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俳人の金子兜太さん、逝去 [訃報・追悼]

2月21日(水)

俳人で文化功労者の金子兜太さん、逝去。

高校の大先輩。
亡母の知人。
その縁もあって一度だけ俳句の添削指導をしていただいたことがある。
98歳は大往生だと思う(合掌)
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金子兜太さん死去=現代俳句の旗手、文化功労者―98歳

俳人で文化功労者の金子兜太(かねこ・とうた)さんが20日午後11時47分、急性呼吸促迫症候群のため、埼玉県熊谷市の病院で死去した。98歳だった。

先鋭かつ骨太な作風で戦後の現代俳句をリードし、豪放な発言と人柄でも人気を呼んだ俳人で文化功労者の金子兜太(かねこ・とうた)さんが20日午後11時47分、急性呼吸促迫症候群のため、埼玉県熊谷市の病院で死去した。

98歳だった。葬儀は近親者で営む。喪主は長男真土(まつち)さん。

埼玉県小川町生まれ。同皆野町に育った。父の影響で作句を始め、学生時代から俳誌「寒雷」などに投句、加藤楸邨に師事した。

1943年東京帝国大を繰り上げ卒業し日本銀行入行後、海軍に任官。トラック諸島(現チューク諸島)で餓死者などが相次ぐ中、終戦を迎えた。46年帰国。日銀に復職する一方、作句活動に力を入れ、時々の社会問題を積極的に詠み込む「社会性俳句」の旗手として、56年現代俳句協会賞を受賞した。

季語や五七五の形式にとらわれず、先鋭な隠喩表現を重視する「造型俳句論」を提唱。「彎(わん)曲し火傷(かしょう)し爆心地のマラソン」に代表される「前衛俳句」の第一人者として活躍し、62年に俳誌「海程」を創刊。85年には自ら主宰となり、写生重視、花鳥諷詠を旨とする伝統派に鋭く対抗した。

やがて小林一茶らの研究を通じ、作風も自らの産土(うぶすな)秩父の風土や、さまざまな命との交感の思いを濃厚に打ち出すようになり、「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」「おおかみに螢が一つ付いていた」などの作で話題を呼んだ。83年から現代俳句協会会長、2000年から名誉会長を務め、俳句の大衆化にも貢献した。

豪放で野趣に富んだ人柄の魅力から90歳を過ぎても作句、対談などで幅広く活躍。15~17年には中日新聞などの紙上で作家のいとうせいこうさんらと「平和の俳句」選者も務めた。

句集に「少年」「金子兜太句集」「遊牧集」「両神」「日常」、著書に「今日の俳句」「荒凡夫(あらぼんぷ) 一茶」など。05年より日本芸術院会員、08年文化功労者。

17年には主宰誌「海程」を自身が99歳となる今年9月で終刊する意向を表明していた。


「時事通信」2018年2月21日(水) 1:34配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180221-00000012-jij-soci


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フランス家庭料理「パン デ メレ(Pan de Mére)」 [日常(料理・食べ物)]

2月20日(火)
(続き)
18時20分、武蔵小杉駅に戻る。
駅構内の「タリーズ・カフェ」で休憩。
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家猫さんと待ち合わせて夕食
久しぶりに「グランツリー」内のフランス家庭料理「パン デ メレ(Pan de Mére)」へ。

ソバガキ“ニョッキ”と春野菜のヘルシーサラダ
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ムールマリニエール(ムール貝のプロヴァンスのロゼワイン蒸し)。
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ここに来たときは必ず食べる。
スープがおいしい。

パン
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1個、持ち帰り。

本日のお魚料理。
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オレンジソース、ちょっと味が薄いかな。

羊肉のソーセージ。
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フライドポテトが大量で、お腹一杯になってしまい、デザートが食べられなかった
これで2人で6000円。

20時半、帰宅。

今日は、久しぶりにたくさん歩いたので疲れたが、右足はあまり痛くならなかった。
良い傾向。

お風呂に入って髪を洗う。
明日も早起きなので、早寝する。

就寝、1時半。



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新吉原「カストリ書房」へ [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

2月20日(火) 
(続き)
JR総武線(浅草橋駅乗換)都営地下鉄浅草線で浅草へ移動。
打ち合わせが早く終わったので、1時間ほど余裕。

ずっと行きたくて行けなかった花川戸の履物問屋さんへ。
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下駄を2つあつらえ。
15年来愛用の焼桐の右近の台、これが最後らしい。
15年来愛用の焼桐の右近の台、これが最後らしい。

需要がないので、当然、後継者がいなくなる。
哀しいけど仕方がない。

長年、お世話になっているこの問屋さんも、以前は職人さんがいて、その場で鼻緒をすげてくれた。
客の足を見ただけで、鼻緒の調整をピタリと合わせる名人芸だった。
そのおじいさんもいなくなり・・・、今は2週間待ち。

和装履物、とくに下駄の将来は暗い。
私が生きているうちは、なんとかもって欲しいと思っていたが、悲観的になる。

まだ時間があるので、大川沿いに花川戸の道を歩く。
以前は、ずらりと履物屋さんが軒を並べていたが、ずいぶん減った。

15時過ぎ、言問通りの交差点でタクシーを拾う。
「吉原の大門までお願いします」
初老の運転手、なぜか動揺。
道を間違え、少し遠回り。
しかも「大門まで」と言ったのに、なか(廓内)に入ってしまい、ソープランド街のど真ん中で停車。
メーター通りの料金を渡して「領収書、お願いします」と言ったら、「すいませんでした」と領収書と50円玉を渡された。

少し戻って江戸一通りに入り、「吉原公園」を通って、廓外へ。
お歯黒溝(おはぐろどぶ)跡の道を歩いて、遊廓専門書店「カストリ書房」へ。
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昨秋の移転&新店舗になってから初めて。
昨年、友人の研究者を案内して訪れるはずだったが、体調が優れずキャンセルしてしまったので。

店主に依頼された『風俗科学』1954年7月号を持参。

「かなりあちこち探したのですが、三橋さんのコレクションしかヒットしなくて・・・」とのこと。
まさか「天下の孤本」ということはないだろうが、残存数が少ないのは確かのようだ。

御礼に、千葉由香著『みちのく仙台常盤町 小田原遊廓随想録』(カストリ書房、2018年1月)をいただく。
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なんだか申し訳ないので、私からの「赤線」亀戸の地図(1954年の火災保険地図)を提供。

新店舗、元は皮革工場だったそうで、以前の店舗より倍以上も広い。
手前の作業場だった土間と靴を脱いで上がる部屋が店舗、土間の右側が事務室、そしてその奥が資料室。
購入する本を選んだ後、資料室を見学。
書籍・雑誌だけでなく、関連の地図もファイルされていて、かなり充実している。
2、3、有益な情報をメモ。

伏見通りにわずか2軒だけ残っている「赤線」建築の現状を確認。
(残っていてよかった)

角町のソープランドに来たお客(おじさん)が降りた直後のタクシーを店の真ん前で拾う。
10数年前、同じパターンで乗ったら、運転手に「今日は早番ですか?」って言われたことあった。
今日は何も言われない。
そりゃあそうだ、いくらなんでもこんな高齢のソープ嬢はいない。

浅草でタクシーを降りて、都営地下鉄浅草線に乗る。
(続く)

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都立両国高校附属中学校へ [お仕事(講義・講演)]

2月20日(火)
(続き)
12時50分、JR錦糸町駅の南口に出る。
コーヒーが飲みたくなった。
「〇1〇1」に「スタバ」があったので入る。
休憩、時間調整、トイレ。

京葉通りを東に10分足らず歩き、13時半少し前、都立両国高校附属中学校へ。
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この学校で3月2日にゲスト授業をする。
私を呼んでくださったT先生と、30分ほど打ち合わせ。
会場(会議室)も見せていただく。

中学生の前で話をするのは10年ぶり(2007年の杉並区立和田中学校以来)だが、社会状況が大きく変わったことを痛感。

ところで、両国高校は旧制(東京)府立三中で、下町の俊英が集まる学校。
1960~70年代に活動した女装秘密結社「富貴クラブ」の会長として君臨し、女装者愛好男性(自分は女装しないで女装者を愛でる男性)の典型人物である西塔哲氏は、浅草生まれで府立三中の卒業生。
また、同じ頃、『風俗奇譚』などいくつもの性風俗雑誌の編集・発行者として知られた高倉一氏も府立三中の出身。
「富貴クラブ」と『風俗奇譚』の提携関係は、府立三中の先輩・西塔氏と後輩・高倉氏の縁がベースだった(高倉氏から直接うかがった話)。

というわけで、両国高校は「日本クィア史」に縁があるのだが、そんな話は、当日しない。
(続く)
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遅い初詣 亀戸天神 [日常]

2月20日(火)
(続き)
フィールドワークを終えて、亀戸天神へ。
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今年は、正月明けに風邪を引いてしまい、予定していた初詣に行けなかったので、これが遅い遅い初詣。
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↑ 1994年5月の撮影。
24年も経っているのだから、劣化が著しいのも仕方がない。

白梅はまだ5分咲き。
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八重の紅梅がきれい。
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お参りを終えて、天神橋で横十間川を渡って錦糸町駅に向かう。
昼食を食べる店を探す。
錦糸町の街、なぜかラーメン屋と中華料理屋がやたらと多い。
なんでだろう?と考えながら歩いていたら、元気の良いチャイニーズ姐さんに「いらっしゃいま~せ、お席あいてます」と呼び込まれる。
「逸品園」という店。
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「中国東北料理・四川料理」という看板がいかにも怪しい。
日本で言えば「北海道料理・九州料理」みたいなものだ。
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当たり外れが少ない麻婆茄子ランチを注文(640円)。
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まずくはない、というか熱々なので、寒い中、1時間も歩いてきた身には、それなりにおいしい。
ご飯がいまいちだったが、値段が値段だから、贅沢は言えない。

駅まで歩き、ガードをくぐって錦糸町駅南口に出る。
(続く)
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