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『朝日新聞』教育欄「いま子どもたちは 男装/女装」(第10回) [現代の性(いま子どもたちは 男装/女装)]

8月8日(木)
『朝日新聞』教育欄「いま子どもたちは 男装/女装」の第10回。
今回の見どころは、デジタル版に載っている五十嵐さんという「男の娘」の写真。
http://www.asahi.com/culture/articles/TKY201308070557.html
いや~ぁ、すごい!
でも、こういう「娘」が「男の娘」の標準レベルにされると、みんな困ると思う。
「女装男子」に対する社会の評価が厳しいのは、「見られる性」としての女性になるから。
「わざわざ『見られる性』の女になるんだから、それなりのものがあるんだろうな?(そうじゃなかったら許さないよ)」ということで、生得的な女性よりもさらに厳しく評価される。

ちなみに、私がそうしたジェンダーの構造、ジェンダーの非対称性を肯定しているかのように批判する人がいるが、それは違う。
論理的に肯定はしないが、そうした現実があることを踏まえて、対応すべきだと言っているだけ。

短いけども、今回もデジタル版でコメントしている。
私のコメント解説は、このシリーズで4度目。
たぶんもう1回、最終回に登場する予定。
7月24日 第1回(紙面)「この世代ならではの文化」
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2013-07-24-2
7月31日 第5回(デジタル版)「『華やか』男装、『日陰者』の女装 寛容度に差、なぜ」
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2013-08-01-2
8月7日 第9回(デジタル版)「今どき女装は「かわいい」が鍵」
http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2013-08-07
8月8日 第10回(デジタル版)「女装はなぜ難しいのか」
合わせて、お読みいただけたら、幸いです。
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(いま子どもたちは)男装/女装:10 
女性服着て、自由を手にしたんだ

「『あの格好なんだろう?』と目に留まるようなファッションを目指す」と言う大内修平さん=東京都渋谷区
 No.568
女物のスカートをはき、腰あたりではワンピースの裾をフリルのようにチラ見せ。男物のシャツを重ね着し、サングラスでキメている。
「女装じゃないですよ」
そう話すのは、東京都内に住む大内修平さん(18)。「バンタンデザイン研究所」(東京都渋谷区)で、ファッションを学んでいる。女性ものの服をうまく採り入れるのが、彼のスタイル。「女を装う」のではなく、あくまでも男として着る。
種類が乏しい男性服に比べ、女性服は多種多様だ。コーディネートに加えると、組み合わせがぐんと増える。女性服は、自分で買いにいくという。
5月にあったファッション誌の編集長の講演が、女性服を着るきっかけになった。「いま、ファッションには男女なんて関係ない」。その言葉とともに、女性服を着た外国人男性モデルのショーの映像を見せられた。「かっこいい」と素直に思ったという。
男の自由度が低いのは、服だけではない。大内さんは中学時代、必死に勉強をしていた。「男だから、将来は家族を養わなきゃいけない。いい大学に行かなきゃならない」。それが当然という重圧があった。
ところが中2の夏、ファッションリーダーとして若者に人気のあるミュージシャン、VERBAL(バーバル)を知り、ファッションの世界に心を奪われた。「ファッションで生きていこう」と決め、受験のための勉強をやめた。今では、「男女関係なく、好きなことをして食べていけたらそれでいい」と思っている。
「もしファッションに出会わなかったら、たぶん大学に行って、好きでもない勉強を漠然と続けてたと思う」。そう言って顔をしかめて見せた。
毎日ファッションのことを考え、仲間と熱く語るのは楽しい。女性服を着るようになってから、より一段と斬新なファッションを思いつくようになったという。またひとつ、自由を手にした。
 (原田朱美)
 〈+d〉デジタル版に「女装はなぜ難しいのか」
http://digital.asahi.com/articles/TKY201308070646.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201308070646
SCN_0068 (3).jpg
SCN_0069 (2).jpg
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(以下、デジタル版のみ掲載)
女装はなぜ難しいのか

女装した五十嵐さん。「女装したら似合う顔立ちなんじゃないか」と思い、半年ほど前から女装を始めた。「ネットにあげて目立ちたいだけで、性的な指向ではないです」と話す
【原田朱美】東京都在住の女装男子、五十嵐智紀さん(20)は、ある男装女子の写真を見て、こう言った。

「こんなの、ずるい! 男装って言ってるけど、男には見えないじゃん!」
彼が言いたいのは、変身のクオリティーのことだ。女装は、男っぽさが残っていると「キモい」と嫌われる。だから女装男子は、ただの女子ではなく「かわいい女子」にならなければ、認めてもらえない。
一方、男装は女の子っぽさが多分に残っていても、拒否されることはない。たとえばEXILEのような「いかにも男性」という見た目にならなくても受け入れられる。
男装は女装ほど努力をしていないじゃないか、というのが五十嵐さんの主張だ。ちなみに、五十嵐さんの女装姿を見ると、たしかに「かわいい女子」になるべく頑張っている。

ではなぜ、女装は難しいのか。
社会的な受容度の違いもあるが、何より男女の骨格の違いが大きい。男性は、骨格が女性より太い。ぱっと見た時の違和感の大きさが、男装より女装の方が大きいのは、これによる。骨が細い女性が太く見せるには着る物で調節できるが、太いものを細く見せるには、骨を削る以外にないのだ。
男女の体の違いが大きい場所は、背丈、肩幅、のど、骨盤、おしりなど。顔では、額、あごなどが特徴的だ。性同一性障害の人の中には、こうした特徴を消すための手術を受ける人もいる。

骨格の太さはどうしようもなくても、写真写りでごまかすというテクニックもあるらしい。
冒頭の五十嵐さんは、ウィッグで額と眉毛を隠して撮ると「ぐっと女っぽくなる」という。
別のある女装男子は、「片方の肩を前に出し、もう片方を後ろに引いて斜めに写るようにする」と教えてくれた。そうすると、肩幅が多少は狭く見える。インターネットで知り合った女装の先輩に教えてもらったという。女装男子たちは、こうしたノウハウを互いに情報交換している。

ただ、「今は昔ほど女装は難しくない」と、明治大学非常勤講師の三橋順子さんは指摘する。
最近の男性は、「ほっそりしたあごやウエストなど、骨格が細い人が増えている」と三橋さん。身長が高い女性も増えたため、女装した男性が飛び抜けて大きく見えてしまうということも減った。三橋さんは「もちろん個体差はありますが、全体的には女装をしやすい時代になってきたと思います」と言う。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201308070557.html

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コメント 4

Recar

朝日の新聞記事、毎回興味深く読んでます。また当事者としてして先生のブログや過去の掲載等も参考にしております。

さて私たちGID、トランスジェンダーMtFが今の社会一般の人達からどのように思われ、受け入れられているかです。やはりその個人の資質や周りの環境も個々ありますがおおかたマスメデイアを中心とした情報源だと思います。多少の専門家の書籍や教育現場での知識の習得などは一般の人達にとって極々微細なものとだと思います。それよりも朝日の特集記事やアダルト、ノンアダルトの刊行媒体のほうが都合よく他者にとって今の時流にあった興味本位(販売利益等)の企画が受け入れやすく理解されてると思います。

ここで懸念されることはトランスを実行する年齢が低年齢化しつつあると言う記事です。たとえば私たちが性違和を覚えトランスするまでにはそれなりの時間と周りとの見極めがあって決断しましたが、今の娘は誰が言ったか流行り病のように何の躊躇無く環境がそろえば簡単にハードルを飛び越えてこちらに来てしまうことです。トランスすることに興味を持つことは決して悪いことではありませんが、せめてある程度の異性に対してふれあって自己の性自認見極められる年代になってからでも良いと思います。
私から言わせれば若ければ若い娘ほど魅力がありその手のおじ様の標的になりえるからです。私もそうですがトランスするのにはお金がかかります。それを容易く解決するのはやはり夜の世界ではないでしょうか
。もしそれで性自認があやふやな精神状態でおじ様に性の対価として援助を受けてしまったら...もう前の世界には戻れずホルモンや闇医療に進みあげくの果てには悲しい結末を迎えることも予想されます。
まあこれも個人の問題であり、とやかく言うことではありませんが、ただこのようなことを含めて性風俗、性文化の社会と括るのも教鞭をお持ちになる先生にも何かご意見がおありだと思います。

昨今、確かに一般社会にも私たちの(ゲイ、オカマ?)性文化が多様に取り上げられ認知され、ましてやLGBTのSEXも『生殖に直決しない性』と理解されつつあります。これからこのようなGID,トランスジェンダーの社会的評価は医療保険の分野から先生の社会的性文化の方へ大きくシフトして行くことでしょう。そして今の閉塞した社会、格差社会の実状を踏まえ私たちが特別な存在価値としその評価の中に性的な(両性具有、レディーボーイ、先生のお若いころの魅力的なお写真等)ターゲットとして扱われる懸念が潜んでいるような気がします。

by Recar (2013-08-09 19:19) 

三橋順子


Recarさん、いらっしゃいま~せ。
『朝日新聞』教育欄の「いま子どもたちは」は、570回に達する超ロング企画で、教区関係者や教育問題に関心がある知識人の固定読者をもっているコーナーです。
そこで「男装・女装」を教育問題として、また若者の文化として肯定的に取り上げた意義と影響力は大きいと思います。
その影響が自分の性別に程度の差はあれ違和と生きづらさを感じている子供たちの状態を少しでも改善すると信じています。

それと、資本主義社会である日本に、興味本位(販売利益等)の企画が行われるのは、ある意味仕方がないことで、そうでないまじめな(非営利的な)企画をどう作ってもらうかをサポートすることが私のような立場の者(研究者)の社会的役割として重要だと思っています。
その2つの理由で、私は全面的だからこそ、私は全面的に協力したわけです。

低年齢化の問題は、私も気になっています。
思春期に男装・女装にのめり込むのは、はたしてどうなのか?と正直思います。
ただ、少年・少女の異性装への志向を無理に抑し止めることもまた害が大きいように思います。
それに同じ「流行病」なら、学齢期の子供が「性同一性障害」に囲い込まれて、「治療」の名のもとにホルモン投与をされるよりは、女装・男装の方がよほど問題は少ないと思います。
「後戻り」も効きますし。

トランスにお金がかかる→夜の世界→男性からの誘惑→男性への性的従属→身体の女性化→悲惨なよそう結末というのは、私たちの世代、つまり20世紀的な発想です。
そうしたケースが現在、今後、無いとはいいませんが、もうそういう構造は崩れています。
現代の「男の娘」をサポートしているのは、同世代の女の子たちです。
女装を取り巻く環境は大きく変わっているのです。
まあ、それだけ大人の男性(おじさん)の社会的力が低下したということです。

前にもお返事しましたように、性別移行に対する社会認識が、性同一性障害のような医療福祉的なものから、トランスジェンダー的な性文化(カルチャー)的なものへ変化しているという認識が間違っています。
どちらも在っていいわけで、性別移行に対する社会認識としては、2つの形があることが健全だと思います。

1998~2008年の性同一性障害の大流行期には、メディアの「性別移行」に対する認識は医療福祉一本槍でした。その間、性文化的な見方はほとんどされず、トランスジェンダーにとっては「失われた10年間」でした。
兆し的には2008年頃から、本格的には2010年代になって、メディアが性文化としての性別越境(女装・男装に関心を持つようになり、2000年の伝統をもつ日本のトランスジェンダー文化は再び日の目を見るようになりました。
世界的な潮流、メディア業界を含めた現代の「若手」の認識を考えると、もう「医療福祉一本槍」の異常な時代に戻ることはもうないだろうと思います。
今後は、性文化(カルチャー)と医療福祉の両輪で、「性別移行」に対する社会認識が深まるよう、生まれ持った性別とは別の性別を生きる人たちが少しでも暮らしやすくなるよう、社会に働きかけていくべきだと思います。

(追記)私は、自分が他者の性的欲望の対象になることを否定しません。むしろそう扱ってもらえるうちが「華」だと思っていますし、そうした男たちへの対処の仕方も磨いてきました。
美しいこと、性的魅力があることは一種の「力」だと思っています。現状の私はもう無理ですが(笑)

by 三橋順子 (2013-08-10 05:09) 

Recar

先生、早速のお返事ありがとうございました。
私、先生のこと大好きです♪♪
by Recar (2013-08-10 09:37) 

真樹猫ちゃん

>でも、こういう「娘」が「男の娘」の標準レベルにされると、みんな困ると思う。
いえいえ、くのくらいはもう平均というようになってもらわないとw
楽しみが増えませんにょで。

by 真樹猫ちゃん (2013-08-10 13:14) 

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