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トランスジェンダーの平成30年史(年表) [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

5月3日(金・祝)

「トランスジェンダーの平成30年史(年表)」をリリースします。
まだまだ抜けている事項があると思いますが、ここでいったん区切りをつけようと思います。
「これが落ちている」「これを入れた方がいいのでは」ということがありましたら、ご指摘ください、できるだけ対応して増補します。

以下、年表を概観して見えてくること。

① 1990年代には、ニューハーフや女装などトランスジェンダー・カルチャーの活動が活発だったこと。
② 2000年前後に、性別移行を病理とする「性同一性障害」が急速に台頭し、既存のトランスジェンダー・カルチャーと激しい相克が展開されること。
③ 2000~2007年頃が、まさに「性同一性障害」概念の全盛期であること。
④ 逆に、2003年代前半~中頃に、女装、ニューハーフ系の雑誌の廃刊や老舗の店の閉店が続き、トランスジェンダー・カルチャーが衰退が顕著になること。
⑤ 2008年頃から、病理化のもとで逼塞させられていたトランスジェンダー・カルチャーの復活・再生が始まること【2008年の転換】。
⑥ 2010~14年頃、トランスジェンダー・カルチャーの21世紀型・リニューアルタイプである「男の娘」がブームになること。
⑦ 2015年頃から、いわゆる「LGBTブーム」の中でトランスジェンダーの社会的存在感が高まること。
⑧ 同時に、性別移行の病理化に反対す潮流が日本にも及び、「性同一性障害」概念の衰退が決定的になり、ついには消滅に至ること。

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「トランスジェンダーの平成30年史(年表)」  
    三橋順子

1989年(平成元年) 
5月 日本で最初にトランスジェンダーを署名に掲げた渡辺恒夫『トランス・ジェンダーの文化―異世界へ越境する知―』(勁草書房)刊行。
6月 ゲイ道一筋60年青江のママの自伝「地獄に行こか青江に行こうか」(ぴいぷる社)刊行。
9月 虎井まさ衛がアメリカのスタンフォード大学病院で女性から男性への「性転換手術を完了して帰国。
この頃「Mr.レディ」ブーム。
1990年(平成2年)
1月 映画『Mr.レディ 夜明けのシンデレラ』(東宝)公開。六本木のニューハーフ矢木沢まりが準主演。
6月 アメリカのトランスセクシュアル集団のフィールドワーク、アン・ボリン『イブ・内なる女性を求めて』(現代書館)刊行。
8月 トランスジェンダーに関する対談と12本の論考を収録した蔦森樹編『(現代のエスプリ)トランス・ジェンダー現象』(至文堂)刊行。
10月 性転換美少女が活躍する千之ナイフ『レディエキセントリック』(司書房)刊行。
この年 女装系BBS「EON」(5月:東京)、「スワンの夢」(大阪)が開局。
1991年(平成3年)
7月 異性装を演劇論の観点から分析した石井達朗『異装のセクシァリティ』(新宿書房)刊行
10月 性転換手術漫画、千之ナイフ『逢魔がホラーショー 』(久保書店)刊行。
12月 初の女装系商業雑誌『CROSS DRESSING』(光彩書房)創刊(1992年4月、2号で廃刊)。
1992年(平成4年)
10月 ニューハーフ系商業雑誌『シ-メール白書』(光彩書房)創刊。
10月 上岡龍太郎司会「ムーブ」(TBSテレビ系)が「Mr.レディ50人が大集合」を放送。
11~12月 「GAY&TRANSSEXUAL/OUR LIFE」が六本木シネセゾンで開催。ドキュメンタリー映画「パリ、夜は眠らない」(1991年)、「マン・イントゥー・ウーマン」(1990年)などを上映。
1993年(平成5年)
10月 女装雑誌『ひまわり』に希望に応じて女性ホルモンを投与してくれる東京・大久保の病院が実名で紹介される。以後、女装者の間に女性ホルモン投与が広まる。
10月 蔦森樹『男でもなく女でもなく ―新時代のアンドロジナスたちへ』(勁草書房)刊行。
1993~95年(平成5~7年) 「なにわのニューハーフ」ブーム。
1994年(平成6年)
1月 女装SF映画「ヴェガス・イン・スペース」(アメリカ)が渋谷「パルコ・スペース3」で公開され、女装者は入場無料となる。
1月 女装系商業雑誌『インナーTV』(光彩書房)創刊(8月、3号で廃刊)
3月 石井達朗『男装論』(青弓社)刊行。
4月 映画『エム・バタフライ』(アメリカ)が日本公開。主演男優ジョン・ローンの女装が話題に。
7月 虎井まさ衛がミニコミ誌『FTM日本』を創刊。
10月 東京におけるニューハーフ・ショーパブの元祖「プティ・シャトー」が25周年イベントを実施。
11月 女装系商業雑誌『女装読本』(光彩書房)創刊(1号のみで廃刊)。
1995年(平成7年) 
この年 和田耕治医師が「性転換手術」を開始。
1月 【京都ニューハーフ殺人事件】京都市山科区で発見されたバラバラ遺体が、京都のニューハーフであることが判明。
3月 ニューハーフ系商業雑誌『ニューハーフ倶楽部』(三和書房)創刊。
5月 埼玉医科大学の原科孝雄教授が2人の女性の男性への「性転換手術」を同大倫理委員会に申請。
5月 第12回世界性科学会議(横浜)サポートプログラム「日本におけるトランスセクシャリズム」開催。
8月 ドラァグ・クイーンを描いたオーストラリア映画「プリシラ」が日本で公開。
10月 石川武志『ヒジュラ―インド第三の性―』(青弓社)刊行。
12月 【奈良ニューハーフ殺人事件】奈良県御所市でニューハーフの殺害遺体が発見され、被害者の実弟が殺人・遺体遺棄罪で逮捕される。
1995~2000年 女装者の親睦集団「クラブ フェイクレディ(CFL)」が活動。
1996年(平成8年)
3月 虎井まさ衛『女から男になったワタシ』(青弓社)刊行。
4月 現代美術家が女優に扮する写真展、森村泰昌「美に至る病―女優になった私―」が横浜美術館で開催。
7月 インターネットサイト「トランスジェンダーカフェ」が開設 。
7月 埼玉医科大学倫理員会が「性転換手術」を正当な医療行為と答申。
8月 トランスセクシュアルの自助支援グループ「TSとTSを支える人々の会」発足(のちの「TNJ」)。
8月 『週刊Spa!』が「私が第三の性に目覚めた瞬間」を特集。
12月 ドラァグ・クイーンの写真集『DRAG』(デラフィック)刊行。
1996~98年 新宿女装コミュニティの全盛期
1997年(平成9年)
5月 ヨーロッパのトランスジェンダー事情を取材した松尾寿子『トランスジェンダリズム―性別の彼岸』(世織書房)刊行。
5月 女装メイクスタジオ「SWitch」(大阪市淀川区:森田豊子女将)がオープン。
7月 公開シンポジウム「性同一性障害の過去・現在・未来」(神田「学士会館」)開催。
7月 『サンデー毎日』が新宿の女装者のカラーグラビア「エリートたちはなぜ女装したか」を掲載。
7月 女装バー『贋作淑女』(大阪市北区神山町:北野洋子ママ)が開店。
12月 『AERA』が新宿の女装世界を取材した「ズボンを捨てて街に出よう―女装で広がる『もう一人の私』の世界―」を掲載。
1998年(平成10年)
1月 猫目ユウ『ニューハーフという生き方』(ひらく)刊行。
2月 【Trans-womanによる殺人事件】東京・新宿区歌舞伎町のラブホテルで、海上自衛隊三等海曹が刺殺され、ニューハーフのストリートガール(27)が逮捕される。
2月 第97回紀伊国屋セミナー「性を越境する―異装がもたらす揺らぎ―」開催。
4月 新宿女装世界の大御所、久保島静香の「女装50周年パーティー」開催(新宿ワシントンホテル)。
5月 性別違和と性同一性障害の自助支援グループ「トランス・サポート・グループ(TSG)」が発足(1999年7月解散)。
5月 第7回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭・フィルムコンテスト」で映画「We are Transgenders.」がグランプリ受賞。
6月 武田佐知子『衣服で読み直す日本史―男装と王権―』(朝日選書)刊行。
7月 「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ系)が新宿の女装者を紹介した「世紀末女装物語」を放送。
7月 京都市で女装者の定期集会「玖伊屋」が始まる。
8月 有名文化人をモデルにした女装写真集、神蔵美子『たまゆら』(マガジンハウス)刊行。
10月 埼玉医科大学(執刀:原科孝雄教授)でガイドラインに基づくものとしては初めての女性から男性への「性転換手術」が行われる。
10月 公開シンポジウム「フェミニストとトランスジェンダーは手を結べるのか」(主催:TSとTGを支える人々の会)開催。
10月 「性同一性障害と法研究会」発足。
11月 女の子になりたい少年を描いた映画「ぼくのバラ色の人生」(ベルギー、フランス、イギリス合作)公開。
11月 スカイパーフェクテレビ「北野チャンネル」の女子アナウンサー公開オーディションでニューハーフの宮沢万紀子が採用される。
11月 女装バー『マグネット』(大阪市北区堂山町:幕戸成子ママ)が開店。
1999年(平成11年)
2月 「戦後〈トランスジェンダー〉社会史研究会」(代表:矢島正見中央大学教授)が発足。
3月 女装者と男性の結婚披露宴が大阪市内の結婚式場「太閤園」で開催。
3月 「GID(性同一性障害)研究会」が発足。
3月 スタンフォード大学病院で「性転換手術」を受けた後、戸籍を男性から女性に訂正した布川敏が『FLASH』に紹介される。
3月 【「トランスジェンダーの日」問題】「TSとTGを支える人々の会」の申請により、4月4日を「トランスジェンダーの日」とすることが日本記念日協会に承認される(2013年削除)。
4月 東京地裁が顔面にけがをしたニューハーフの侵害賠償に女性等級の適用を認める。
6月 埼玉医科大学(執刀:原科孝雄教授)でガイドラインに基づくものとしては初めての男性から女性への「性転換手術」が行われる。
10月 山内俊雄『性転換手術は許されるのか―性同一性障害と性の在り方』(明石書店)刊行。
10月 第72回日本社会学会大会シンポジウム「ミスター・ノーマルのアイデンティティを問う」で、三橋順子が「『女装系コミュニティ』における『ミスター・ノーマル』幻想」を報告。
11月 セレナ・ナンダ『ヒジュラ―男でもなく女でもなく―』(青土社)刊行。
11月 外山ひとみ『Miss.ダンディ―男として生きる女性たち―』(新潮社)刊行
2000年(平成12年)
2月 吉永みち子『性同一性障害 ―性転換の朝』(集英社新書)刊行。
4月 トランスジェンダーの大学教員(非常勤)任用(蔦森樹ー琉球大学、三橋順子ー中央大学)。
6月 鎌田東二ほか『美輪明宏という生き方』(青弓社)刊行。
6月 「関西T'sフェスティバル2000」開催。基調講演は三橋順子「トランスジェンダーと社会-21世紀に向けて」。
7月 実在のTrans-manを主人公にしたアメリカ映画「ボーイズ・ドント・クライ」が日本で公開。Trans-manを演じたヒラリー・・スワンクがアカデミー主演女優賞を受賞。
7月 トランスジェンダー作家の藤野千夜の「夏の約束」で第122回芥川賞を受賞。
8月 第6回アジア性科学学会(神戸)でシンポジウム「Transsexual,Law,Medicine in Asia性転換と法、医学」開催。
9月 自民党が「性同一性障害勉強会」を開催。
9月 小松杏里『ニューハーフが決めた「私」らしい生き方』(KKロングセラーズひ)刊行。
10月 老舗のニューハーフショー・パブ「プティ・シャトー」(東京・西麻布)が閉店。
10月 平安名祐生・恵『Search~きみがいた―GID(性同一性障害)ふたりの結婚―』(徳間書店)刊行。
12月 公開シンポジウム「戸籍と性別―性同一性障害者にとっての社会的壁―」(主催:TSとTGを支える人々の会)開催。
2001年(平成13年)
3月 第3回GID研究会でシンポジウム「性同一性障害の人権を守るための取り組み」開催。
5月 6人の性同一性障害者が性別(続柄)の訂正を一斉に家庭裁判所に申し立て。すべて却下されたものの「立法により解決されるべきである」という裁判所の見解を引き出す。
9月 山内俊雄『性同一性障害の基礎と臨床』(新興医学出版社)刊行。
10月 TBSテレビ系「3年B組金八先生(第6シリーズ)」放送。女優の上戸彩が性同一性障害に悩む女子中学生鶴本直を好演。「性同一性障害」ブームへ。
2002年(平成14年)
2月 大阪市北区堂島の「わだ形成クリニック」で、性別適合手術の直後に患者が死亡。2005年6月、院長の和田耕治医師を業務上過失容疑で書類送検(起訴猶予)。
6月 各国の性転換関係法規を比較研究した大島俊之『性同一性障害と法』(日本評論社)刊行。
6月 【昭文社事件】男性社員が「女装」で出勤 したことを理由に出版社 を解雇される。東京地裁はこの社員の訴えを認め解雇無効の仮処分を決定。
11月 小金井フォーラム「戸籍の性別訂正 地方自治体や当事者ができること」開催。
2003年(平成15年)
3月 性同一性障害者の団体「gid.jp(性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会をめざす会)」発足。
4月 上川あや、東京都世田谷区議会議員に当選(現在4期目)。
5月 米沢泉美ら『トランスジェンダリズム宣言―性別の自己決定権と多様な性の肯定』(現代評論社)刊行。
5月 性同一性障害者の戸籍の性別取り扱い法制化について、与党(自民党・公明党・保守新党)プロジェクトチーム発足。
6月 法律案提示。
7月 「性同一性障害者の性別取扱い特例法」が成立(2004年7月実施)。一定の要件を満たす性同一性障害者に戸籍の性別(続柄)の変更を認める。
12月 アマチュア女装交際誌『くいーん』(アント商事)が142号で廃刊(創刊は1980年6月)。
12月 新宿歌舞伎町の老舗女装スナック「ジュネ」が閉店(創業は1978年)。
2004年(平成16年)
7月 イギリスでSRSを必須としない性別移行法(ジェンダー承認法)が成立。
2005年(平成17年)
7月 トランスジェンダーをテーマの1つとした「関西クィア映画祭」が始まる。
8月 女装雑誌『ひまわり』(雄美社)が76号で廃刊(創刊は1983年)。
2006年(平成18年)
2月 田中玲『トランスジェンダー・フェミニズ』(インパクト出版会)刊行。
3月 「GID(性同一性障害)研究会」が「GID(性同一性障害)学会」に発展。
4月 矢島正見編著『戦後日本女装・同性愛研究』(中央大学出版部)刊行。
5月 杉山文野『ダブルハッピネス』(講談社)刊行。
7月 映画『トランスアメリカ』(アメリカ)が日本公開。女優のフェリシティ・ハフマンが性転換手術を望む男性を演じた高い評価を受けた。
10月 日本テレビ系『おネエ★MANS!』(おネエマンズ)が放送開始(2009年3月まで)。
10月 NHK教育テレビ「ハートをつなごう」が性同一性障害を取り上げる。
10月 性同一性障害をテーマにした単発ドラマ「私が私であるために」(日本テレビ系)放送。性同一性障害の当事者3名が出演。
この年 女装・ニューハーフとその愛好者向けSNS「T's love」開設。
2007年(平成19年)
2月 上川あや『変えてゆく勇気―「性同一性障害」の私から』(岩波新書)刊行。
3月 迫共・今将人『トランスがわかりません!!― ゆらぎのセクシュアリティ考―』(アットワークス)刊行。
4月 性同一性障害と診断され乳房切除手術を受けた京都の大学院生が、大阪医科大学病院のミスで傷跡が壊死したとして、損害賠償を求め裁判を起こす(2010年、大学が330万円を支払い和解)。
8月 『ニューハーフ倶楽部』(三和出版)が57号で廃刊(創刊は1995年)。
12月 中村中が「友達の詩」がヒットでNHK紅白歌合戦に出場(紅組)。
この年 埼玉医科大学が原科孝雄教授の退職にともないSRSを中止。ナグモクリニックがSRSを開始。
2008年(平成20年)
4月 「はりまメンタルクリニック」(東京都千代田区:針間克己院長)が開院。
4月 フジテレビ系ドラマ「ラスト・フレンズ」放送。
夏頃 はるな愛、大ブレイク。
6月 「GID特例法」の要件「現に子がいないこと」が「現に未成年の子がいないこと」に改正。
9月 女装の日本文化史、三橋順子『女装と日本人』(講談社現代新書)刊行。
9月 石田仁編著『性同一性障害―ジェンダー・医療・特例法―』(御茶の水書房)刊行。
10月 女装ハウツー本、女装普及員会『オトコの娘のための変身ガイド―カワイイは女の子だけのものじゃない』(遊タイム出版)刊行。
12月 国連総会に、性指向と性自認に基づく人権侵害の終焉を求める声明が提出される。
2009年(平成21年)
10月 鶴田幸恵『性同一性障害のエスノグラフィ―性現象の社会学』(ハーベスト社)刊行。
11月 はるな愛、「ミス・インターナショナル・クイーン」(タイ)でグランプリ受賞。
11月 「東京化粧男子宣言」開催。「男の娘」ブームへ。
この年 大規模な女装イベント「女装・ニューハーフ プロパガンダ」(新宿歌舞伎町)が始まる。
2010年(平成22年)
2月 NHK国際放送のニュース番組「NHKワールド」が「NEWS LINE Boys Will Be Boys?」と題して、日本の新しい女装文化を紹介。
4月 文部科学省が性同一性障害のある児童への教育相談の徹底を指示。
9月 朝日新聞夕刊「ニッポン人脈記 男と女の間には」が連載(全13回)。
この年 モデルの佐藤かよがTrans-womanであることをカミングアウト。
2011年(平成23年)
6月 法務省が性同一性障害等を有する被収容者の処遇方針を出す。
10月 【軽井沢ニューハーフ死体遺棄事件】長野県南牧村の別荘地でニューハーフ(37歳)死体が発見される。容疑者の男性による暴行と死因との関係が立証できず、殺人罪では不起訴(死体遺棄罪で有罪)。
2012年(平成24年)
5月 東京都新宿区歌舞伎町「湊川クリニック」で、乳房切除手術直後に患者が死亡。院長(2013年12月に自殺)を業務上過失致死容疑で書類送検(被疑者死亡のため不起訴)。
9月 井上魅夜『化粧男子 ―男と女、人生を2倍楽しむ方法―』(太田出版)刊行。
12月 映画『僕の中のオトコの娘』(窪田将治監督・脚本、川野直輝主演)公開。
12月 女装サロン「女の子クラブ」(東京・新宿二丁目、代表:モカ)がオープン。
2013年(平成25年)
5月アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association=APA)の「精神疾患の分類と診断の手引(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders=DSM)」が第4版から第5版(DSM-5)へ改訂。「Gender Identity Disorder=GID」から「Gender Dysphoria=CD」へ疾患名を変更。
7月 gid.jp創立10周年記念フォーラム開催(東京・大崎)。
8月 スズキ「キャリイ」のテレビCM(「軽トラ野郎」篇)で、はるな愛が菅原文太と共演。
12月 最高裁判所が、戸籍を男性に変更したTrans-manの妻が産んだ子供を、実子(嫡出子)として認定する決定。
この頃 男装女子ミニブーム。
2014年(平成26年)
2月 【「声優のアイコ」連続昏睡強盗事件】東京都で連続昏睡強盗事件が発生。容疑者は「声優のアイコ」と名乗る性同一性障害者(FtM)。裁判で解離性同一性障害(多重人格)を主張するも認められず懲役10年。
3月 GID(性同一性障害)学会第16回研究大会が沖縄(那覇市)で開催。
5月 WHOなど国連諸機関がトランスジェンダーやインターセックスの性別変更に関わる強制的な生殖腺切除に反対する共同声明を発表。性別変更にSRSを必須とする法システムは人権侵害という考え方が明確に打ち出される。日本の「GID特例法」はこれに抵触。
6月 新宿三丁目の女装バー「びびあん」が閉店(1979年、レズビアンバーとして開店、1994年、女装バーに転換)。
6月 第110回日本精神神経学会学術総会でシンポジウム「性同一性障害の概念と精神医学の関わりを再検討する―DSM-5 の発表を受けて―」が開催(横浜)。
9月 川本直『「男の娘」たち』(河出書房新社)刊行。
この年 Trans-womanの仲岡しゅんが司法試験合格、2016年から弁護士に。
2015年(平成27年)
2月 【Trans-womanによる殺人事件】東京・中央区のマンションで男性が殺害された事件で、Trans-womanのホステス(28歳)が殺人罪で逮捕。懲役16年が確定。
3月 GID学会第17回研究大会(大阪府立大学)で、大会テーマに初めて「トランスジェンダーを掲げる。
4月 文部科学省児童生徒課長が「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」を通知。
7月 【ゴルフクラブ入会訴訟】2012年戸籍を男性から女性に変更したTrans-womanがゴルフクラブへの入会を拒否されたのは不当と提訴。東京高裁が違法と認め、クラブ側に110万円の賠償を命じる。
9月 『ユリイカ』(青土社)が「男の娘」を特集。
11月 【経産省トイレ問題】経済産業省職員のTrans-woman(戸籍上は男性)が女性トイレの使用を制限されたことを不当として提訴(現在、係争中)。
12月 【フィットネスクラブ問題】 京都市のTrans-woman(戸籍上は男性)がフィットネスクラブで男性用施設の使用を求められたことについて、人格権の侵害として運営元のコナミスポーツクラブを提訴。
2016年(平成28年)
1月 国際オリンピック委員会(IOC)がトランスジェンダーの選手について新基準を策定。性別適合手術を出場要件から外す。
3月 国連女性差別撤廃員会が日本政府にLBT女性の処遇改善を勧告。
3月 手術を受けてTrans-womanの生涯をベースにした映画「リリーのすべて」(イギリス・アメリカ・ドイツ合作)が日本で公開。
4月 文部科学省「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について」のQ&Aを出す。
この年 振付師で「おネエ」タレントKABA.ちゃん(カバちゃん)が性別適合手術を受け、戸籍も女性に変更。
2017年(平成29年)
2月 映画「彼らが本気で編むときは、」(荻上直子監督)が公開。男優の生田斗真がTrans-womanを演じる。
3月 Trans-manの細田智也が埼玉県入間市議会議員に当選(Trans-manでは世界初の議員)。
4月 佐々木掌子『トランスジェンダーの心理学―多様な性同一性の発達メカニズムと形成』(晃洋書房)刊行。
5月 「東京レインボープライド」のイベントとして、トークライブ「性同一性障害?トランスジェンダー? 〜みんなで語ろう 過去・現在・未来〜」(東京・西新宿)が開催。
5月 「高額セミナー」などTrans-manのダークビジネスが問題化。
6月 服藤早苗・新實五穂編『歴史のなかの異性装』(勉誠出版)刊行。
6月 康純『性別に違和感がある子どもたち』(合同出版)刊行。
9月 Trans-womanの保坂いづみが北海道根室市議会議員に当選。
11月 長島淳子『江戸の異性装者たち―セクシュアルマイノリティの理解のために―』(勉誠出版)刊行。
11月 国連人権理事会(UPR)で、13か国が日本のSOGI関連の改善を勧告。 
12月 多様な(非典型な)「性」をもつ人たちを描いたドキュメンタリー映画「恋とボルバキア」(監督:小野さやか)公開。
2018年(平成30年)
1月 NHK総合ドラマ「女子的生活」放送。男優の志尊淳がTrans-womanを演じ、Trans-womanの西原さつきが演技指導・出演。
2月 Trans-womanを主人公にしたチリ映画「A Fantastic woman(原題:Una mujer fantástica:素晴らしい女性)」(セバスチャン・レリオ監督)が日本で公開。
3月 GID学会第20回記念大会(東京・御茶ノ水)。
4月 性別適合手術に健康保険適用。
4月 東京の私立大学がTrans-womanを専任講師に任用。
6月 岡部玲『総務部長はトランスジェンダー』(文藝春秋)刊行。
6月 世界保健機構(WHO)の「国際疾病分類」の改訂(ICD-11)で、「性同一性障害」の消滅と性別移行の脱精神疾患化が決定。
7月 お茶の水女子大学がTrans-womanの受験生の受け入れ表明(2020年から)。 
9月 GID学会が矯正施設(刑務所、少年刑務所、拘置所、少年院、少年鑑別所、婦人補導院)に収容されている性同一性障害の受刑者や被告に適切な医療措置(ホルモン投与など)の改善を求める要望書を法務省に提出。
7月 遠藤まめた『オレは絶対にワタシじゃない』(はるか書房)刊行。
10月 Trans-womanで日本テレビ社員の谷生俊美が日本テレビ系「ニュースZERO」のコメンテーターに起用される。
2019年(平成31年)
1月~ Twitter上で、フェミニストを自称する女性たちによるトランスジェンダー女性に対する排除・差別発言が急増し問題化する。
1月 最高裁が「GID特例法」について「現時点では合憲」と判断。
1月 Trans-womanの赤坂マリアが京都府亀岡市議会議員に当選。
2月 和田耕治・深町公美子『ペニスカッター―性同一性障害を救った医師の物語―』(方丈社)刊行。
2月 「トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明」が出され、賛同の署名運動が始まる(最終的に有効署名2715名)。
3月 ウィメンズ・マーチ実行委員会が「トランスジェンダーに対する差別の煽動や排除する言動は禁止」という声明を出す。
3月、イギリスの経済誌『The Economist』、ヒューマン・ライツ・ウォッチ報告書『高すぎるハードル:日本の法律上の性別認定制度におけるトランスジェンダーへの人権侵害』が、相次いで日本の性別移行法における手術要件を批判。
4月 浅沼智也『虹色ジャーニー 女と男と、時々ハーフ』(文芸社)刊行。
4月 Trans-womanの渕上綾子が北海道議会議員に当選。
4月 東京地裁が女性ホルモン投与を認められなかったTrans-woman受刑者の損害賠償請求を棄却。
4月 Trans-womanの依田花蓮と高月まなが新宿区議会議員に当選。
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「トランスジェンダーの平成30年史(年表)」暫定版 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月5日(金)

かなり加筆して、完成に近づいたので、とりあえずアップします。
【追記】4月15日、25日加筆
【追記】5月3日、完成版をリリース。
https://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2019-05-03-4
そちらをご覧ください。

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「トランスジェンダーの平成30年史(年表)」  
    三橋順子

1989年(平成元年) 
5月 日本で最初にトランスジェンダーを署名に掲げた渡辺恒夫『トランス・ジェンダーの文化―異世界へ越境する知―』(勁草書房)刊行。
6月 ゲイ道一筋60年青江のママの自伝「地獄に行こか青江に行こうか」(ぴいぷる社)刊行。
9月 虎井まさ衛がアメリカのスタンフォード大学病院で女性から男性への「性転換手術を完了して帰国。
この頃「Mr.レディ」ブーム。
1990年(平成2年)
1月 映画『Mr.レディ 夜明けのシンデレラ』(東宝)公開。六本木のニューハーフ矢木沢まりが準主演。
6月 アメリカのトランスセクシュアル集団のフィールドワーク、アン・ボリン『イブ・内なる女性を求めて』(現代書館)刊行。
8月 トランスジェンダーに関する対談と12本の論考を収録した蔦森樹編『(現代のエスプリ)トランス・ジェンダー現象』(至文堂)刊行。
この年 女装系BBS「EON」(5月:東京)、「スワンの夢」(大阪)が開局。
1991年(平成3年)
7月 異性装を演劇論の観点から分析した石井達朗『異装のセクシァリティ』(新宿書房)刊行。
12月 初の女装系商業雑誌『CROSS DRESSING』(光彩書房)創刊(1992年4月、2号で廃刊)。
1992年(平成4年)
10月 ニューハーフ系商業雑誌『シ-メール白書』(光彩書房)創刊。
10月 上岡龍太郎司会「ムーブ」(TBSテレビ系)が「Mr.レディ50人が大集合」を放送。
11~12月 「GAY&TRANSSEXUAL/OUR LIFE」が六本木シネセゾンで開催。ドキュメンタリー映画「パリ、夜は眠らない」(1991年)、「マン・イントゥー・ウーマン」(1990年)などを上映。
1993年(平成5年)
10月 女装雑誌『ひまわり』に希望に応じて女性ホルモンを投与してくれる東京・大久保の病院が実名で紹介される。以後、女装者の間に女性ホルモン投与が広まる。
10月 蔦森樹『男でもなく女でもなく ―新時代のアンドロジナスたちへ』(勁草書房)刊行。
1993~95年(平成5~7年) 「なにわのニューハーフ」ブーム。
1994年(平成6年)
1月 アメリカの女装SF映画「ヴェガス・イン・スペース」が渋谷「パルコ・スペース3」で公開され、女装者は入場無料となる。
1月 女装系商業雑誌『インナーTV』(光彩書房)創刊(8月、3号で廃刊)
3月 石井達朗『男装論』(青弓社)刊行。
7月 虎井まさ衛がミニコミ誌『FTM日本』を創刊。
10月 東京におけるニューハーフ・ショーパブの元祖「プティ・シャトー」が25周年イベントを実施。
11月 女装系商業雑誌『女装読本』(光彩書房)創刊(1号のみで廃刊)。
1995年(平成7年) 
この年 和田耕治医師が「性転換手術」を開始。
1月 【京都ニューハーフ殺人事件】京都市山科区で発見されたバラバラ遺体が、京都のニューハーフであることが判明。
3月 ニューハーフ系商業雑誌『ニューハーフ倶楽部』(三和書房)創刊。
5月 埼玉医科大学の原科孝雄教授が2人の女性の男性への「性転換手術」を同大倫理委員会に申請。
5月 第12回世界性科学会議(横浜)サポートプログラム「日本におけるトランスセクシャリズム」開催。
8月 ドラァグ・クイーンを描いたオーストラリア映画「プリシラ」が日本で公開。
10月 石川武志『ヒジュラ―インド第三の性―』(青弓社)刊行。
12月 【奈良ニューハーフ殺人事件】奈良県御所市でニューハーフの殺害遺体が発見され、被害者の実弟が殺人・遺体遺棄罪で逮捕される。
1995~2000年 女装者の親睦集団「クラブ フェイクレディ(CFL)」が活動。
1996年(平成8年)
3月 虎井まさ衛『女から男になったワタシ』(青弓社)刊行。
4月 現代美術家が女優に扮する写真展、森村泰昌「美に至る病―女優になった私―」が横浜美術館で開催。
7月 インターネットサイト「トランスジェンダーカフェ」が開設 。
7月 埼玉医科大学倫理員会が「性転換手術」を正当な医療行為と答申。
8月トランスセクシュアルの自助支援グループ「TSとTSを支える人々の会」発足(のちの「TNJ」)。
8月 『週刊Spa!』が「私が第三の性に目覚めた瞬間」を特集。
12月 ドラァグ・クイーンの写真集『DRAG』(デラフィック)刊行。
1996~98年 新宿女装コミュニティの全盛期
1997年(平成9年)
5月 ヨーロッパのトランスジェンダー事情を取材した松尾寿子『トランスジェンダリズム―性別の彼岸』(世織書房)刊行。
5月 日本精神神経学会が「性同一性障害に関する答申と提言」(ガイドライン)を策定(病理化推進の開始)。
7月 公開シンポジウム「性同一性障害の過去・現在・未来」(神田「学士会館」)開催。
7月 『サンデー毎日』が新宿の女装者のカラーグラビア「エリートたちはなぜ女装したか」を掲載。
12月 『AERA』が新宿の女装世界を取材した「ズボンを捨てて街に出よう―女装で広がる『もう一人の私』の世界―」を掲載。
1998年(平成10年)
1月 猫目ユウ『ニューハーフという生き方』(ひらく)刊行。
2月 【Trans-womanによる殺人事件】東京・新宿区歌舞伎町のラブホテルで、海上自衛隊三等海曹が刺殺され、ニューハーフのストリートガール(27)が逮捕される。
2月 第97回紀伊国屋セミナー「性を越境する―異装がもたらす揺らぎ―」開催。
4月 新宿女装世界の大御所、久保島静香の「女装50周年パーティー」開催(新宿ワシントンホテル)。
5月 性別違和と性同一性障害の自助支援グループ「トランス・サポート・グループ(TSG)」が発足(1999年7月解散)。
5月 第7回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭・フィルムコンテスト」で映画「We are Transgenders.」がグランプリ受賞。
6月 武田佐知子『衣服で読み直す日本史―男装と王権―』(朝日選書)刊行。
7月 「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ系)が新宿の女装者を紹介した「聖飢魔Ⅱ女装物語」を放送。
7月 京都市で女装者の定期集会「玖伊屋」が始まる。
10月 埼玉医科大学(執刀:原科孝雄教授)でガイドラインに基づくものとしては初めての女性から男性への「性転換手術」が行われる。
10月 公開シンポジウム「フェミニストとトランスジェンダーは手を結べるのか」(主催:TSとTGを支える人々の会)開催。
10月 「性同一性障害と法研究会」発足。
11月 女の子になりたい少年を描いた映画「ぼくのバラ色の人生」(ベルギー、フランス、イギリス合作)公開。
11月 スカイパーフェクテレビ「北野チャンネル」の女子アナウンサー公開オーディションでニューハーフの宮沢万紀子が採用される。
1999年(平成11年)
2月 「戦後〈トランスジェンダー〉社会史研究会」(代表:矢島正見中央大学教授)が発足。
3月 女装者と男性の結婚披露宴が大阪市内の結婚式場「太閤園」で開催。
3月 「GID(性同一性障害)研究会」が発足。
3月 スタンフォード大学病院で「性転換手術」を受けた後、戸籍を男性から女性に訂正した布川敏が『FLASH』に紹介される。
3月 【「トランスジェンダーの日」問題】「TSとTGを支える人々の会」の申請により、4月4日を「トランスジェンダーの日」とすることが日本記念日協会に承認される(2013年削除)。
4月 東京地裁が顔面にけがをしたニューハーフの侵害賠償に女性等級の適用を認める。
6月 埼玉医科大学(執刀:原科孝雄教授)でガイドラインに基づくものとしては初めての男性から女性への「性転換手術」が行われる。
10月 山内俊雄『性転換手術は許されるのか―性同一性障害と性の在り方』(明石書店)刊行。
10月 第72回日本社会学会大会シンポジウム「ミスター・ノーマルのアイデンティティを問う」で、三橋順子が「『女装系コミュニティ』における『ミスター・ノーマル』幻想」を報告。
11月 セレナ・ナンダ『ヒジュラ―男でもなく女でもなく―』(青土社)刊行。
11月 外山ひとみ『Miss.ダンディ―男として生きる女性たち―』(新潮社)刊行
2000年(平成12年)
2月 吉永みち子『性同一性障害 ―性転換の朝』(集英社新書)刊行。
4月 トランスジェンダーの大学教員(非常勤)任用(蔦森樹ー琉球大学、三橋順子ー中央大学)。
6月 鎌田東二ほか『美輪明宏という生き方』(青弓社)刊行。
6月 「関西T'sフェスティバル2000」開催。基調講演は三橋順子「トランスジェンダーと社会-21世紀に向けて」。
7月 実在のTrans-manを主人公にしたアメリカ映画「ボーイズ・ドント・クライ」が日本で公開。Trans-manを演じたヒラリー・・スワンクがアカデミー主演女優賞を受賞。
7月 トランスジェンダー作家の藤野千夜の「夏の約束」で第122回芥川賞を受賞。
8月 第6回アジア性科学学会(神戸)でシンポジウム「Transsexual,Law,Medicine in Asia性転換と法、医学」開催。
9月 自民党が「性同一性障害勉強会」を開催。
9月 小松杏里『ニューハーフが決めた「私」らしい生き方』(KKロングセラーズひ)刊行。
10月 老舗のニューハーフショー・パブ「プティ・シャトー」(東京・西麻布)が閉店。
10月 平安名祐生・恵『Search~きみがいた―GID(性同一性障害)ふたりの結婚―』(徳間書店)刊行。
12月 公開シンポジウム「戸籍と性別―性同一性障害者にとっての社会的壁―」(主催:TSとTGを支える人々の会)開催。
2001年(平成13年)
3月 第3回GID研究会でシンポジウム「性同一性障害の人権を守るための取り組み」開催。
5月 6人の性同一性障害者が性別(続柄)の訂正を一斉に家庭裁判所に申し立て。すべて却下されたものの「立法により解決されるべきである」という裁判所の見解を引き出す。
9月 山内俊雄『性同一性障害の基礎と臨床』(新興医学出版社)刊行。
10月 TBSテレビ系「3年B組金八先生(第6シリーズ)」放送。女優の上戸彩が性同一性障害に悩む女子中学生鶴本直を好演。「性同一性障害」ブームへ。
2002年(平成14年)
2月 大阪市北区堂島の「わだ形成クリニック」で、性別適合手術の直後に患者が死亡。2005年6月、院長の和田耕治医師を業務上過失容疑で書類送検(起訴猶予)。
6月 各国の性転換関係法規を比較研究した大島俊之『性同一性障害と法』(日本評論社)刊行。
6月 【昭文社事件】男性社員が「女装」で出勤 したことを理由に出版社 を解雇される。東京地裁はこの社員の訴えを認め解雇無効の仮処分を決定。
11月 小金井フォーラム「戸籍の性別訂正 地方自治体や当事者ができること」開催。
2003年(平成15年)
3月 性同一性障害者の団体「gid.jp(性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会をめざす会)」発足。
4月 上川あや、東京都世田谷区議会議員に当選(現在4期目)。
5月 米沢泉美ら『トランスジェンダリズム宣言―性別の自己決定権と多様な性の肯定』(現代評論社)刊行。
5月 性同一性障害者の戸籍の性別取り扱い法制化について、与党(自民党・公明党・保守新党)プロジェクトチーム発足。
6月 法律案提示。
7月 「性同一性障害者の性別取扱い特例法」が成立(2004年7月実施)。一定の要件を満たす性同一性障害者に戸籍の性別(続柄)の変更を認める。
12月 アマチュア女装交際誌『くいーん』(アント商事)が142号で廃刊(創刊は1980年6月)。
12月 新宿歌舞伎町の老舗女装スナック「ジュネ」が閉店(創業は1978年)。
2004年(平成16年)
7月 イギリスでSRSを必須としない性別移行法(ジェンダー承認法)が成立。
2005年(平成17年)
8月 女装雑誌『ひまわり』(雄美社)が76号で廃刊(創刊は1983年)。
2006年(平成18年)
3月 「GID(性同一性障害)研究会」が「GID(性同一性障害)学会」に発展。
4月 矢島正見編著『戦後日本女装・同性愛研究』(中央大学出版部)刊行。
5月 杉山文野『ダブルハッピネス』(講談社)刊行。
10月 NHK教育テレビ「ハートをつなごう」が性同一性障害を取り上げる。
10月 性同一性障害をテーマにした単発ドラマ「私が私であるために」(日本テレビ系)放送。性同一性障害の当事者3名が出演。
2007年(平成19年)
2月 上川あや『変えてゆく勇気―「性同一性障害」の私から』(岩波新書)刊行。
8月 『ニューハーフ倶楽部』(三和出版)が57号で廃刊(創刊は1995年)。
12月 中村中が「友達の詩」がヒットでNHK紅白歌合戦に出場(紅組)。
この年 埼玉医科大学が原科孝雄教授の退職にともないSRSを中止。ナグモクリニックがSRSを開始。
2008年(平成20年)
4月 フジテレビ系ドラマ「ラスト・フレンズ」放送。
夏頃 はるな愛、大ブレイク。
6月 「GID特例法」の要件「現に子がいないこと」が「現に未成年の子がいないこと」に改正。
9月 女装の日本文化史、三橋順子『女装と日本人』(講談社現代新書)刊行。
9月 石田仁編著『性同一性障害―ジェンダー・医療・特例法―』(御茶の水書房)刊行。
10月 女装ハウツー本、女装普及員会『オトコの娘のための変身ガイド―カワイイは女の子だけのものじゃない』(遊タイム出版)刊行。
12月 国連総会に、性指向と性自認に基づく人権侵害の終焉を求める声明が提出される。
2009年(平成21年)
この年 大規模な女装イベント「女装・ニューハーフ プロパガンダ」(新宿歌舞伎町)が始まる。
10月 鶴田幸恵『性同一性障害のエスノグラフィ―性現象の社会学』(ハーベスト社)刊行。
11月 はるな愛、「ミス・インターナショナル・クイーン」(タイ)でグランプリ受賞。
11月 「東京化粧男子宣言」開催。「男の娘」ブームへ。
2010年(平成22年)
2月 NHK国際放送のニュース番組「NHKワールド」が「NEWS LINE Boys Will Be Boys?」と題して、日本の新しい女装文化を紹介。
4月 文部科学省が性同一性障害のある児童への教育相談の徹底を指示。
9月 朝日新聞夕刊「ニッポン人脈記 男と女の間には」が連載(全13回)。
2011年(平成23年)
6月 法務省が性同一性障害等を有する被収容者の処遇方針を出す。
10月 【軽井沢ニューハーフ死体遺棄事件】長野県南牧村の別荘地でニューハーフ(37歳)死体が発見される。容疑者の男性による暴行と死因との関係が立証できず、殺人罪では不起訴(死体遺棄罪で有罪)。
2012年(平成24年)
5月 東京都新宿区歌舞伎町「湊川クリニック」で、乳房切除手術直後に患者が死亡。院長(2013年12月に自殺)を業務上過失致死容疑で書類送検(被疑者死亡のため不起訴)。
9月 井上魅夜『化粧男子 ―男と女、人生を2倍楽しむ方法―』(太田出版)刊行。
12月 映画『僕の中のオトコの娘』(窪田将治監督・脚本、川野直輝主演)公開。
2013年(平成25年)
5月アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association=APA)の「精神疾患の分類と診断の手引(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders=DSM)」が第4版から第5版(DSM-5)へ改訂。「Gender Identity Disorder=GID」から「Gender Dysphoria=CD」へ疾患名を変更。
7月 gid.jp創立10周年記念フォーラム開催(東京・大崎)。
8月 スズキ「キャリイ」のテレビCM(「軽トラ野郎」篇)で、はるな愛が菅原文太と共演。
12月 最高裁判所が、戸籍を男性に変更したTrans-manの妻が産んだ子供を、実子(嫡出子)として認定する決定。
この頃 男装女子ミニブーム。
2014年(平成26年)
2月 【「声優のアイコ」連続昏睡強盗事件】東京都で連続昏睡強盗事件が発生。容疑者は「声優のアイコ」と名乗る性同一性障害者(FtM)。裁判で解離性同一性障害(多重人格)を主張するも認められず懲役10年。
3月 GID(性同一性障害)学会第16回研究大会が沖縄(那覇市)で開催。
5月 WHOなど国連諸機関がトランスジェンダーやインターセックスの性別変更に関わる強制的な生殖腺切除に反対する共同声明を発表。性別変更にSRSを必須とする法システムは人権侵害という考え方が明確に打ち出される。日本の「GID特例法」はこれに抵触。
6月 第110回日本精神神経学会学術総会でシンポジウム「性同一性障害の概念と精神医学の関わりを再検討する―DSM-5 の発表を受けて―」が開催(横浜)。
9月 川本直『「男の娘」たち』(河出書房新社)刊行。
この年 Trans-womanの仲岡しゅんが司法試験合格、2016年から弁護士に。
2015年(平成27年)
2月 【Trans-womanによる殺人事件】東京・中央区のマンションで男性が殺害された事件で、Trans-womanのホステス(28歳)が殺人罪で逮捕。懲役16年が確定。
3月 GID学会第17回研究大会(大阪府立大学)で、大会テーマに初めて「トランスジェンダーを掲げる。
4月 文部科学省児童生徒課長が「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」を通知。
7月 【ゴルフクラブ入会訴訟】2012年戸籍を男性から女性に変更したTrans-womanがゴルフクラブへの入会を拒否されたのは不当と提訴。東京高裁が違法と認め、クラブ側に110万円の賠償を命じる。
9月 『ユリイカ』(青土社)が「男の娘」を特集。
11月 【経産省トイレ問題】経済産業省職員のTrans-woman(戸籍上は男性)が女性トイレの使用を制限されたことを不当として提訴(現在、係争中)。
12月 【フィットネスクラブ問題】 京都市のTrans-woman(戸籍上は男性)がフィットネスクラブで男性用施設の使用を求められたことについて、人格権の侵害として運営元のコナミスポーツクラブを提訴。
2016年(平成28年)
1月 国際オリンピック委員会(IOC)がトランスジェンダーの選手について新基準を策定。性別適合手術を出場要件から外す。
3月 国連女性差別撤廃員会が日本政府にLBT女性の処遇改善を勧告。
3月 手術を受けてTrans-womanの生涯をベースにした映画「リリーのすべて」(イギリス・アメリカ・ドイツ合作)が日本で公開。
4月 文部科学省「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について」のQ&Aを出す。
2017年(平成29年)
2月 映画「彼らが本気で編むときは、」(荻上直子監督)が公開。男優の生田斗真がTrans-womanを演じる。
3月 Trans-manの細田智也が埼玉県入間市議会議員に当選(Trans-manでは世界初の議員)。
4月 佐々木掌子『トランスジェンダーの心理学―多様な性同一性の発達メカニズムと形成』(晃洋書房)刊行。
5月 「東京レインボープライド」のイベントとして、トークライブ「性同一性障害?トランスジェンダー? 〜みんなで語ろう 過去・現在・未来〜」(東京・西新宿)が開催。
5月 「高額セミナー」などTrans-manのダークビジネスが問題化。
6月 服藤早苗・新實五穂編『歴史のなかの異性装』(勉誠出版)刊行。
6月 康純『性別に違和感がある子どもたち』(合同出版)刊行。
9月 Trans-womanの保坂いづみが北海道根室市議会議員に当選。
11月 長島淳子『江戸の異性装者たち―セクシュアルマイノリティの理解のために―』(勉誠出版)刊行。
11月 国連人権理事会(UPR)で、13か国が日本のSOGI関連の改善を勧告。 
12月 多様な(非典型な)「性」をもつ人たちを描いたドキュメンタリー映画「恋とボルバキア」(監督:小野さやか)公開。
2018年(平成30年)
1月 NHK総合ドラマ「女子的生活」放送。男優の志尊淳がTrans-womanを演じ、Trans-womanの西原さつきが演技指導・出演。
2月 Trans-womanを主人公にしたチリ映画「A Fantastic woman(原題:Una mujer fantástica:素晴らしい女性)」(セバスチャン・レリオ監督)が日本で公開。
3月 GID学会第20回記念大会(東京・御茶ノ水)。
4月 性別適合手術に健康保険適用。
4月 東京の私立大学がTrans-womanを専任講師に任用。
6月 岡部玲『総務部長はトランスジェンダー』(文藝春秋)刊行。
6月 世界保健機構(WHO)の「国際疾病分類」の改訂(ICD-11)で、「性同一性障害」の消滅と性別移行の脱精神疾患化が決定。
7月 お茶の水女子大学がTrans-womanの受験生の受け入れ表明(2020年から)。 
9月 GID学会が矯正施設(刑務所、少年刑務所、拘置所、少年院、少年鑑別所、婦人補導院)に収容されている性同一性障害の受刑者や被告に適切な医療措置(ホルモン投与など)の改善を求める要望書を法務省に提出。
7月 遠藤まめた『オレは絶対にワタシじゃない』(はるか書房)刊行。
10月 Trans-womanで日本テレビ社員の谷生俊美が日本テレビ系「ニュースZERO」のコメンテーターに起用される。
2019年(平成31年)
1月~ Twitter上で、フェミニストを自称する女性たちによるトランスジェンダー女性に対する排除・差別発言が急増し問題化する。
1月 最高裁が「GID特例法」について「現時点では合憲」と判断。
1月 Trans-womanの赤坂マリアが京都府亀岡市議会議員に当選。
2月 和田耕治・深町公美子『ペニスカッター―性同一性障害を救った医師の物語―』(方丈社)刊行。
2月 「トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明」が出され、賛同の署名運動が始まる(最終的に有効署名2715名)。
3月 ウィメンズ・マーチ実行委員会が「トランスジェンダーに対する差別の煽動や排除する言動は禁止」という声明を出す。
3月、イギリスの経済誌『The Economist』、ヒューマン・ライツ・ウォッチ報告書『高すぎるハードル:日本の法律上の性別認定制度におけるトランスジェンダーへの人権侵害』が、相次いで日本の性別移行法における手術要件を批判。
4月 浅沼智也『虹色ジャーニー 女と男と、時々ハーフ』(文芸社)刊行。
4月 Trans-womanの渕上綾子が北海道議会議員に当選。
4月 東京地裁が女性ホルモン投与を認められなかったTrans-woman受刑者の損害賠償請求を棄却。
4月 Trans-womanの依田花蓮と高月まなが新宿区議会議員に当選。
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アマチュア女装雑誌『ひまわり』 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月6日(水)

「プライドハウス東京2020」で公開する「LGBT History in Japan」の台本(PP)にいれるために、キャンディ・ミルキィ師『ひまわり』創刊号(1988年1月、夢工房)の表紙を画像化。
『ひまわり』創刊号(1988年1月) (1) - コピー.jpg
↑ 「アマチュア女装者極秘雑誌」とか「非公然女装者讀本」とか名乗っている。
『ひまわり』創刊号(1988年1月) (2) - コピー.jpg
↑ 「刊行の辞」。
「キャンディニュース」というミニコミ新聞からの発展だったことがわかる。

ちなみに、裏表紙に「1983.1」とあるが、これは誤植で、奥付の1988年が正しい(この点、wikipediaは間違っている)。
当時のキャンディさんの本業は印刷屋さんであったが、『ひまわり』はきわめて誤植が多い雑誌なので注意を要する。

『ひまわり』2号(1988年4月) (1) - コピー.jpg
↑ 第2号(1988年4月)の表紙
「アマチュア女装者極秘雑誌」の「アマチュ」が消えている(印刷原版に問題あり)。

『ひまわり』2号(1988年4月) (2).jpg
↑ 第2号(1988年4月)の裏表紙。刊行元が「雄美社」になる(終刊まで同じ)。

『ひまわり』3号(1989年4月) - コピー.jpg
↑ 第3号(1989年4月)

発行から6号まではB5版、背表紙なしの中綴じで、いかにも同人誌という感じだった。
B5版時代の6冊を揃いで持っている人はとても少ない。

ついでに、自分が表紙の14号(1994年1月)も画像化。
『ひまわり』14号(1994年1月) (1) - コピー.jpg
7号から背表紙があるA5版になり、雑誌らしくなった。
11号から年4回刊行(季刊になり)、「アマチュア女装情報誌」を名乗るようになる。

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1969年に女装者がテレビ出演していた証拠 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月1日(金)

1969年9月10日放送のNET(テレビ朝日の前身)「桂小金治アフタヌーンショー」(1965年4月~1985年10月)に、新宿花園五番街の女装バー「梢」の加茂梢ママとその一党が出演している様子。
1969年9月10日NET「アフタヌーンショー」(『風俗奇譚』197001 加茂梢「女装交遊録」32) - コピー.jpg
出典は、加茂梢「女装交遊録」32(『風俗奇譚』1970年1月号)。

テレビ画面を撮影した写真。
ブラウン管のコーナーが丸い。

「日本のテレビは、欧米に比べて格段に早く、1960年代後半にはトランスジェンダーを出演させている」というのが私の説だが、今まで1960年代に遡る証拠(画像)はないと思っていた。

さっき、別のことを調べるために、古い雑誌をめくっていて、気づいた(よくある「灯台下暗し」)。

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ニューハーフ真里さんのトークから(その4) [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

2月25日(月)

東京都迷惑防止条例(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例)の第7条第2項に下記のようにある。

第七条(不当な客引行為等の禁止)何人も、公共の場所において、不特定の者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。
 二 売春類似行為をするため、公衆の目に触れるような方法で、客引きをし、又は客待ちをすること。

「売春防止法」が適用できない男娼による「売春類似行為」を規制する条例で、「客待ち」行為とされると、街角に立っているだけで逮捕される。
現在の罰則は「六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金」。

もちろん知識としては知っていたけども、実際に逮捕されたお話は、昨日、初めてうかがった。
新宿歌舞伎町1回、渋谷(百軒店)3回、六本木1回の計5回、逮捕され、罰金刑。
最後は東京地検で「次は懲役だよ」と言われ、以後、(東京都内では)慎んだというお話。

都道府県条例なので県を変えると、たとえ捕まっても「初犯」になるらしい。

それと、現行犯逮捕なので、ともかくその場から逃げれば(刑事を振り切れば)後日、逮捕はされない。
掴まれたコートを脱いで逃げて、後日、刑事から「コート預かっているから、(警察に)取りにおいで」と言われたけど行かなかった、など臨場感たっぷり。

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ニューハーフ真里さんのトークから(その3) [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

2月25日(月)

ニューハーフ真里さん、6カ所整形にしているとのこと。

① 額(プロテーゼを入れて丸みをもたせる)
② 目(一重まぶた→二重まぶた)
③ 鼻(削って、プロテーゼを入れて隆鼻)
④ フェイスライン(エラ=下顎角を削る)
⑤ 顎(削って先端にプロテーゼを入れる)
⑥ 豊胸

費用は、トータルで400万円ほど(1980年頃)。

①は、男性の顔の特徴として、眉骨(眉上弓)が出ているので、それを削り、額にプロテーゼを入れて、女性的な丸みのある形に整える(前額形成)。
トークの時、真里さんの横顔を見る角度だったので、額の整形状態がよくわかったのだが、真里さん、ほとんど眉骨がわからない。

額の形が女性的でないので、60過ぎても前髪をおろして隠している私としては、うらやましい限り。
まったくどこも直していない私としては、かなりコンプレックだった。
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それはともかく「ニューハーフさんは上から(顔→胸)手術する」の典型的な事例。
(それに対して「性同一性障害の人は下(股間)から手術する」)

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ニューハーフ真里さんのトークから(その2) [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

2月25日(月)

真里さんのお気に入りのマーメイドスタイルのドレス。
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フランスのファッション誌『VOGUE』(日本語版はまだない)を見ていて気に入り、さっそく注文(オートクチュール)。

お値段は76万円。
ただし、1983年当時は1ドル=240円前後なので、現在の貨幣価値にすると150万円ほどになる。
まさに「黄金の80年代」、衣装にかけるお金の感覚が違う。

撮影場所は赤坂の高級ゲイバー「ジョイ」で。
ママ(マダム・ジョイ)に、「あたしより高いドレス着ちゃあ、駄目でしょ!」と叱られたとのこと。

赤坂の迎賓館前で。
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店を終えた後、この格好で移動し、警備の警察官にシャッターを押してもらったとのこと。

もう1枚、このドレスもすごい!
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裾が写っていないのが残念。
撮影場所は、やはり赤坂「ジョイ」。
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ニューハーフ真里さんのトークから(その1) [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

2月25日(月)

真里さんは、大阪から上京して(1975年3月)入店した「ピープル」(六本木「スクェアビル」→赤坂)以外、ショーの固定メンバーには入らず、「遊軍」的なポジションだったようだ。

美貌でクレバーで、ダンス、トーク、音楽構成ができる「即戦力」だったので、各店で重宝されたらしい。

昨夜のトークで出てきただけでも、「ピープル」、「プティ・シャトー」(西麻布)、「ジョイ」(赤坂)、「ピーターパン」(新宿二丁目)、「マダムパパ」(新宿歌舞伎町)など1980年代の一流・有名ニューハーフ・ショーパブが並ぶ。

ただ、ママや先輩が言うことには絶対服従の体育会気質が強いニューハーフ世界で、嫌なことは嫌とはっきり言い、束縛を嫌う「自由な女」の真里さんは、一つの店に居続けにくかった面もあったようだ。

そうした姿勢と実力が、平成大不況期(1997年~)以降、同世代のニューハーフの多くが店の没落と運命を共にしていく中、生き延びて、64歳の今なお現役を続けられる力になったと思う。

画像は、「ピーターパン」(新宿二丁目、1983~88年)のショー。
撮影は1980年代中頃。
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当時のカラーフィルムの感度では、室内で動きのあるダンスショーを撮るのは容易なことではなく、状態の良い写真は、あまり残っていない。

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2月24日(日)トークライブ「真里:華麗なる『女』の半生」 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

2月24日(日) 曇り  東京  13.6度  湿度39%(15時)

代官山「アマランスラウンジ」で開催のトークライブ「真里:華麗なる『女』の半生」、お陰様で28人の来場があり、盛況でした。
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2時間半、貴重な画像・動画を観ながら、たっぷり真里さんのお話をうかがうことができました。

最後に、女装男娼の秘儀「レンコン」の(型の)実演を見せていただきました。

快くご出演いただいた真里さん、企画していただいたEdoさん、サポートいただいた畑野とまとさん、ありがとうございました。
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構成・司会・進行役としてやっと肩の荷が下りた感じで、ホッとしています。
正直言うと、自分(単独)の講演の10倍くらいプレッシャーがありました。
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平成30年間のトランスジェンダー関係略年表 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

2月20日(水)

平成30年間のトランスジェンダー関係の略年表を作った。

以下、年表から読み取れること。

① 1990年代には、ニューハーフ、女装などトランスジェンダー・カルチャーの活動が活発だったこと。
② 2000年前後に、性別移行を病理とする「性同一性障害」の流れが急速に展開すること。
③ 2003~2005年に、女装、ニューハーフ系の雑誌が次々に廃刊になること。
④ 2008年頃から、病理化のもとで逼塞させられていたトランスジェンダー・カルチャーの復活・再生(リニューアル・21世紀型)が始まること。
⑤ 2014年頃から、性別移行の病理化に反対す潮流が日本でもはっきりしてくること。

【追記(4月5日)】加筆・修正版はこちら(↓)
https://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2019-04-05-5
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平成:トランスジェンダー略年表
          三橋順子

1989~90年 「Mr.レディ」ブーム。
1990年1月 映画『Mr.レディ 夜明けのシンデレラ』(東宝)公開。六本木のニューハーフ矢木沢まりが準主演。
1990年 女装系BBS「EON」(東京)、「スワンの夢」(大阪)が開局・
1991年12月 初の女装系商業雑誌『CROSS DRESSING』(光彩書房)創刊(1992年4月、2号で廃刊)。
1992年10月 ニューハーフ系商業雑誌『シ-メール白書』(光彩書房)創刊。
1993~95年 「なにわのニューハーフ」ブーム。
1993年10月 蔦森樹『男でもなく女でもなく ―新時代のアンドロジナスたちへ』(勁草書房)刊行。
1994年7月 虎井まさ衛がミニコミ誌『FTM日本』を創刊。
1995年 和田耕治医師が「性転換手術」を開始。
1995年3月 ニューハーフ系商業雑誌『ニューハーフ倶楽部』(三和書房)創刊。
1995年8月 第12回世界性科学会議(横浜)サポートプログラム「日本におけるトランスセクシャリズム」開催。
1995~2000年 女装者の親睦集団「クラブ フェイクレディ(CFL)」が活動。
1996年3月 虎井まさ衛『女から男になったワタシ』(青弓社)刊行。
1996年7月 インターネットサイト「トランスジェンダーカフェ」が開設 。
1996年8月 トランスセクシュアルの自助支援グループ「TSとTGを支える人々の会」発足(のちの「TNJ」)。
1996~98年 新宿女装コミュニティの全盛期。
1997年5月 松尾寿子『トランスジェンダリズム―性別の彼岸』(世織書房)刊行。
1997年5月 日本精神神経学会が「性同一性障害に関する答申と提言」(ガイドライン)を策定(病理化推進の開始)。
1997年7月 公開シンポジウム「性同一性障害の過去・現在・未来」(神田「学士会館」)開催。
1998年7月 第7回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭・フィルムコンテスト」で映画「We are Transgenders.」がグランプリ受賞。
1998年2月【Trans-womanによる殺人事件】東京・新宿区歌舞伎町のラブホテルで、海上自衛隊三等海曹が刺殺される。ニューハーフのストリートガール(27)が逮捕。
1998年10月 埼玉医科大学(執刀:原科孝雄教授)でガイドラインに基づくものとしては初めての女性から男性への「性転換手術」が行われる。
1999年2月 「戦後〈トランスジェンダー〉社会史研究会」(代表:矢島正見中央大学教授)が発足。
1999年3月 「GID(性同一性障害)研究会」が発足。
1999年7月 蔦森樹編『(現代のエスプリ)トランス・ジェンダー現象』(至文堂)刊行。
1999年10月 山内俊雄『性転換手術は許されるのか―性同一性障害と性の在り方』(明石書店)刊行。
2000年2月 吉永みち子『性同一性障害 ―性転換の朝』(集英社新書)刊行。
2000年4月 大学教員(非常勤)任用(蔦森樹ー琉球大学、三橋順子ー中央大学)。
2000年7月 藤野千夜、「夏の約束」で第122回芥川賞を受賞。
2001年5月 6人の性同一性障害者が性別(続柄)の訂正を一斉に家庭裁判所に申し立て。すべて却下されたものの「立法により解決されるべきである」という裁判所の見解を引き出す。
2001年10月 TBSテレビ系「3年B組金八先生(第6シリーズ)」放送。「性同一性障害」ブームへ。
2002年2月 大阪市北区堂島の「わだ形成クリニック」で、性別適合手術の直後に患者が死亡。2005年6月、院長の和田耕治医師を業務上過失容疑で書類送検(起訴猶予)。
2002年6月 大島俊之『性同一性障害と法』(日本評論社)刊行。
2002年6月 【昭文社事件】男性社員が「女装」で出勤 したことを理由に出版社 を解雇される。東京地裁はこの社員の訴えを認め解雇無効の仮処分を決定。
2003年3月 性同一性障害者の団体「gid.jp(性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会をめざす会)」発足。
2003年4月 上川あや、東京都世田谷区議会議員に当選(現在4期目)。
2003年5月 米沢泉美ら『トランスジェンダリズム宣言―性別の自己決定権と多様な性の肯定』(現代評論社)刊行。
2003年7月 「性同一性障害者の性別取扱い特例法」が成立(2004年7月実施)。一定の要件を満たす性同一性障害者に戸籍の性別(続柄)の変更を認める。
2003年12月 アマチュア女装交際誌『くいーん』(アント商事)が142号で廃刊(創刊は1980年6月)。
2005年8月 女装雑誌『ひまわり』(雄美社)が76号で廃刊(創刊は1983年)。
2006年4月 矢島正見編著『戦後日本女装・同性愛研究』(中央大学出版部)刊行。
2006年5月 杉山文野『ダブルハッピネス』(講談社)刊行。
2007年2月 上川あや『変えてゆく勇気―「性同一性障害」の私から』(岩波新書)刊行。
2007年8月 『ニューハーフ倶楽部』(三和出版)が57号で廃刊(創刊は1995年)。
2007年12月 中村中が「友達の詩」がヒットでNHK紅白歌合戦に出場(紅組)。
2008年4月 フジテレビ系ドラマ「ラスト・フレンズ」放送。
2008年夏 はるな愛、大ブレイク。
2008年9月 女装の日本文化史、三橋順子『女装と日本人』(講談社現代新書)刊行。
2008年9月 石田仁編著『性同一性障害―ジェンダー・医療・特例法―』(御茶の水書房)刊行。
2008年10月 女装ハウツー本、女装普及員会『オトコの娘のための変身ガイド―カワイイは女の子だけのものじゃない』(遊タイム出版)刊行。
2009年 大規模な女装イベント「女装・ニューハーフ プロパガンダ」(新宿歌舞伎町)が始まる。
2009年10月 鶴田幸恵『性同一性障害のエスノグラフィ―性現象の社会学』(ハーベスト社)刊行。
2009年11月 はるな愛、「ミス・インターナショナル・クイーン」(タイ)でグランプリ受賞。
2009年11月 「東京化粧男子宣言」開催。「男の娘」ブーム。
2011年10月 【軽井沢ニューハーフ死体遺棄事件】長野県南牧村の別荘地でニューハーフ(37歳)死体が発見される。容疑者の男性による暴行と死因との関係が立証できず、殺人罪では不起訴(死体遺棄罪で有罪)。
2013年頃 男装女子ミニブーム。
2013年7月 gid.jp創立10周年記念フォーラム・
2013年12月 最高裁判所が、戸籍を男性に変更したTrans-manの妻が産んだ子供を、実子(嫡出子)として認定する決定。
2014年2月【「声優のアイコ」連続昏睡強盗事件】東京都で連続昏睡強盗事件が発生。容疑者は「声優のアイコ」と名乗る性同一性障害者(FtM)。裁判で解離性同一性障害(多重人格)を主張するも認められず懲役10年。
2014年5月 WHOなど国連諸機関がトランスジェンダーやインターセックスの性別変更に関わる強制的な生殖腺切除に反対する共同声明を発表。性別変更にSRSを必須とする法システムは人権侵害という考え方が明確に打ち出される。日本の「GID特例法」はこれに抵触。
2014年 Trans-womanの仲岡しゅんが司法試験合格、2016年から弁護士に。
2015年2月 【Trans-womanによる殺人事件】東京・中央区のマンションで男性が殺害された事件で、Trans-womanのホステス(28歳)が殺人罪で逮捕。懲役16年が確定。
2015年3月 GID学会第17回研究大会(大阪府立大学)で、大会テーマに初めて「トランスジェンダーを掲げる。
2015年4月 文部科学省児童生徒課長通知「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」。
2015年7月 【ゴルフクラブ入会訴訟】2012年戸籍を男性から女性に変更したTrans-womanがゴルフクラブへの入会を拒否されたのは不当と提訴。東京高裁が違法と認め、クラブ側に110万円の賠償を命じる。
2015年9月 『ユリイカ』(青土社)が「男の娘」を特集。
2015年11月 【経産省トイレ問題】経済産業省職員のTrans-woman(戸籍上は男性)が女性トイレの使用を制限されたことを不当として提訴(現在、係争中)。
2015年12月 【フィットネスクラブ問題】 京都市のTrans-woman(戸籍上は男性)がフィットネスクラブで男性用施設の使用を求められたことについて、人格権の侵害として運営元のコナミスポーツクラブを提訴。
2016年1月 国際オリンピック委員会(IOC)がトランスジェンダーの選手について新基準を策定。性別適合手術を出場要件から外す。
2016年4月 文部科学省「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について」のQ&A。
2017年 「高額セミナー」などTrans-manのダークビジネスが問題化。
2017年2月 映画「彼らが本気で編むときは、」(荻上直子監督)が公開。男優の生田斗真がTrans-womanを演じる。
2017年3月 Trans-manの細田智也が埼玉県入間市議会議員に当選(Trans-manでは世界初の議員)。
2017年4月 佐々木掌子『トランスジェンダーの心理学―多様な性同一性の発達メカニズムと形成』(晃洋書房)刊行。
2017年6月 服藤早苗・新實五穂編『歴史のなかの異性装』(勉誠出版)刊行。
2017年6月 康純『性別に違和感がある子どもたち』(合同出版)刊行。
2017年9月 Trans-womanの保坂いづみが北海道根室市議会議員に当選。
2017年11月 長島淳子『江戸の異性装者たち―セクシュアルマイノリティの理解のために―』(勉誠出版)刊行。
2018年1月 NHK総合ドラマ「女子的生活」放送。男優の志尊淳がTrans-womanを演じ、Trans-womanの西原さつきが演技指導・出演。
2018年3月 GID学会第20回記念大会(東京・御茶ノ水)。
2018年4月 性別適合手術に健康保険適用。
2018年4月 東京の私立大学がTrans-womanを専任講師に任用。
2018年6月 岡部玲『総務部長はトランスジェンダー』(文藝春秋)刊行。
2018年6月 世界保健機構(WHO)の「国際疾病分類」の改訂(ICD-11)で、「性同一性障害」の消滅と性別移行の脱精神疾患化が決定。
2018年7月 お茶の水女子大学がTrans-womanの受験生の受け入れ表明(2020年から)。 
2018年9月 GID学会が矯正施設(刑務所、少年刑務所、拘置所、少年院、少年鑑別所、婦人補導院)に収容されている性同一性障害の受刑者や被告に適切な医療措置(ホルモン投与など)の改善を求める要望書を法務省に提出。
2018年7月 遠藤まめた『オレは絶対にワタシじゃない』(はるか書房)刊行。
2018年10月 Trans-womanで日本テレビ社員の谷生俊美が日本テレビ系「ニュースZERO」のコメンテーターに起用される。
2019年1月 「GID特例法」「現時点では合憲」判断。 
2019年1月 Trans-womanの赤坂マリアが京都府亀岡市議会議員に当選。
2019年2月 和田耕治・深町公美子『ペニスカッター―性同一性障害を救った医師の物語―』(方丈社)刊行。

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