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3月3日(土)太田記念美術館「江戸の女装と男装」 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月3日(土)  晴れのち曇り  東京  16.2度  湿度37%(15時)

原宿の「太田記念美術館」の企画展「江戸の女装と男装」を見に行く。
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『朝日新聞』美術担当の記者さんが同行。
企画担当で招待券を送ってくださった学芸員の渡邊晃さんにご挨拶しようと思ったが、残念ながらご不在。

混んでいるというほどでもないが、お客さんは多い。
まだ2日目と言うこともあるが、異性装(女装・男装)が大好きな日本人の文化特性(拙著『女装と日本人』参照)を考えると、企画展の成功は疑いなしだと思う。

小声でコメントしながら、作品を見ていく。

太田記念美術館が「江戸の女装と男装」というテーマを風の便りで聞いた時、「女装はたくさん作品があるけど、男装は少ないよなぁ、バランスがとれるかなぁ」と思った。
ところが、そうではなかった。
1階の展示室は、すべて男装の作品。
ポスターにもなっているように、新吉原遊廓の8月の行事「にわか(俄・仁和賀)」における女芸者の男装をテーマにした作品が最初に並び、次に江戸の大祭、神田祭と山王祭の「手古舞」の芸者の男装が描かれた作品が続く。
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↑ 落合芳幾「獅子王二和賀全盛遊」(1869年)

月岡芳年「風俗三十二相 にあいさう弘化年間廓の芸者風俗」(1888).jpg
↑ 月岡芳年「風俗三十二相 にあいさう弘化年間廓の芸者風俗」(1888年)

歌川広重「東海道五十三図会 四十四 四日市 諏訪明神祭礼」(1849~51).jpg
↑ 歌川広重「東海道五十三図会 四十四 四日市 諏訪明神祭礼」(1849~51年)

たしかに女性が男装する機会としては、この2つが考えられるが、「吉原仁和賀」はともかく、祭礼における「手古舞」の絵がこんなにあるとは知らなかった。
ただ、展示されている作品が江戸(幕末)より明治期のものが目立つのはなぜなのだろう。
この種のテーマが明治になって好まれるようになったということだろうか?

それにしても、女性が男装した「手古舞」に男性が女装した歌舞伎の女形が扮した姿を描いた作品など、「ジェンダーを捻る」ことが大好きな日本人の特性がよくあらわれている。

2階の展示室は、女装の作品が中心。
熊襲タケル兄弟の館に入り込む女装の小碓皇子(ヤマトタケル)、弁慶が女の見誤った五条の橋の牛若丸、そして女田楽の美少女スター旦開野(あさけの)の姿で仇の一族を斬りまくる『南総里見八犬伝』の女装のヒーロー犬坂毛野、『平家物語』の女武者巴・板額など「物語」の女装・男装の作品。
月岡芳年「月百姿 賊巣の月 小碓皇子」(1885~92).jpg
↑ 月岡芳年「月百姿 賊巣の月 小碓皇子」(1885~92)

続いて、瀬川菊之丞(二世・三世)や岩井半四郎(五世)など江戸の庶民を熱狂させた名女形たちの絵姿。
ここでも「三人吉三廓初買」のお嬢吉三や「青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなの にしきえ)」の弁天小僧菊之介など、ジェンダーが転換した人物を女形が演じた姿を描くという「ジェンダーの捻り」が重なる。
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↑ 月岡芳年「月百姿 水木辰の助」(1891年)
水木辰之助(1673~1745年)は元禄期に活躍した人で、芳澤あやめと並ぶ初期女形の双璧。

東洲斎写楽「三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵女房おしづ」(1794).jpg
↑ 東洲斎写楽「三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵女房おしづ」(1794年)

歌川豊国「豊国漫画図絵 弁天小僧菊之介」(1860).jpg
↑ 歌川豊国「豊国漫画図絵 弁天小僧菊之介」(1860年).

面白かったのが最後の「やつし絵」「見立て絵」におけるジェンダーの入れ替え。
歌舞伎の登場人物でいちばん男らしいはずの助六、中国の仙人や隠者(寒山拾得)、さらには「三国志」の諸葛孔明や劉備玄徳まで女にしてしまう。
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↑ 勝川春好「三代目瀬川菊之丞の女助六」(1785年)

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↑ 鈴木春信「やつし費長房」(1765年)
勝川春扇「やつし玄徳雪中訪孔明」(1806~20).jpg
↑ 勝川春扇「やつし玄徳雪中訪孔明」(1806~20年)

中国人が見たら驚き呆れる(さらには怒る)日本特有の「ジェンダー転換」の感覚。
そうした感覚は過去の物ではなく、現代の日本で「西遊記」の三蔵法師(当然、男性)の役を女優が演じるのが定型化していることにも通じている。

ともかく、知名度がある美術館が「女装と男装」という形で異性装を真正面から取り上げた企画展を行うことは初めてのことで、ようやく時代がここまで来たのかと感慨深い。

日本の江戸時代の絵画は、異性装の人を描いた作品がとても多い。
異性装の人が描かれることは欧米ではほとんど皆無、アジアでも極めて少なく、日本の作品量は、世界的に見て圧倒的だ。
しかし、そうした特性を日本の美術界は、意図的に無視することを続け、論じることを避けてきた。
そうした姿勢が、ようやく改まりつつあるのは、たいへん良いことだと思う。
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新小岩へ [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

3月2日(金)
(続き)
思い立って、錦糸町駅から総武線を逆方向に乗り、新小岩駅へ。
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新小岩駅の南にあった「赤線」跡を訪ねる。
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在りし日の「赤線」新小岩。「丸健(まるけん)」の通称で親しまれた。(『内外タイムス』1953年11月27日号)
当時の建物はもう1軒も残っていないのはわかっていたが、駅からの距離を実感したいため。

「ルミエール」という商店街をまっすぐ歩く。
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道はわかりやすい。
長いアーケード抜けて・・・ここらへんかな。
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足が痛い現在の私(でも、人並みのスピード)で徒歩10分弱という感じ。

駅前の「BECK'Sコーヒー」で休憩。
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それにしても、錦糸町も新小岩も喫茶店が少ない街だな。

帰路、総武ー横須賀線でまっすぐ武蔵小杉駅へ、と思っていたが、横須賀線(京浜東北線、東海道線も)が沿線火災で不通で東京駅止りになっていた。
次善のルートとして東京駅まで行って山手線で目黒駅に出て東急目黒線でと思ったが、東京駅のホームが詰まっていて、乗った電車が馬喰駅で動かなくなってしまう。
頭の中に路線図を浮かべて、JR総武線馬喰駅から都営地下鉄新宿線馬喰横山駅に移動、神保町で都営三田線に乗換て東急目黒線に入るというルートを選択。

19時、やっと帰宅。

夕食は、常夜鍋(豚肉とほうれん草のしゃぶしゃぶ)。
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少し、原稿の手直し。
お風呂に入って温まる。

就寝、2時。


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