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8月11日(土)第2回「セクシュアリティ研究会」 [お勉強(研究会)]

8月11日(土)

第2回「セクシュアリティ研究会」(御茶ノ水:ワイム貸会議室)

【研究報告】
三橋順子「1950年代東京の『連れ込み旅館』について ー『城南の箱根』ってどこ?ー」

平山満紀「2000年以降の日本における若者の性行動の消極化を読み解く試み -特に情報テクノロジーとの関連で-」

研究会、13時過ぎから19時まで、6時間近い長丁場。
その後、近所のイタリア料理店「ナポリの下町食堂」 に移動して、飲み食いしながら3時間半も懇談。

楽しかったけど、疲れた・・・。

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6月30日(土)第47回「化粧文化研究者ネットワーク」研究集会 [お勉強(研究会)]

6月30日(土)  晴れのち曇り  東京  32.7度  湿度62%(15時) 

10時、起床。

12時過ぎ、家を出る。
今日も南からの熱風で暑い。
青空を背景に赤いサルスベリ。
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どう見ても真夏。
でも、ほんとうはまだ6月。

13時過ぎ、JR新橋駅へ。
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昼食は「新橋駅前ビル」の「カリカル」.
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チキンカツカレー(950円)。
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ここのカレー、わりと好き。
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13時45分、「汐留ビル」の資生堂本社へ。
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入口がわからず、道に迷う。

第47回「化粧文化研究者ネットワーク」研究集会。
会場は、1階にある「Pit」という社員フリースペース。
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「なんか不思議な空間だな」と思ったら、以前は「資生堂パーラー」の分店が入っていたとのこと。

資生堂トップヘアメイクアップアーティスト岡元 美也子さんの「人を輝かせるメイクの力」というお話をうかがう。
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すごいなぁ、と思ったのは、メイク実演の手の動き(手技)。
あまたいるメイクのプロの中でもトップの人なのだから、当然と言えばそうなのだけど、やっぱりすごい!としか言いようがない。

しかも、新商品の宣伝をちゃんと入れながら。
新シリーズ「PLAYLIST(プレイリスト)」のクイックミュートクリーム(No more“あほ毛”)は欲しい。
いつも「あほ毛」(セットしたのに飛び出してくる髪の毛)が気になる私には、天からの味方。
http://www.shiseido.co.jp/sw/products/SWFG070410.seam?shohin_pl_c_cd=810201&online_shohin_ctlg_kbn=1&s_kwcid=AL!901!3!189103094350!!!g!392448852411!&ef_id=WzkQcQAAAIvw1QIT:20180702014039:s
専用ブラシと合わせて3780円なら、私でも買える。

それと、ファンデーションをパフでなくブラシで塗る技、私は1990年に「女装メイクの名人」と呼ばれた「エリザベス会館」の水村さん(テレビ初期、1960年代から活躍したベテランのメイクさん)に教わったのだけど、間違いではなかったのだ。

メイクが終わって、鏡を見た時の、モデルさんの笑顔が、皆さん、とてもすてき。
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「人を輝かせるメイクの力」というテーマが、本当だ!という何よりの証拠。

17時半、「CLASS DANCE」で懇親会。
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いろいろお話聞いて、おしゃべりして楽しい夜だった。

22時、帰宅。


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4月21日(土)「現代風俗研究会 東京の会」第19期「新風俗学教室」(第4回) [お勉強(研究会)]

4月21日(土)  晴れ  東京  26.0度  湿度53%(15時)

15時10分、明治大学(駿河台)へ(10分遅刻)。
「現代風俗研究会 東京の会」第19期「新風俗学教室」第4回に出席。

報告は、安城寿子さん(服飾史家)の「五輪ユニフォーム考-2000年シドニーオリンピック日本代表選手団公式服装「虹色マント」とは何だったのか?―」。

歴代のオリンピック日本選手団「公式服装(開会式用ユニフォーム)」の中で「ワースト1位」として知られる2000年シドニーオリンピックの虹色のマントに注目するとともに、「公式服装」の歴史的変遷をたどった報告。

語られていそうで語られていない服飾史で、とても面白かった。

日本選手団「公式服装」でお馴染みの上が赤、下が白の日の丸カラーは、1964東京オリンピックから採用。
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通説では、服飾デザイナー石津謙介(1911~2005)のデザインとされているが、まったくの誤りで、実際は東京神田で洋服店を営んでいた望月靖之(1910~2003)のデザイン。
ちなみに、当初、JOCは赤いブレザー(を男子選手・役員が着ること)に強い何色を示した。
https://news.yahoo.co.jp/feature/342

2000シドニーオリンピックのレインボーカラーのポンチョは、NUC(日本ユニフォームセンター)のデザイン。
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選手個々に似合うかどうかより、選手団全体のカラフルさが優先されたのではないか? 
ポンチョの採用も色が使える面積が広いからではないか?

いずれにしても発想が変。

現在だったら、LGBTの連帯を示すレインボー・フラッグがすぐに連想されるが、2000年当時、デザイナーもJOCの幹部もまったく知らなかったと思う。
しかし、欧米や、オーストラリア(シドニーは世界最大級のLGBTの祭典「マルディグラ(MARDI GRAS)の開催地)の人は気づいていたはず。
そう思うと、無知を露わにしたという点で余計に恥ずかしい。


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「現代風俗研究会・東京の会」第19期・新風俗学教室(第3回) [お勉強(研究会)]

2月10日(土)

15時前、有楽町「国際ビル」の成蹊大学サテライトオフィスへ。
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↑ 何度もお世話になったが、今年度限りらしい。

「現代風俗研究会・東京の会」第19期・新風俗学教室(第3回)に参加。

報告者は『学校制服の文化史ー日本近代における女子生徒服装の変遷ー(創元社、2012年2月)の著者、難波知子さん(お茶の水女子大学)。
テーマは「学校制服文化の継承と展開」。

おもしろかったし、いろいろ勉強になった。
以下、メモ。

明治18年(1885)に華族女学校が開校し、下田歌子が女袴(スカート型)を考案する以前、東京女子師範学校(明治7年=1874年開校)では男袴(ズボン型)をはいていたが、「男装」だという批判があった。

当時は女装・男装を禁じた「違式詿違条例」が機能していた時代だが、「東京違式詿違条例」62条には「女ノ着袴スル類、此限に非ズ」とあり、例外とされていたにもかかわらず・・・。

明治32年(1899)の高等女学校令で、全国に女学生が誕生し、女袴が制服化する。
すると、どこの女学生か判別するため袴に校章入りのバンドをしたり、袴の裾にラインや模様を入れたりした。

戦前の制服は、形の規定はあったものの、作る場所(商店・裁縫所、さらには母親の手作り)が違うので、生地や細部が微妙に違っていて、多様性があった。
それがまったく画一化するのは昭和戦後期で、制服メーカーの大量生産が始まってから。

18時、閉会。

イルミネーションがきれい。
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懇親会は「新東京ビル」のイタリア料理「マルゴ ルナソラ」。
21時過ぎ、散会。

外に出たら小雨が降り出す。
歩いて東京駅へ。
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22時半、帰宅。
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12月16日(土)第45回化粧文化研究者ネットワーク研究集会 [お勉強(研究会)]

12月16日(土)  晴れ  東京  13.3度  湿度57%(15時)

第45回「化粧文化研究者ネットワーク・研究集会」に参加。45回「化粧文化研究者ネットワーク・研究集会」に参加。

報告は、『化粧の日本史』(吉川弘文館)の著者、山村博美さん(化粧文化研究者)「化粧の日本史 ー美意識の移りかわりー」。

懇親会は「カレッタ汐留」の「CLASS DANCE」というお店。。
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前列右、代表の北山晴一先生、前列左、米沢泉さん(甲南女子大学准教授:ファッション文化論、化粧文化論)。
私の右隣がこの日の報告者・山村博美さん(化粧文化研究者)、左から2人目が山本芳美さん(都留文科大学教授:文化人類学)。

イルミネーションがきれい。
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「現代風俗研究会(東京の会)」第19期新風俗学教室「ファッション」(第1回) [お勉強(研究会)]

9月30日(土)
(続き)
吉祥寺の成蹊大学へ。
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15時、「現代風俗研究会(東京の会)」に参加。
今回から、第19期新風俗学教室「ファッション」がスタート。
第1回の報告は、成実弘至さん(今日と女子大学教授)「ストリートファッションを考える」。
ほとんど知らない分野なので、メモを取りながら聴講。

18時過ぎ、終了。
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もう真っ暗。
日暮れがすっかり早くなった。

18時半~20時半、懇親会。

22時、帰宅。

夜中、早稲田大学ジェンダー研究所『ジェンダー研究21』に寄稿するブックレビュー「LGBTをめぐる出版状況」、文章を少し手直しし(7300字)、書影をいくつか入れて完成。
編集担当の先生に送信。
9月末の約束なので、義理を果たして、やれやれ。

就寝、3時半。
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「化粧文化研究者ネットワーク」研究集会「伊勢半本店・紅ミュージアム」見学 [お勉強(研究会)]

7月1日(土)

「化粧文化研究者ネットワーク」の研究集会で、現在、日本でただ1つ(ということは世界で唯一)まったく伝統的な方法で紅花から紅を作っている「伊勢半本店・紅ミュージアム」(港区南青山6丁目)を見学。
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「伊勢半本店」は、11代将軍家斉の治世、文政8年(1825)に日本橋小舟町に創業して以来、180余年、伝統製法を守り通している。

有田焼の紅猪口(べにちょこ)の内側に刷(は)かれた金属光沢のある笹色の紅に、わずかに水を含ませた紅筆が触れた瞬間、鮮やかな紅色が甦る。
もう、これだけで興奮。
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原料は最上(もがみ)紅花。
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↑ 生け花用の紅花より、ずっと棘が鋭い。
これでは花摘みもたいへん。

その花弁から10数工程もの丁寧な手作業で、赤の色素だけを抽出していく。
花に含まれるほとんど色素の99%が黄色色素で、赤色色素はわずか1%。
紅猪口(約50回分)1つ分の紅は、紅花1500輪に相当するとのこと。
完全な天然素材で、一切、化学物質を含まないので、アレルギー反応がめったに起こらない。

「紅差し」を体験。
現代の口紅と違い、油分や樹脂がゼロで水分だけなので塗っている感覚がほとんどなく、とても軽い。
にもかかわらず、発色はとても良く、3度ほど重ねると特有の光沢が現れる。
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↑ 鱈子唇の向かって左側(下)に笹色の光沢が現れている。

おもしろいのは、同じ紅を同じように塗っているのに、人によって発色が違うこと。
鮮やかな紅色が目立つ人と、光沢が目立つ人がいる。
唇の色(血色)などによって異なるらしい。

一応、染料・染色の基礎や、化粧文化史の勉強はしているので、紅花や紅についてはそれなりの知識があったが、本物を自分の唇に塗ったのは初めて。
すっかり魅せられてしまった。
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↑ お小遣いが豊かな時に、手に入れるぞ!




5月27日(土)「プシコナウティカの会」 [お勉強(研究会)]

5月27日(土)  晴れのち曇り  東京  27.3度  湿度51%(15時)

9時半、起床。
朝食はアマンドショコラとコーヒー。
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化粧と身支度。
暑くなる予報なので夏姿。
11時40分、家を出る。
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東急東横線で学芸大学駅に移動。
昼食は東口商店街の「かしわや」で。

冷やし天婦羅そば(400円)を注文したのだが、調理のおばさん、冷やしたそばの上に揚げたて熱々の天婦羅を乗せる。
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温度が上下分離していて変な感じ。
普通の(温かい)天婦羅そばにすればよかった。

「仕事部屋」に寄って郵便物の整理。
12時30分、再外出。
中央町二丁目の住宅街を歩いて、超久しぶりに十日森稲荷にお詣り。
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12時50分、神社の裏にある目黒区五本木住区センターへ。

ここで開催される「プシコナウティカの会」という研究会に参加。
「プシコ ナウティカ」とは「魂の航海(術)」という意味で、イタリアの精神医療のスローガンらしい。
「らしい」というのは、よくわかっていないのだけど、18年前(1999年)の日本社会学会の大会シンポジウムで、お世話になった井上芳保先生に、コメンテーターとして、お声を掛けていただいた。

参加者7名(内、報告者2名、コメンテーター2名)という小さな研究会。

(報告1)兵頭晶子「松嶋健『プシコ ナウティカ』を精読するー生政治の範例としての精神病院―」
イタリアで精神病院が全廃されたことは知っていたが、細かい経緯は知らなかったので勉強になった。
目に止まったのが「精神医療から精神保健へ」という言葉。
「ああ、これなんだ!」と思った。
日本では、性別を移行したい人に「性同一性障害」という病名(精神疾患概念)をつけて、医学の力で治療しようとする。
一方、西欧では、性別を移行したい人が健康を保てる(保健)ように医学がサポートする。
日本は近代医学の伝統的な発想、西欧は近代医学の反省に立った考え方。
その違いは、根本のところで限りなく大きい。

(報告2)井上芳保「あざけられること、ほめられること―『女性蔑視ヤジ』シンポとミスターノーマル幻想を再考する―」

私は2本目の井上報告のコメントテーター。
「ミスター・ノーマル」は、1999年10月の日本社会学会の大会シンポジウム「ミスター・ノーマルのアイデンティティを問う」(企画:井上芳保・山田富秋、会場:上智大学)で「普通の男たち」「普通に安住している男たち」の差別意識を炙り出すための概念として提起された。

私もそのシンポジウムにパネラーとして参加し「女装系コミュニティにおける『ミスター・ノーマル幻想」という報告をさせていただいた。
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そして、その報告内容を組み込んだ「現代日本のトランスジェンダー世界 ―東京新宿の女装コミュニティを中心にー」(『中央大学社会科学研究所年報』7号 中央大学 2003年6月)は、新宿女装世界の最初のフィールドワーク論文として、2度も英訳されることになる。

研究者としての私の出発点になったシンポジウムであり、社会学を勉強し始めてわずか1年ほどの「駆け出し」が、日本社会学会の大会シンポジウムで報告できたのは大きな僥倖だった。
そういう意味で、井上さん(山田さん)には恩義を感じている。

しかし、「ミスター・ノーマル」という概念は、その後、大きく展開されることはなく、はっきり言って失敗に終わった。

「俺は普通(ノーマル)だ」と言い張る男たちが、さまざまな差別の「岩盤」になっているという問題提起は妥当だと思うし、今に至るっても通用すると思う。
しかし、言葉として、なぜ起爆しなかったのか?と考えると「ノーマル」という概念に問題があったと思う。

言うまでもないが「ノーマル(正常)」の対語は「アブノーマール(異常)」である。
しかし、1999年の段階でも「正常か、異常か」という二元的な問題の立て方は、いささか陳腐というか、古かったように思う。
セクシュアリティでは「アブノーマル」に相当する概念として、当時すでに「クィア」という概念が提起されていたが、シンポジウムでは視野に入っていない。
やはり、そこらへん「ノーマル」を前面に出した設定は、時代遅れだったのではないか。
少なくとも、斬新な、目新しい感じはない。

そんなことを、思い付きでしゃべる。


4月15日(土)「現代風俗研究会・東京の会」例会 [お勉強(研究会)]

4月15日(土)  曇り  東京  24.2度  湿度49%(15時)

10時、起床。
朝食は、いちごデニッシュとコーヒー。
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13時半、家を出ようとしたら、家猫さんが帰ってきて「とても暖かいにゃん」と言うので、ニットのポンチョを脱いで、カシミアのショールを紙袋に入れる。
歩き始めると、確かに暖かい。
今年一番の気温。
この暖かさで、藤の花が一気に咲いた。
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東急目黒線から、東京メトロ南北線に入る。
乗り換えの永田町駅の内の「C&Cカレー」で昼食。
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↑ 三元豚カロースカツカレー(650円)
給水器が壊れたらしく、店内の床の一部が水浸し。
水を避けていちばん奥の席へ避難。

15時、「現代風俗研究会・東京の会」の例会に出席するため明治大学(駿河台)へ。

研究報告は、大木理恵子さん(白百合女子大学キリスト教文化研究所所員)による「第二次世界大戦と食:アメリカの場合」。

第二次世界大戦中、アメリカで実施されていた食糧統制(配給制度)について。
その事実さえ知らない日本人が多いと思うが、アメリカでは1942年の砂糖を始めとして、1943年には肉、食用油、バター、チーズ、缶詰・瓶詰などの供給が統制され配給制になった。

前戦で戦う将兵のために、銃後の人々が節約しようという思想は日本と同じだが・・・。
同じ食料配給制ではあっても、質・量、そして気持ちの余裕(切迫感)がまったく違う。

端的に言えば、「これでは負けるはずだ」と改めて思った。

知らないことが多く、とても興味深い報告だった。

ちなみに、日本が最も食糧難だったのは、太平洋戦争中(1941年12月8日~1945年8月15日)ではなく、敗戦後の1946~1947年だった。
戦中はまだ配給制度がそれなりに機能していた(1945年になるとかなり悪化するが)。
配給制度が質・量ともに極端に悪化し、内地で餓死者が続出するのは、戦後であって戦中ではない。

また、戦中は統制が機能していて「闇」はまだ少なかった(なかったわけではない)。
「闇物資・闇市場」が一気に巨大化するのは、戦後になってからだ。

そこらへん、一般的なイメージに認識の混乱があるように思った。

「多摩ジェンダー教育ネットワーク集会」夕食会 [お勉強(研究会)]

3月1日(水)
(続き)
浅草駅から東京メトロ銀座線で神田駅へ。
JR中央線に乗り換えて、吉祥寺駅で下車。

40分ほど時間の余裕があるので、3年前まで月1仕事に来ていた南口へ。
久しぶりに怪しい古書店へ。
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仕事の前によく立ち寄った「ドトール」がラーメン屋になっていた。
その代わりに、すぐ近くに同系列の「エクセルシオール・カフェ」があったので入る。
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17時45分、あまり知らない吉祥寺駅北口へ。
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今日、3つ目のミッション。
アーケード街に入って1つ目の道を左折、少し行って右側の路地に入あるフレンチ・レストラン「ブラッスリー・エディブル(Edible)」へ。
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18時、「多摩ジェンダー教育ネットワーク集会」の発展的解消の夕食会に出席。
前菜。
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サラダ。
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お魚(白身魚のカルパッチョ)。
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パスタ。
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お肉(ローストビーフ)。
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デザート。
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たくさんお話できて楽しかったけど、集会がなくなるのは、とても残念。
いろいろ事情はあるのだが、巨視的に見ると、やはり背景として大学におけるジェンダー教育の困難があると思う。

JR中央線下りで立川駅へ。
JR南武線に乗り換えて武蔵小杉駅へ。
23時、帰宅。

就寝、2時。






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