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「変態性欲」概念の構造 [性社会史研究(一般)]

5月20日(日)

明治大学文学部(和泉)「身体と社会」の講義で、非典型な性の有り様の病理化と脱病理化の話を少し詳しく話そうと思う。

以前に作った図表があったのだが、状態が悪いので、あらためて羽太鋭治・澤田順次郎『変態性欲論』(1915年初版)を書架の奥から出してきて、作り直す。
変態性欲の構造 - コピー.jpg
19世紀末から20世紀初頭にかけて、こうした構造で病理化されてきた様々な非典型な性の有り様が徐々に脱病理化されていくのが20世紀の歴史で、21世紀初頭の現在は、脱病理化の最終段階ということ。

羽太と澤田の『変態性欲論』は、ドイツの精神病理学者Richard Freiherr von Krafft-Ebing(1840~1902年)の『性的精神病理』(Psychopathia Sexualis、1886年)をベースにしているのだが、部分的に日本の事例を入れている。 

たとえば、「虚物に対する性的狂崇」(フェティシズムに相当)のところで、リボンと手がら・根かけ、コルセットと長襦袢が並んでいたりして面白い。

ちなみに、手がらは日本髪を結う際に、髷に巻きつけるなどして飾る布のこと、根かけは日本髪の髷の根元に巻きつけて用いる紐状の飾り物。

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職務質問の男女差 [世相]

5月20日(日)

男性(とくにゲイ)の知人が、よく「職質」ネタをしているけど、警察の職務質問って、ものすごく男女差がある。
女性は、よほど怪しくないとまず職質はされない。

私の場合、男性時代に1度あるだけ。
学生時代、練馬に住んでいたとき、銭湯に行く途中、警官に呼び止められて「手提げ袋の中、見せてください」と言われたことがある。
通行人に次々に声をかけていたから、何かの手配中だったのだと思う。

女性の格好では25年間、こんなに怪しいのに1度もなし。
歌舞伎町時代、夜中に出会ったパトロールの警官に「早く帰りなさい」と言われただけ。

この男女差はどういうことかと言えば、すごく単純で、警察が指名手配していたり、重点警戒している人物像が、ほとんど(99%近く)男性だから。
(受刑者全体の男女比が10:1、凶悪犯罪限定だともっと差が大きくなる)
交番の掲示板に貼ってある指名手配写真を見れば一目瞭然で、オウムのK池直子が逮捕されてからは、男性ばかり。

もしも、女性の凶悪犯が逃走中という事態になれば、女性も職質されることが増えるだろうが、まあ、そういうことは稀。

やたらと職質される男性諸氏には同情するが、そういう背景なので、ある程度は、仕方がないのかも。
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講義の準備 [お仕事(執筆・成果)]

19日(土)

夜中、来週火曜の講義(明治大学文学部「ジェンダー論」)の準備。
第6講は「L/G/B/Tとは何か ―性的マイノリティをめぐる諸問題―」。
現在進行形の話なので、毎期ごとに話したい内容は増えていくが、レジュメはA4版4枚に収めるという制約があるので苦労する(少しでもはみ出ると、印刷枚数が一気に350枚増える)。
パワーポイント資料も、スライドが増え続け、とうとう70枚に。
100分の授業時間でも足りない。
でも、LGBTの話ばかりしているわけにもいかないのが辛いところ。
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5月19日(土)新宿駅東口、インド料理「サムラート」 [日常(料理・食べ物)]

5月19日(土)  曇り  東京  26.3度  湿度79%(15時)

昼過ぎ、新宿へ。
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1
3時、東口のインド料理の老舗「サムラート」で友人の研究者と打ち合わせを兼ねて会食。
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カレーは、マトン(左)とチキンチリ(右)。
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珍しく真っ昼間からビール(SINGHA)を飲む。
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営業中(1936年)の「新宿遊廓」の航空写真 [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

5月18日(金)

ついに発見!
(いまさら気づいたのだけど)
昭和戦前期の(営業中の)「新宿遊廓」(1922年春開業~1945年5月25日焼失)の全体を写した航空写真(1936年=昭和11年撮影)。
新宿2丁目(1936) (5) - コピー.jpg
中央に黒い部分があるロの字形の大型建物が密集しているエリアが「新宿遊廓」。
これは当時の遊廓建築が中央に中庭を抱き四辺に建物をめぐらす形式だったため、真上から撮影した航空写真だと、こう写る。

「新宿遊廓」の位置。
新宿2丁目(1936) (4) - コピー.jpg
北は靖国通り。
南は新宿通りの1本北の道路。
西は末広通り(当時は東海通り)の建物1軒分東側。
東は仲通りの建物1軒分西側。
大門通りが現在の要通りに相当。
北西の角に、娼妓の性病定期検査をする新宿病院があった(白っぽい建物)。

ちなみに、現在の御苑大通りは、戦後の1949年の開通なので影も形もない。
仲通りが靖国通りに出る直前のY字路は、少なくとも遊廓設置の時からあった。
現在、2丁目「ゲイタウン」の路地の多くが、新宿遊廓の廓内道路だったことも判る。
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5月18日(金)明治大学文学部(和泉)「身体と社会」第5講「衣服とセクシュアリティ(1)―裸体と着衣のエロティズム―」 [お仕事(講義・講演)]

5月18日(金)  曇り  東京  27.1度  湿度77%(15時)

8時半、起床。
朝食はオレンジデニッシュとコーヒー。
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シャワーを浴びて、髪にあんこを入れて、頭頂部で結んで、シュシュを巻く。
化粧と身支度。
黒地に茶と白の花柄のロングチュニック(3分袖)、黒のレギンス(5分)、黒のサンダル、ワインレッドのトートバッグ。

11時30分、家を出る。
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東急東横線(渋谷駅乗換)京王井の頭線で明大前駅下車。
12時35分、明治大学和泉キャンパスに到着。
レジュメは170部、印刷。

13時、レジュメのセッティングと機材の確認のために教室へ。
講師控え室に戻って腹ごしらえ。
渋谷東横店の「魚力」で買ってきた「たっぷり穴子丼」(790円)。
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たしかに穴子はたっぷりだが、タレが甘すぎ。

13時30分、「身体と社会」の講義開始。

まず、第4講「セクシュアリティ論の基礎(2)―セクシュアリティの構成要素 性的指向・性幻想・性的嗜好、そして性行動―」 の残りを解説。

1 性的指向 セクシュアル・オリエンテーション(Sexual Orientation)
2 性幻想 セクシュアル・ファンタジー(Sexual Fantasy)
3 性的嗜好 セクシュアル・プレファランス (Sexual Preference)
--------------(ここから)------------------
4 性的指向と性的嗜好の関係

続いて、第5講「衣服とセクシュアリティ(1)―裸体と着衣のエロティズム―」に入る。

はじめに -問題提起―
1 裸体問題 ―裸体は常に「エロい」か?―
2 着衣問題 ―セックス(性行為)するとき、裸になる?―
3 部分着衣問題 ―一部を隠す、区画する―

余裕をもって15時09分、終了。

講義後、真面目そうな女子学生さんが来て質問。
「先生のようなセクシュアリティの研究者になるにはどうしたらいいでしょうか?」
う~ん・・・、返答に詰まる。
「先生のような・・・」の部分に重きを置くと、「ほとんど、なれません」と答えるしかない。
なので後半に重きを置いて、
「日本の大学では、セクソロジーそのものを学べるところは少ないので、やっぱり、社会学を学ぶのが一番でしょうね」
と返事。
「セクソロジーだと、どんな先生がいますか?」
と重ねて質問してきたので、これはそれなりに本気だなと思い、私が尊敬する大阪の先生の名前を教える。

事務室に寄って、受講者名簿をプリントしてもらう。
履修登録者、171名。
お引き受けする時に聞いた80名の倍。

講師控え室で、残りレジュメの整理。
コメント票の整理。
出欠記入。
16時10分、辞去。

武蔵小杉の「イトーヨーカ堂」へ。
トリンプの特売だったのでショーツをまとめ購入(6枚)。

駅構内の「タリーズコーヒー」で休憩。
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出欠2回分を記入。

18時半、家猫さんと待ち合わせ。
自宅最寄り駅前の回転寿司へ。
息子も合流。
5皿+海苔汁。
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20時過ぎ、帰宅。
1時間ほど仮眠。

起き出して、お風呂には行って温まる。
夜中、少し作業。

就寝、4時。


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トランスジェンダーの人権地図 2018年版(Transgender Europe) [現代の性(性別越境・性別移行)]

5月17日(木)

Transgender Europeによる「トランスジェンダーの人権地図 2018年版」(その1)。
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水色が法的な性別変更に、sterilisation(直訳は不妊手術、意訳すると生殖腺の切除を伴う性別適合手術)を必要としない国。
ヨーロッパ地域では、圧倒的に主流。

赤茶色が必要とする国。
ヨーロッパ地域では、すでに、フィンランド、ラトビア、ルクセンブルグ、チェコ、スロバキア、ルーマニア、ブルガリア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、トルコなど、限られた国になっている。
アルバニア、マケドニア、コソボは性別変更自体が違法。

Transgender Europeによる「トランスジェンダーの人権地図 2018年版」(その2)。
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TRANSGENDER EUROPE2018-2 (2).jpg
赤茶色が法的な性別変更に、精神医学的診断を必要とする国。
水色が必要としない国。
デンマーク、ノルウェー、アイルランド、フランス、ギリシャなどまだ少ないが、5月にWHO(世界保健機構)総会でICD-11が採択され、性別移行の脱精神疾患化が達成されれば、水色が急速に増えていくと思われる。
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歌手の西城秀樹さん、逝去(63歳 [訃報・追悼]

5月17日(木)

歌手の西城秀樹さん、逝去(63歳)。
同世代・同年齢(1955年生)なのでショック(合掌)。
「ヤングマン」(YMCA)の元気なイメージと違って、40代後半から何度も脳梗塞を発症するなど、以前から多病だったからなぁ。

急性心不全という死因だが、心筋梗塞の可能性が強いと思う。
血栓・梗塞が起きやすい状態だったのだろう。
それが先天的(遺伝的)な体質なのか、生活習慣に由来する後天的なものなのか、わからないが・・・。

西城秀樹の逝去で「新御三家」の一角が崩れたけど、元祖「御三家」は健在。
やっぱり、私の世代は、上の世代のように長生きできないのだろうな。

「御三家」
橋 幸夫 1943年5月3日生(75歳)
舟木一夫 1944年12月12日 生(73歳)
西郷輝彦 1947年2月5日 生(71歳)

「新御三家」
西城秀樹 1955年4月13日(63歳)逝去
野口五郎 1956年2月23日(62歳)
郷ひろみ 1955年10月18日(62歳)

「たのきんトリオ」
田原俊彦 1961年2月28日生(57歳)
近藤真彦 1964年7月19日生(53歳)
野村義男 1964年10月26日生(53歳)
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二階堂ふみさんの「針突(はじち)」 [生活文化・食文化・ファッション文化論]

5月16日(水)

NHK大河ドラマ「西郷どん」で、西郷隆盛の2番目の妻になる奄美大島の娘・愛加那 (あいかな:1837~1902)を演じている二階堂ふみさんの「針突(はじち)」。
針突(ハジチ).jpg
針突(ハジチ) (2).jpg

「針突(はじち)」とは、琉球王国時代から明治末期まで、琉球弧(沖縄・宮古・八重山・奄美)で広く行われていた女性の刺青。
刺青(沖縄・ハジチ) (2).jpg
竹針で突いて墨を入れることから、漢字では「針突」と書く。
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祇園の高級クラブで豪遊すると&ドンペリを買いに行った話 [現代の性(一般)]

5月16日(水)

テレビ朝日「マツコ有吉のかりそめ天国」で京都・祇園の会員制クラブ(一見さんお断り)で豪遊(1人遊び)すると、いくらかかるかという企画をやっていた。

「神奈比(かんなび)」という、VIPルームは座っただけで32000円(セット料金)、一番安いボトルが15000円(吉四六)、一番高いボトルが30万円という店。
ホステスさんが2人付いて、途中からママとチーママが来て、2時間半。

お支払いは、20万円くらいかな?と予想したら、25万4850円だった。
ちょっと勘が鈍ったかな?
現役の時代から15年も経ってるからなぁ。

で、思い出したけど、1997年か98年頃だったと思う。
お手伝いしていた歌舞伎町区役所通りの店に、かなり酔っ払った客が来た。
「いらっしゃいませ。何にいたしましょう?」と尋ねると、
「ドンペリ」という返事。

基本料金1時間5000円(フリードリンク&カラオケ。以後1時間ごとに+2000円)の店にドン・ペリが置いてあるわけはなく・・・。
「お客さんがドンペリって言ってますけど・・・」とママに報告すると、やっぱり「あるわけないでしょ」の返事。

その間にも、酔っ払って気が大きくなっている客は
「なんだ、この店はドンペリも置いてないのかぁ!」
と叫んでいる。

ママが「しかたないわね。順ちゃん、悪いけど、ひとっ走り行って買ってきてくれる」と言う。
で、深夜営業の酒屋「信濃屋」に、ほんとうに走って行った(当時は走れた。しかもミニスカート&ハイヒールで)

たしか5万円だったと思う。
ドンペリの箱を抱えて、往復10分で店に戻り、ママに手渡す。

眠くなっておとなしくなった客に、ママが「はい、お待ちかねのドンペリが来ましたよ」と言いながら、ピンク色の液体を注ぐ。

後でママに「お会計いくらにしたのですか?」と聞くと、「あんなもの定価なんてないのよ。切りよく10万円にしたけど、もうちょっと取った方がよかったかしらね」という返事。
「良心的だと思います」と私が言うと、「はい、順ちゃん、お使い賃」と言いながら1万円札をくれた。

そんな時代もあったということ。
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