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『朝日新聞』教育欄「いま子どもたちは 男装/女装」第12回(最終) [現代の性(いま子どもたちは 男装/女装)]

8月10日(土)
『朝日新聞』教育欄「いま子どもたちは 男装/女装」の第12回(最終)
7月24日から始まった連載も3週間12回で完結。

紙面で「男の娘」のことを「性的マイノリティーの人は、どう見ているのか。」という部分が気になった。
これだと、「男の娘」は「性的マイノリティ」ではないという構造になってしまう。
実際には、「男の娘」には、性的マイノリティという意識を持っている人も、性的マイノリティではないと言う人も含まれているわけで、そこらへんの多様性が「男の娘」の特質だと私は思っている。
そもそも「誰が性的マイノリティか?」ということを外的に規定するのはかなり問題がある。
その背景として、この10年間、トランスジェンダーか、性同一性障害者かという対立構造をベースに「誰が性的マイノリティか?」を外的に規定する議論が延々と行われ、その過程で新たな差別の再生産が行われてきた歴史がある。
私としては新しい「男の娘」概念には、そうした誰も得るものがない、お互いを傷つけるだけの不毛の構造を超えて欲しいという思いがあるので、その点、最後の最後で、また不毛な構造に引き戻された感じがして残念に思った。

それはともかく「男装/女装」というテーマを『朝日新聞』の教育欄が取り上げた意義は小さくない。
男装や女装をする生徒を「問題行動」や「病気」ととらえるのではなく、なぜ彼女/彼たちがそうした自己表現をしようとするのかを考えて、見守って欲しい。
これを機会に学校現場での理解がいっそう進むことを願う。

担当の原田朱美記者は、お世辞抜きで良い仕事をされたと思う。
私も、お手伝いができて幸いだった。
同時に、「女装」関係者の一人として、こうした連載企画を実現してくださったことに、心から感謝している。
「お疲れ様でした。そして、ありがとうございました」
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いま子どもたちは)男装/女装:12 
一人ひとり、違うと分かって

「若衆Bar化粧男子」の事務所で働く佐々木和さん=東京都文京区
No.570

「見た目は女性、中身は男性」とされる「男の娘(こ)」。
そのブームは10代にも広がっている。性的マイノリティーの人は、どう見ているのか。

「『男の娘』って、すごくあやふやですよね」
東京・湯島の飲食店「若衆Bar化粧男子」で働く佐々木和(のどか)さん(23)はそう話す。男性として生まれ、それに違和感を感じている性同一性障害だ。

「男の娘」の定義ははっきりしない。単に「見た目が女性」という人をそう呼ぶことも多い。佐々木さんは、自分が「男の娘」と言われるのは嫌だという。男性であることが苦しいのに「中身は男性」という人を意味する言葉でくくられるのはつらい。「そもそも『男』っていう字が入ってますよね」

「男の娘」の中には、「かわいく変身した自分」を見せたい人が少なくない。佐々木さんは違う。「とにかく人目につかないように、男だと見られないように、隠れて生きてきた」。着る服も化粧も、飾り気のない、ごくふつうの女性のものだ。

職場の経営者は、女装男子のリーダー的存在である井上魅夜(みや)さん(31)だ。井上さんの元には、様々な性的マイノリティーの若者が集う。

井上さんは「『男の娘』の中には、性的マイノリティーも多い。オカマ、ニューハーフといろんな表現を経て、今は新しくて色のついていない『男の娘』という言葉の陰で一息ついているんです」と言う。

一緒にされたくないという佐々木さんとは逆に、「男の娘」ブームを利用して、世間の偏見から逃れようとする人もいる。華やかで明るい男装と違い、女装の世界は複雑だ。

佐々木さんは、性同一性障害の人たちの交流の場を作る団体に参加する。「『オカマ』も『女装』も『男の娘』も、世間的には同じかもしれない。でも一人ひとり違うって、分かってもらえるような活動がしたい」
 (原田朱美)
     ◇
「男装/女装」は終わり、次回は21日に始めます。
 〈+d〉デジタル版に「男装女装を許さない時代の共通点」
http://digital.asahi.com/articles/TKY201308090437.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201308090437
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(以下、デジタル版のみの掲載)
男装女装を許さない社会

明治大学非常勤講師の三橋順子さん。トランスジェンダー(性別越境者)で、女装を実践・研究している。著書に「女装と日本人」など

【原田朱美】明治大学非常勤講師の三橋順子さん(性社会史)に、男装・女装と社会との関係について語ってもらった――。
     ◇
男装女装が許されなくなった歴史上の最初の転換点は明治だと思う。欧米に追いつこうと欧米の思想を輸入した際、「男は男らしく、女は女らしく」という規範が庶民にも広まった。

次は、戦時体制になった昭和10年代から。「お国のために戦う」という時代で、男性が男性性を捨てることは許されなかった。

第2次世界大戦後、それまでの軍の締め付けが緩み、1940年代後半から50年代にかけて女装の男娼(だんしょう)やゲイボーイが出てきたが、高度経済成長期を迎えると、再び女装のブームはしぼんでいく。

高度経済成長期は、24時間働く「企業戦士」という闘争的な男性像が一般的だった。企業戦士たりえない男性は社会から認めてもらえない。一方、女性は「一般職OL」という男性を補佐する存在。こうした「企業的なジェンダー」が社会を覆っていた。

明治、戦争、高度経済成長という三つの時代に共通するのは、社会が単一化しているという点。目標に向かって一丸となって戦うというときは、単一化圧力が強くなる。逆に言うと、多様性が失われた社会。そうした時代がいったん崩壊すると単一化圧力が弱まり、男装女装のブームが出てくる。

この10年の男装女装のブームは、60~90年代に築かれた企業的ジェンダー観の崩壊の表れではないか。

男装女装を許す時代を「下り坂のダメな時代」と考えるか、「多様化を尊重する時代」と考えるかは価値観による。

連載「いま子どもたちは 男装/女装」を読んでいると、特に女装をめぐり、社会の厳しい視線が子どもたちに精神的な負荷を与えている様子がよくわかる。大人たちには、子どもたちの男装・女装を、自己表現のひとつとして受け取ってほしい。頭ごなしに否定的なとらえ方をしないでほしい。(談)
http://digital.asahi.com/articles/TKY201308090375.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201308090375

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