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「現代風俗研究会・東京の会」第19期・新風俗学教室(第3回) [お勉強(研究会)]

2月10日(土)

15時前、有楽町「国際ビル」の成蹊大学サテライトオフィスへ。
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↑ 何度もお世話になったが、今年度限りらしい。

「現代風俗研究会・東京の会」第19期・新風俗学教室(第3回)に参加。

報告者は『学校制服の文化史ー日本近代における女子生徒服装の変遷ー(創元社、2012年2月)の著者、難波知子さん(お茶の水女子大学)。
テーマは「学校制服文化の継承と展開」。

おもしろかったし、いろいろ勉強になった。
以下、メモ。

明治18年(1885)に華族女学校が開校し、下田歌子が女袴(スカート型)を考案する以前、東京女子師範学校(明治7年=1874年開校)では男袴(ズボン型)をはいていたが、「男装」だという批判があった。

当時は女装・男装を禁じた「違式詿違条例」が機能していた時代だが、「東京違式詿違条例」62条には「女ノ着袴スル類、此限に非ズ」とあり、例外とされていたにもかかわらず・・・。

明治32年(1899)の高等女学校令で、全国に女学生が誕生し、女袴が制服化する。
すると、どこの女学生か判別するため袴に校章入りのバンドをしたり、袴の裾にラインや模様を入れたりした。

戦前の制服は、形の規定はあったものの、作る場所(商店・裁縫所、さらには母親の手作り)が違うので、生地や細部が微妙に違っていて、多様性があった。
それがまったく画一化するのは昭和戦後期で、制服メーカーの大量生産が始まってから。

18時、閉会。

イルミネーションがきれい。
IMG_8803.JPG
懇親会は「新東京ビル」のイタリア料理「マルゴ ルナソラ」。
21時過ぎ、散会。

外に出たら小雨が降り出す。
歩いて東京駅へ。
IMG_8807.JPG
22時半、帰宅。
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