学資格はあるか」といった問い合わせがあったと答えた。トランスジェンダーの学生の女子大への入学希望が潜在的にあることがうかがわれる。(杉山麻里子、編集委員・氏岡真弓)



http://digital.asahi.com/articles/ASK624W6RK62UTIL01Q.html?rm=527



新宿「千鳥街」ゲイバー「ジミー」のマダム・ジミーさんの消息 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

6月18日(日)

私が数年前に入手した女装秘密結社「富貴クラブ」の西塔哲会長の写真アルバムにあった新宿「千鳥街」にあったゲイバー「ジミー」のマダムの写真。
西塔会長は「新宿の草分け的存在ばかりでなく、十年衰えを見せない美貌」と評している。
撮影は1964年3月以前。

「女装秘密結社『富貴クラブ』関係写真コレクション(その8)ーゲイボーイの写真ー」として、私のブログに掲載していた。
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2014-09-21-2

今日、そのコメント欄にジミーさんの甥であるAllora さんから書き込みがあった。
----------------------------
文中の「ジミー」は僕の叔父で、体をこわし名古屋の姉(僕の母)が引き取り、昭和57(1982)年に49歳で亡くなっています。
諸事情で僕が小1から中2まで育ててもらって、店にもちょくちょく子供ながら開店前などに出入りしてました。
昭和医大中退で、寺山修二さんの天井桟敷に毛皮のマリーだったかで出演したり華やかな時代もありましたが、本人にとって晩年は寂しいものだったと思います。
----------------------------
また、Allora さんはご自分のブログでも叔父さん(ジミーさん)の思い出を記されている。https://plaza.rakuten.co.jp/jinkun311/diary/201706180001/

亡くなられたのは1982年6月18日、その時49歳ということは、1933年頃の生まれで、ご存命なら今年84歳という計算になる。
壮年で亡くなられたのはとても残念だ。

お元気な頃の写真を、私が入手したのもなにかのご縁、心からご冥福をお祈りいたします。

【解説】
「千鳥街」は少なくとも1967年秋までは存在した新宿の飲み屋街で、御苑大通りが新宿通りの南に延長された時に立ち退きになった。
現在、道路と広いグリーンベルトになっている。
1964年頃には6軒のゲイバーがあり、私は「二丁目ゲイタウン」の原点のひとつと考えている。

その内の1軒である「ジミー」は、二幸(現・アルタ)裏の「夜曲」、三丁目映画館街裏(明治通りの1本東側の通り)の「イプセン」に次ぐ、新宿のゲイバーの「草分け」的存在だった。